三章下

 そうして俺達は、またあのカフェの前へと足を運んでいた。

 今日、大村がバイトに入っているかどうかは正直賭けだったが、図らずも前回の丁度1週間後。時間帯も同じとなれば、いる期待値は相当高い。不審にならない程度に中の様子を伺えば、案の定、大村の姿があった。


 もしかしたら川崎は今日大村がいることを知っていたのかもしれない。今日こそは、と当たりをつけていたようだったし心が読めることを考えれば────いや考えるのはよそう。


 開けようと扉にかけた手がまるで鉛にでもなったかのように重い。いつまでもこうしていてはいられないが、体が素直に言う事を聞かないのだ。


 ついさっき覚悟を決めたばかりじゃないか。

 いざ目の前にすると息が詰まる。深呼吸すれば、走馬灯かの如く中学の頃の記憶が蘇った。

 もう2度とあんな思いはしたくないと、そう誓った苦い記憶。それに相対するのは身を削るような苦行のようだ。


 でも、今回はあの頃とは違う。後ろに意識を向ければ川崎がいた。

 俺の視線に気付くと、川崎はこくりと頷く。俺に人の心は読めない。だが、伝わってくる。


 ────大丈夫。


 そんな風に思われてちゃ引けないじゃないか。退路を絶たれ追い詰められている。

 だけど、俺を信じてこの状況を作ってくれたのは川崎だ。今更投げ出して、この信頼を裏切るなんてできない。


 小さく息を吸い込み、扉にかけていた手に力を込め直す。それに比例するかのようにドアがギギっと、鈍い音を立てて開きコーヒーの香りとともに少しづつ店内が姿を現した。


「いらっしゃいま……せ」


 出迎えてくれた店員は大村で────俺達を見たその顔は驚いたように呆気に取られたものだった。






 そうして俺と川崎は、まるで前回このカフェに来た時のリプレイかのように、またあの公園へと来ていた。この場所に来るのも2回目だがどうやらここは吉塚公園というらしい。


 ────もうすぐバイト終わるから、吉塚公園で待っててくれないか?


 その大村の言葉に従い、例の如く、前回と同じベンチに腰掛けて待っている最中である。

 11月の空はもうすっかり暗くなって息が白くなるほどの冷え込みを見せる。指先が悴むのを、ポケットに突っ込むことで紛らわせた。


「緊張してる?」


 川崎の声だけが、誰もいない公園によく通る。さらさらと木の葉の揺れる音と混ざり、とても耳当たりがいい。


「…してないよ。だって一緒にいてくれるんだろ?」


 それは不安じゃない。信頼。君がいてくれる、ただそれだけの確認。


「うん、私はここにいる。────さぁ、行ってらっしゃい。」


 その言葉に顔をあげれば、夜の闇からこちらに駆け寄ってくる人影が見えた。近づいてくるにつれその輪郭ははっきりと形取る。


「悪い…!待たせた!」


 その人影は、赤のマフラーを首に巻き、ベージュのコートを身に付けた大村だった。

 息が上がるほどではないが、走ってきたのだろう。頬が紅く火照っている。

 いざ目の前にすれば、思わず身が硬くなる。


「…大丈夫、急に来たのは俺達なんだから。来てくれてありがとう。」


 そう答えると、大村はどんな感情か分からないはにかみを浮かべた。

 川崎は、私はここまでというように、声が聞こえるかどうかギリギリの距離にあるベンチに腰掛ける。


 大村と向かい合ったまま、会話が止まる。動きがないまま、時間だけが過ぎる。

 ────まずい。呼び出したのはこちらなのだから、何か言わないと。

 でも何を?昔の事覚えてる?何か言いたい事があるんじゃ…?ダメだ、どう考えても自然な流れで話せる自信がない。


 どちらからも切り出せない。そんな睨めっこ状態の重い雰囲気を破ったのは大村だった。


「ごめん…!!」


 大村は体を大きく、くの字に曲げて…つまり俺に向かって深く。大袈裟なほど深く頭を下げた。

 それは全くの予想外とも言える行動で、何が起きたか俺はわからなかった。


「な…え!?」


 大村は頭を下げたまま話す。


「ずっと謝りたいと思ってたんだ、中学の時のこと。言い訳にならないけど、あの頃俺ほんとおかしくて…!」


 そう言って大村が語り始めたのは、俺が何度も忘れたいと記憶の奥底に沈めたあの日の記憶だった。




 ◆




「…は?今なんて?」


 母親から告げられた耳を疑いたくなるような内容に、俺────大村蓮は思わず聞き返していた。


「だから、悠馬の治療費を払わないといけないからうちにそんなお金はないの。それぐらいあなただって分かるでしょ?星恩高校は諦めなさい。」


 半ば投げやりとも取れるような、母親の言葉は俺の心を酷く混乱させた。

 どうしてこんな事になったのかと言うと、俺が学校から進路希望調査という紙を持ち帰り、志望校を伝えた事から始まる。


 悠馬というのは、俺の兄。悠馬は、運動が得意で外が大好きだった俺とは違い、病弱で気が弱くいつも1人だった。でも誰よりも優しくて、俺の事をずっと見ていてくれる。一緒に遊ぶ事は出来なくても、俺にとって自慢の兄だった。


 でも、そんな兄の名前を出して、母親は何を言った?治療費?

 兄ちゃんの体調が良くない事は分かってた。最近は特に入退院を繰り返していて大変なんだろう、程度の認識はあったが…

 でも、うちはそこまで貧乏な家庭だったのか?星恩高校は諦めろって、いきなりそんな事を言われてもこっちにも予定がある。


「そんなの納得出来ない!だってそんなの俺は何の為に今まで────!」


 当然、反抗した。

 この辺りで1番の私立高校、星恩高校。勉強だけでなく部活動も強く、入る事が出来ればそれだけで周りからの賞賛と大学以降の道も大きく広がる。

 その制服を着る為に、俺は好きだった部活だけを頑張るんじゃなく、勉強にも力を注いで来たのだ。


 うちの状況を考えれば、わがままを言えるような状況ではなかった。当然、塾に通いたいなんて言えるはずがない。

 だから俺は、レベルを落とせばもっと楽になれるという誘惑を断ち切り、独学の勉強で…遊びたい気持ちをグッと我慢して、持てる時間を全て、勉強に打ち込んできた。

 そんな生活を続け、ようやく成果が身を結び、現実的に星恩高校を目指せるレベルの学力にまでなってきた所だというのに。このタイミングでどうして。


 季節は中3の夏、そろそろ秋になろうかという時期だ。今更進路変更など、全く考えていなかった。


「高校は好きなとこに行けって言ってたじゃん!」


 それを聞いた母親は、申し訳なさそうに。だが、同時にこれ以上の会話を嫌うよう、めんどくさそうにこう言った。


「私だって行かせられるものなら行かせてあげたいわよ。でも無理なものは無理。諦めなさい。」


 その言葉はとても冷たいものだった。議論の余地もないほど簡潔に、否定された。


 ────あぁ、この人からすれば俺の進路などその程度の認識だったんだろう。…どうにもならない事情があるのは分かっている。でもそんな簡単に諦めろだなんて俺の気も知らないで。どれだけ努力してきたと思っている。


 兄ちゃんの事は大好きだ。遊びたくても一緒に遊べなかったり、ずっと病院にいてばかりで親からもずっと気にかけられている。その事を兄ばかり可愛がられている、と羨む時期もあったが、兄ちゃんはそんな俺に対してもいつも優しかった。その気持ちに嘘はない。


 だが、今日初めて。初めてこの家に生まれてしまった事を俺は

 ────後悔してしまった。



 そんな暗く沈んだ気持ちの時に、あの会話が聞こえてきたのだ。


「葛谷は高校、どこ目指してんの?」


 それは、いつも教室の隅の方で話しているような少人数グループ。普段なら、気にも留めないが進路の話に敏感になっていた俺は、気付けばこっそり耳を傾けていた。


「俺は星恩高校かな」


 葛谷と呼ばれた男子生徒が発した、星恩という単語に、ぴくっと俺の体が反応する。


「頭良いってずるいな、いつもゲームしてるのにいつ勉強してんの?あとなんで星恩?」


「勉強なんかする訳無いじゃん、才能だよ。

 目指してるのは…そうだな。正直どこでもいいけど、親から言われてるのと、まぁ家から近いし?なんか楽そうじゃね。誰でも入れるでしょ」


 そんな訳ないだろ、と数人で笑い合っているその様子に、俺の中で何かが弾けた。


 誰でも入れるだなんて舐め腐っているとしか思えない。


 気づいた時には、俺は、葛谷から進路希望調査の紙を奪い取っていた。


「お前なんかが星恩受けんの?恥ずかしくないわけ?」


 もう止められなかった。




 ◆





「ごめん。謝って済む事じゃないかもしれない。でも、謝らせてくれ。」


 そう言って、大村はもう一度深く頭を下げた。


「あれから、ずっと気にしてたんだ。普段なら絶対あんな事しないのに、俺らしくもない事で突っかかって八つ当たりして。

 ────この間うちのカフェに来てくれたとき、星恩の制服を着てるのを見て、俺は安心したんだ。

 あぁ、俺のせいで葛谷の将来が歪まなくてよかったって。でも、こないだはそれを伝える前に帰っちまって…」


 みんなの人気者で、俺にとっては恐怖の対象であった大村が、今、目の前で頭を下げている。


 あの時の事をずっと大村は覚えていたのか…?俺は、昔の自分の発言なんて言われるまで何一つ思い出さなかったし、大村が星恩を目指していたなんて、今初めて聞いた。


「大村は…今、どうしてるんだ?」


 今の話からすれば大村は────

 その質問に、大村はどこか寂しそうに。だが、確かに微笑んだ。


「俺は、知っての通り星恩高校には行かなかった。行けなかったの方が正しいかな。

 結局学費の安い公立高校に進学したよ。それでもお金ないからさ、放課後はこうしてバイトしてるって訳。

 でもいい事もあってさ、さっき兄ちゃんが病気だって言ったろ?最近は容体もかなり良くなって来てるんだ。

 ────色々あったけど楽しくやってるよ。」


 その言葉には、半分諦めのようなものが含まれていたが、後悔は感じられなかった。もう、自分の中で消化しきった事なんだろうか。

 大村は、俺なんかと違って友達を作るのがとても上手い。きっと今の学校でも人気者で、楽しいというのも嘘じゃないんだろう。

 それでも、描いていた道筋と大きく逸れたことは疑いようもない。


 俺の中の大村は、みんなの中心に立つような人物で、穴なんてないどこか完璧超人のような印象だった。だが、そんな大村でも悩みはあって、変えられない事情があって。

 その地雷を俺は知らず知らずのうちに踏み抜いてしまっていたんだ。


「ごめん。俺、あれからずっと大村の事を恨んでたんだ。理不尽に、何も理由なく、ただ目に付いたからって理由だけでいじめられたって。

 ────でも…違った。原因は俺にもあったんだ。俺は、昔から勉強だけはそこまで苦労する事なく、出来たから、努力してる人の気持ちを蔑ろにしてた。

 星恩を目指してたのだって本当に何となくだ。行く高校なんて、本当にどこでも良かったし近くて楽そうだってただそれだけの理由で…。

 本気で目指してて…行きたくても行けない人間からすればそんなの鼻について当然で俺の言葉に怒って当然だ」


 俺のした行為は、重く沈んでいた大村の心を逆撫でするような発言だったと、今なら分かる。

 ましてや、俺に傷付けた自覚が全くなかったのだから。自分から喧嘩を売っておいて、被害者面しているなんてどうしようもない最低人間でしかない。


「葛谷が謝るなよ。悪いのは俺で、何と言われようとあれはただの八つ当たりだ。俺の事情なんて気にする事はないし、知っててどうにか出来ることじゃない。本当に悪かった…!」


 今なら、川崎の言っていた事が分かる。きっとこの間も、こんな顔をしていたんだろう。

 こんな、今にも泣き出すんじゃないかと思うほど暗く沈み、申し訳なさそうな顔。ここまで反省が現れた表情があるだろうか。

 俺は、一体いつから人の顔を見るのを避けていたんだろう。


「それでも俺は大村を傷つけた…。それは事実だ。謝らないといけない」


 それだけはどうしようもなく変えられない真実。言われれば俺は、何だってする覚悟だった。


 だが大村は、中学の頃、遠くから見て憧れていた人当たりのいいあの優しい笑みを浮かべた。それは周りにいる人間を安心させる、不思議な引力のある微笑み。

 あぁ、これだ。みんなこの表情を見たくて大村のそばに居たんだ。


「もう気にしてないよ。

 ────もし、葛谷さえ良ければ俺と友達になってくれないか?あんな事しといて、こんな事を言うのは虫がいいかもしれないけど。」


 どこか照れくさそうなその表情に、俺は、言葉に出来ぬ感情が湧きあがっていた。


「大村がそうしたいって言うのなら。なんて────。」


 そうして気づいた。

 そうか。俺は、あの日以来大村が怖かった。でも、それは彼の人気が怖くて。人気者である彼に嫌われているという事実が辛くてその事を認めたくないという気持ちもあったんだ。


 友達なんていらないと、俺はあれ以来ずっと思ってた。でも本当の俺は、みんなの中心である大村に憧れていて羨ましかったんだと今気づく。そんな憧れの対象だった大村が友達になりたいだなんて信じられない。そう、まるで夢のようだ。


「俺の事なんだと思ってるんだよ…良かったら俺のことは蓮って呼んでくれ。俺も啓太って呼ぶから。」


 大村はそう言って、にかっと笑った。そこにもう先程までの気まずさや暗さは感じられない。俺の気持ちも不思議なほどすっきりしている。長年の憑き物が落ちたような感覚だ。


「分かった…蓮。」


 下の名前で呼ぶのも、呼ばれるのも新鮮で何だか心地よかった。

 そうして、俺達は2人、ベンチに腰掛ける。


「本当はさ、啓太はもう来てくんないんじゃないかと思ってたんだ。こないだ、初めて来た時は俺があそこで働いてるなんて知らなくて、偶然だったみたいだし。」


 蓮は、冷えてきたな、と手に白い息を吹きかける。


「確かに、俺1人だったら、そもそもあのカフェにすら行ってなかったと思うし、今日大村に会いに来る事もなかったと思う。

 ここに来れたのは────川崎のおかげだ。」


 俺1人じゃ今もずっと1人でいる事になっていただろう。友達なんていらない、1人の世界で生きていくという軸は変わってなかったはずだ。

 そんな、俺を変えてくれたのは、間違いなく川崎だ。


「じゃあ今こうして話せてるのは彼女のお陰って事だな。感謝しないと。」


 川崎がこちらの視線に気づき、にこやかに手を振ってくるのに蓮が、同じく輝く笑顔で手を振りかえす。

 この2人、どっちもキラキラした人種なだけあって、同じ画角に入るだけで絵になるななんて凄く他人事な感想が浮かぶ。


「じゃあそろそろ邪魔者は消えようかな!これ、俺の連絡先。平日なら大体バイトしてるからまた2人で来てくれな、お幸せに!」


 連絡先の書かれたメモを渡して、蓮は立ち上がった。


「俺達はそんなんじゃないって!じゃあ────またな!」


 友達と別れる時に、どんな言葉をかけるのかが久しぶりすぎて上手く言葉に出来ず詰まってしまった。

 だが、確かにまたなと言えた。その事が酷くむず痒い。

 蓮は、そんな俺の言葉を背中でうけ、後ろ姿のまま手を振りながらゆっくりと夜の住宅街に消えていった。

 もう姿は見えなくなったと言うのに、俺はその消えていった方向から目を離せなかった。




「お疲れ様、葛谷くん。」


 ぼんやりしていると、いつの間にか、川崎が近くに来ていた事に気づかなかった。川崎は、何を言うでもなくただ黙って俺の隣へと腰を下ろす。


「何があったか聞かないのか?」


 その質問に川崎は、いたずらっ子のように可愛い笑みを浮かべる。


「聞かなくても分かるよ。頑張ったね。」


 お見通しって訳か。本当に川崎には敵わないな。

 頑張ったねという、その一言で胸が暖かくなるのを感じる。


「川崎。本当に、ありがとう。」


 俺の言葉に、びっくりしたように川崎が目を見開く。


「どうしたの急に。葛谷くんじゃないみたい。」


 川崎の中の俺は感謝も言えないような人間だったのか。────あながち間違っていないだけに何も言い返せない。少し前までの俺は捻くれてたからなと苦笑する。


「川崎のおかげで、友達が出来たよ。俺1人じゃ絶対蓮と話そうなんて思わなかった。ありがとう。」


 改めて感謝を伝えると、川崎は誇るでもなく、ただ優しげに微笑んだ。


「どういたしまして。」


 その表情はまるで、親から向けられているような。慈悲に溢れた暖かく気持ちが落ち着く安心感。あぁ、なんて優しい微笑みなんだろうか。


 俺は気になっていた事を聞く事にした。


「なぁ、どうして川崎はここまで俺のことを手伝ってくれるんだ?」


 今までも何度かして来た質問だが、何故だか今なら答えてくれる気がした。

 2人きりの深夜だというこの状況で、変なテンションになっていたのかもしれない。


「何で、かぁ。やっぱり、君を更生させるためかな。もうその必要はないかもしれないけど。」


 川崎はそう言って笑う。今なら聞けるかと思ったがまだその心内を語る気はないらしい。

 …まぁ、それでもいいじゃないか。だってこれからも沢山時間はあるのだから。川崎のお陰で俺は変われた。いくら感謝しても足りない恩。今はそれだけで十分だ。


「中村から誘われてた遊び。まだあれ有効かな?」


 一軍達と一緒に遊びに行くという例の約束。

 この1週間のうちに、中村が声をかけて来てくれた事もあったが、俺はそれを無視してしまった。いくら闇落ちしてたとは言え、酷い対応だった事は間違いない。もうダメだったとしても自業自得ってやつだが────。


「大丈夫、莉央はそれぐらい気にしてないよ。葛谷くんから声をかけてあげたら喜ぶかな。私が保証する」


 この世で1番安心できる保証だ。心配だった気持ちが一気に吹き飛ぶ。


「それなら間違いない。安心だ。」


 俺の気持ちは、大仕事を終えた後のように凄く晴れやかだ。

 もう時刻は遅く、辺りに人の気配は誰もないというのに、走り出したくなるほどの高揚感。長年心を沈ませていたトラウマに終止符を打ち、まるで青空のように澄み切った気持ちだ。

 今なら何でも出来ると、根拠のない無敵感が気持ちいい。


「家まで送ってこうか?」


 この前は言えなかったが、今なら言える。

 どうして送って行くのか。

 心配だからなんて建前はやめよう、俺がそうしたいのだ。


 でも、その言葉に川崎はふるふると首を横に振った。


「親に迎えに来てもらうから大丈夫。葛谷くん、また明日ね。」


「そう…か。じゃあまた明日。」


 正直、断られるとは思ってなかった。誘えば川崎はきっとOKしてくれるなんていう思い上がりがあったかもしれない。

 がっかりした気持ちがあるのが本音だが、ここで食い下がることはせず結局俺は、前回と同じく1人、帰路に着いていた。


 月明かりだけを頼りに、静かな夜道を歩く。

 今日は、俺の人生の上で大きな分岐点になったと、自分でも分かる。大村との過去の因縁を払拭して、高校に入って初の友達も出来た。

 友達、なんて心地いい響きなんだろうか。ついこの間までいらないと切り捨てていたものが、今はこんなに輝いて思える。俺はなんて現金な男だろうか。


 それもこれも、川崎がいてくれたから。頭の中に川崎の色んな表情が浮かぶ。

 放課後に初めて声をかけてくれた時、クラスで皆と会話している時、一緒にゲームセンターに行った時。笑った顔、怒った顔、悲しそうな顔、俺に向けられた顔全てが昨日の出来事のように鮮明に思い出せる。


 ────あぁ、この気持ちは一体いつからだったんだろう。もう俺は自分の気持ちに嘘をつけない。




 どうしようもなく川崎美雨が好きだ。














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