第6話 苦労奴
アイリから先程収めた鉱石の報酬額を聞いたヨハンは呆れた。
「そんなにあるのか?!」
結果的に兄貴はヨハンに
食いぶち位は自分で稼げと言って置きながら
働く気が失せる金額を残して行った事になる。
まぁ兄貴らしいちゃ兄貴らしいよな。
イタズラを何よりも最優先する男だったのだ。
この場で現金に換金も可能だが
多くの冒険者は協会に預けっぱなしで
ここでの食事や宿はもちろん
近隣の武器防具屋などでも
プレートで購入し預けから差し引くと言う
スタイルを取っている者が多い。
出来るだけ現金を持ち歩かないようだ。
稀に預額を上回る出費になる冒険者もいて
その場合、強制的に協会に借金となる。
その都度、担当受付から注意が入り
改善されないようだと
最悪、冒険者登録はく奪の上
奴隷落ちするらしい。
「後、この書類に記入していつでも良いので
私に提出して下さい。」
アイリから渡された書類に目を通すと
それは死亡した場合の残金の相続先の書類だった。
「あ・・あぁ、今度持って来るぜ」
ストレガでいいだろう。
自分よりは長く生きるハズだ。
一階の酒場に下りるヨハンは
丁度、昼時なので早速プレートを
使って食事を注文してみた。
「成程、こりゃあ楽だわ」
一々財布の中身を確認しなくて良い。
出て来た食事はストレガの料理には
及ばないものの満足のいくレベルだった。
と言うかストレガの料理の腕前がおかしい。
生前の記憶はほとんど無いらしいが
何かの料理人だったのかも知れない。
そんな事を考えていると
ヨハンのテーブルに座って来る者がいた。
「ここ、いいかい」
座る前に言うべきだとヨハンは思ったが。
了承するヨハン。
その者の首から下げているプレートは金だ。
顔を見てみれば、ヨハンも知っている人物だ。
9大司教の「武」を受け持っていた頃
腕に評判のある者には大概会っていたのだ。
ただ名前が思い出せない。
見た目と肉体は20歳だが
脳みそは元の50歳
下手をすると老化した状態のままなのだろうか
人の名前が出てこない。
「クロードだ。よろしくぜよ」
クロードは気さくに話しかけてきた。
通りがかるウェイトレスにランチを注文し
改めてヨハンと向き合った。
「妹さんから聞いてるぜよ。真ん中の兄貴だってな」
ストレガの世話を何かと面倒見てくれる
Gクラスの冒険者だ。
「あぁ妹がいつもお世話になってるって」
「いいって事よ」
運ばれてきたランチをあっという間に
平らげるとクロードは話をしてきた。
「申し訳ないが、明日辺りから南の都市に
妹さんの付き合いで数日出かける事になるぜよ」
確かGクラス昇格には他の都市の
冒険者協会の承認も必要になるので
数日家を空けると言っていた件だ。
「そんなワケでお前さんの手伝いは戻ってからって事で」
「ん?いや俺の方は放置で結構だぜ」
家、仕事、身分、更に上級者のサポートと
どこまで至れり尽くせりなんだと
ヨハンは思った。
「いや、そんな事言わずに
個人的にも興味があるぜよ
なんたってあのアモン兄弟の一人とくれば」
「どの位強いかって事か?
それなら残念だがあの二人には
かなり劣るぜ。普通だよ俺は」
そう言ったにも関わらず
クロードはまだ絡んできた。
「んーそういや地下で試合したんだっけな
俺ともやるかい?ハッキリするぜ」
ヨハンの言葉に目の奥が輝くクロード。
「軽ーくお願い出来ると助かるぜよ」
「あぁ、お互い明日に響かない程度にしよう」
自分が冒険者としてどの程度通用するのか
知っておくのも悪くない。
体もなまっている。
勘も取り戻したい。
ヨハンはそう考えた。
席を立ったクロードはドワーフに何やら
話すと地下に通じる階段にヨハンを促した。
言われるまま地下まで向かう。
ストレガから聞いた話で想像していたより
規模が大きくしっかりとした設備だった。
既に何人かの冒険者が稽古をしている最中だったが
クロードが彼等に話すと一斉に片づけ観客席に陣取った。
試合では無く手合わせなのだが
完全に試合形式の様相を呈して来た。
クロードはロングソードを選ぶ
もちろん刃の入っていない練習用の剣だ。
ここでヨハンは考えた。
お話などではよく出てくるが
格闘家の冒険者っているのだろうか
格闘は基本的に対人の技で
冒険者は人型で無いモンスターも相手するのだ。
それに格闘を経験した者なら誰しも
知っている事だが武器を持っている方が
遥かに有利だ。
いざとなれば捨てて普段のスタイルに
戻れば良いのだし何か持った方が良いハズだ。
9大司教の「武」をしていた頃に
基本的な武器の扱いは身に着けている。
使えなくは無い、ただコレといった
武器はやはり拳なのだ。
ここは相手から学ぶ意味合いでも
同じ武器で行くとヨハンは決心して
ロングソードを手に取った。
中央に集まりガウと名乗った
ドワーフから注意事項を受ける。
彼もストレガの話に良く出てくる人物だ。
引退したのか。
ヨハンの知るガウはやんちゃな噂の絶えない冒険者だった。
その破天荒っぷりと種族の問題で
騎士の指揮する戦士団のスカウト候補から漏れた。
「始め!」
ガウの掛け声で二人は距離を取る。
開始数秒後にはクロードは呆れていた。
ヨハンは達人の域にいる。
ゼータは人の域を超越したデタラメな強さだった。
嫉妬も起きない別次元の強さだった。
計り知れない強さだ。
しかし、目の前のヨハンは違う。
計り知れるトコロに居る。
クロードは開始から直ぐに
目線や肩の動きなどで巧みなフェイントを
仕掛けたが全て空回りだった。
素人かと思い打ち込もうとした瞬間
本能が死の警告をした。
それまで気配を殺していた獣が
獲物を捕らえる瞬間に見せる殺気に酷似している。
クロードは自分がどのように切断されるか
想像がついてしまった。
隙が全く無い
仕掛ける事が出来ない
完全に機を掌握されていた。
更に消耗していくクロードとは
対照的に落ち着きゆとりすら感じた。
クロードは子供の頃の祖父と行っていた
訓練の時に戻った様な錯覚を覚えた。
老獪
正にそれだ。
そして異常だ。
クロードの祖父も今のクロードと
同じ様に体のあちこちに古傷があった。
場数を踏んでいけば誰しもそうなるものだ。
しかしヨハンはキレイなものだ。
顔はもちろん、腕にも傷跡は見受けられない。
年も二十歳かそこら
修羅場をくぐっているハズは無いのだ。
ハッタリ
普通ならそう思ったであろうが
違う、明らかにヨハンは強い
だからこそ異常だ。
その若さで
どんな鍛錬すればそうなるんだ?
「いやぁやっぱり強いなぁ流石Gクラス」
まだ打ち合っていないと言うのに
呑気な調子でヨハンは言って来た。
これも挑発では無い
正直に言っているのだ。
またもクロードの意識は過去に戻る。
「クロ坊も強くなってきたな」
祖父のセリフと被るのだ。
クロードは意を決して打ち込む。
教科書通りの基本的な一連の打ち・払いだ。
観衆はどよめいた。
かつてない高速での打ち合い
申し合わせた手の内の様に
どちらも態勢を崩す事無く
まるで踊りの様によどみのない
流れる動きだった。
十分だった。
クロードは剣を掲げ礼をした。
ヨハンも同じように返す。
今の打ち合いで全てが分かった。
ヨハンは受けでも攻めでも
全てクロードに合わせて来た。
剣の捌きはヨハンが上に居た。
「キレイな剣なんだな。蹴りとか
入れて来るかと思ったんだが」
正直それも考えたが実行しようとして
本能に止められた。
むしろヨハンはそれを待っている。
そんな確信があった。
まだ剣の方が恰好が付くというものだ。
「・・・そっちが本業か?」
「ありゃバレてるや。ハハ流石だな」
涼しい顔のヨハンとは対照的に
クロードはこのわずかな時間で
汗だくになっていた。
クロードはそれに気が付き
タオルを取りに戻った。
同じ様に反対側に戻ったヨハンは
ロングソードからラウンドシールドと片手剣に替える。
それに気が付きクロードはぎょっとした。
「次はコレでお願いしていいか」
そう言ってくるヨハンに答えず
クロードは横を向き叫んだ。
「ガウ!久しぶりに斧振った方が良いぜよ」
ガウは居なくなっていた。
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