第8話 毒沼の城へ視察

ヨハンは一通り武器を振り回し一階に戻った。

勘は取り戻せた感じはしないが

体が全くなまっていない事は確認出来た。


むしろ改造のせいで全盛期より強い状態だ。

相手してもらった冒険者の中に

ヨハンが遅れを取る物は居なかった。

戦闘面でGクラスに匹敵するという結果は

ヨハンに安心を与えた。


「後はつまらねぇ罠とかで死なねえ様にしないとな」


ヨハンには冒険者としての経験が無い。

9大司教の「武」を経験していたので

戦闘関係には通じているが、ダンジョン探索とか

そう言う知識・経験に乏しい。

レンジャー、シーフなどを仲間に行動したい所だが

正直、そこまでして冒険に出かける理由が無い。


依頼の張り出してあるボードの前まで来た。

どんな依頼があるのか興味はある。

戦闘系で日帰り出来る程度のがあれば

単独でも良いと思ったのだ。


仲間、それも気が合うかどうか分からない他人と

何日も同行は気が乗らないヨハンだった。


「早速、依頼をお探しですか」


ヨハンを見つけたアイリが話しかけてきた。

顔はどちらかと言うと地味目だが

制服越し窺えるスタイルはなかなかのモノだ。


ヨハンは単独で出来る戦闘系の依頼なら

すぐにでも可能だと告げると

アイリは丁寧に説明してきた。


魔王降臨の影響で近隣の魔物が活性化したせいで

戦闘系の依頼は豊富だった。


聖騎士はベレン周囲の防衛に専守している。

その手伝いで指揮下に入る依頼もあるが

人気なのは北側の森に入り

報酬の良い魔物を狩る方だ

聖騎士が防衛しているので

討ち漏らしも気にしなくて良い

割りの良い魔物を選んで討伐する。


報酬が高いということは

それだけ魔物が強いという事で

危険も多いが冒険者は逃げても良いのだ

自分の実力に見合った魔物を選ぶ


かたや逃げるワケにはいかない

聖騎士の方も漏れて出て来る魔物が

雑魚になるのでお互い願ったり叶ったりだ。

聖騎士にしてみれば何を倒しても報酬は

変わらないのだから危険は少ないに越した事は無い。


問題になるのは腕利き冒険者でも

倒せない強力な魔物が出て来た時だが

幸いまだその事態には陥っていないとの事だ。


「依頼としては納品の部類にはいりますから

受領しなくても部位さえ持ち替えれば良いですし

失敗の条件が無いのでオススメですよ」


ペナルティが無いのは気楽だ。

何も倒せなくてくたびれ儲けになるか

最悪は魔物に返り討ちにされて死亡だ。


これならいつでも出来る。

そうヨハンが思った時

ふと変わった依頼がある事に気が付いた。


「なんだぁこりゃ」


旧セントボージ城内までの護衛。


セントボージ

およそ100年前の降臨の際

悪魔側に滅ぼされた王国だ。

セントボージ城は毒沼に沈み

沼の中央から二階部分より上が

露出している恰好になっている。


「あーコレですか」


毒沼からは毒霧が絶えず発生し周囲は立ち入り禁止だ。

というか行けるものなら行ってみろだ。

ヨハンも「武」時代に調査隊を派遣した

覚えがあった。

当時でもまだ周囲数キロは危険地帯だった。


「誰も引き受ける事が出来ない依頼でして」


アイリは説明を始めた。

依頼主は没落貴族の子孫。

当時、ベレンまで逃げ延びた王族だそうだ。


「そりゃ帰りたいだろうが無理ってモンだ」


「はい。城の内部は毒霧は無いと言っている人も

いるのですが近づけません。呼吸をしている限り不可能です。

なので依頼主もベレンの技師に頼ってマスクの開発に

着手しているようなのですが」


100年経っても完成しないそうだ。

もう代替わりして当時の思い出のある者は

居ないだろうに。それでも帰還を希望するとは

一族の悲願と言ったところか。


「お兄様。」


ストレガがゲカイを伴って現れた。

ゲカイは買ったばかり普段着に着替えている。


「これ、お前さんなら出来るんじゃないか」


ストレガは呼吸をしないのだから死の危険は無い。

更に飛行が可能な彼女な霧の毒が無効化される

距離の上空から人を連れて城に侵入出来るのではとヨハンは考えたのだ。


「・・・・あぁ、コレですか」


人を乗せての飛行が出来ないそうだ。

重力の影響を操作出来るのは自身の身体だけで

腕力的に抱えられても飛行の方で

それだけの出力がでないそうだ。


「ゼータお兄様は他人の身体の重力の

影響もコントロール出来たのですが

私ではそこまでは・・・。」


そういえばチャッキーを背中に乗せて

音速飛行していた事をヨハンは思い出した。


「滅茶苦茶だったな」


「えぇ、自分でやる様になって改めてそう感じます」


ヨハンはここで、

もう一人可能な人物がいる事に気が付いた。

ゲカイならば身辺の毒を解除しながら

進行する事が可能なのではと思ったのだが

ゲカイの方にそんな事をする理由が無い。


ヨハンの方にも頭を下げて頼み込む理由が無い。

気の毒だが自力で地道にマスクの完成まで

漕ぎつけてもらうしかない。

そうヨハンは結論づけた。

丁度そこへクロードが地下から上がって来た。


「んん。ストレガか丁度イイぜよ」


そのまま、二人は南の都市への

出発の打合せに入ってしまった。


終わるのを待ち、その日はそのまま三人で帰宅した。

途中夕飯の買い物にも寄る。


ストレガが夕飯の支度に入ると

ヨハンはゲカイに話を聞く事にした。


「せんとぼーじ?」


ゲカイは魔神だ。

100年前の降臨時の話を何か知っていないかと

ヨハンはそう思い二人の時に聞いて見ようと思っていたのだ。


「あぁ、昔の降臨で滅んだ王国なんだが」


ゲカイは当時、誕生してはいたみたいだが

まだ13将に抜擢されておらず

当時の詳細は知らないそうだ。


「そうか。済まなかったな」


「その滅んだ国がどうかしたの」


「いや、当時の影響がまだ残っていてな」


ヨハンはセントボージの毒の説明をした。

顎に手を当てヨハンの話に聞き入るゲカイ。


「毒を使う悪魔はそれこそいくらでもいる」


「だろうな。」


良く知らないがそんなイメージだ。

ヨハンは同意した。


「ただ、そんな大規模で100年も

効果が継続しているなんて・・・。」


「心当たりがあるのか」


原因が悪魔ならば少なくとも魔神。

ロード級以上の悪魔でないと

そこまでの事態にはならないだろうと

ゲカイは言っていた。


その後は夕飯になり

三人で食卓を囲む

ストレガは朝から南の都市へ向けて出発となった。


居ない間の世話を気にしていたが

冒険者のプレートで食事には

困らないとヨハンが言うと安心した様子だった。


ゲカイは単独行動でオーベルについて

調べを進めるつもりだと言った。


二人はゲカイに幾らかの路銀と家の合鍵を渡した。

恐らくこうでもしないと

また野宿で飲まず食わずで行動するだろう。


私室に戻るとヨハンは

軽く酒を飲みベッドに転がる。


なぜかセントボージが気になっていた。


「・・・調べてみるか」


ベレンを出て三日目

峡谷を馬で進むヨハンは

またも自分の記憶力に悩まされた。


「こっちでイイんだっけかなぁ」


「武」時代に調査隊に行けと言って置きながら

いざ自分で行くとなると地図とにらめっこだ。


荒野地帯の峡谷

目印になる物が何も無い。

昼は時間と太陽の向きで

夜は星座を利用して自分の位置を

確かめるのだが「武」時代でも

部下の報告を聞くばかりで自分では行わなかった。


降臨の遠征の際にも近くは通っているのだが

行ってはいないので行き方が分からなかった。

峡谷という事もあり直線で進めず

目視も出来ない事が不安を増長させた。


他に手段もなく先に進んでいくと

ある地点から馬が先に行く事を拒み始めた。

漂う微量の毒を感じ取ったのだ。


方向はあっていた。

ヨハンは馬を下り、そこからは徒歩で進んだ。

1kmも進まない内にヨハンの嗅覚も毒の匂いを感じた。


懐にしまった解毒のスクロールを

思わず確認するヨハン。

出発する前にハンスに頼んで

回復系のスクロールを分けてもらっていたのだ。


かなり貴重な物だ。

今現在作成が可能な人物はハンスだけで

更に使用されているインキは特別性で

生成方法が分からないと言っていた。

アモンの残したインキが尽きたら作成は止まる。


それまでに解析出来ればという話だが

不明な成分が多い

アモンはレシピを残してくれてはいるのだが

そのミスリルと表現された金属を

入手する方法が無いそうだ。


出来ればスクロールは使わずに

ハンスに返してやりたい所だ。


慎重に歩みを進めるヨハン。

辺りが薄暗くなるくらい紫の霧が

立ち込めてきたが、まだ体に変調は感じられない。


改造によって耐性が強化でもされているのだろうか

とうとう城が見える所まで来てしまった。


昔に聞いていた報告よりも

水面が下がったのであろうか

城は一階から見えており

丁度、堀の部分が毒の沼になっている。

今こうしている間も絶える事無く

毒の霧を産出し続けていた。


確かに城自体はまるで台風の目の様に

毒の被害から免れている様子が見て取れた。

噂は本当だったようだ。


城のあちこちに最近出来たと思われる

破損個所がいくつも見受けられた

大型の飛行生物が取っ組み合いでも

したかのようだ。


十分に異様な光景と言えたが

最も異様だとヨハンが感じたのは足元だった。


僧侶としての能力を喪失しているハズだが

邪気自体が強力なのだろうか

今のヨハンにも感じる事が出来た。

毒よりも、その邪気のせいでヨハンは

先に進む事が出来なった。


「これ以上は意味が無ェな」


踵を返し、馬の場所までヨハンは急いだ。

行く時は長く感じたが帰りは

あっと言う間に着いた。

いかに慎重にゆっくり進んでいたかが分かる。


問題はヨハンの体に染みついた毒の

匂いのせいで馬が暴れた事だった。

仕方が無いので一旦馬から離れ風に当たることにした。


風に当たりながらヨハンは考えた。

仮に防毒マスクが完成しても

沼を渡る方法が無いのだ。


あの依頼を解決する方法は思いつかなかった。

なぜ、ヨハンは自分がこんなにも

あの依頼が気にかかるのか考えた。

恐らくは失った故郷というキーワードだ。

バリエアは影も形も無くなった。

形が有り戻れるのなら

戻してやりたかったのだろう。


「願いはつくづく叶わ無ェなぁ」


強靭な肉体は手段であって

バリエアをこの手で救う事が願いだった。

あの契約の時にバリエアを救ってくれと

願うべきだったのか。


「・・・違うな」


アモンは聖都への悪魔侵攻を阻止・排除の為に

あんなに頑張ってくれたのだ。

能力を超える願いとして受理されないのがオチだろう。


体に染みついた毒の匂いが抜けた事を

確認するとヨハンは馬の所に戻り


また三日かけてベレンへと帰った。

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