Chapter4-5

      〜風化された真実3〜

「ありがとうございます」と感謝の言葉が女性の口から告げられる。相対してそんな言葉を言われたのは初めてだった。いや、と対面する事が自分にとっては皆無だった。

 〖何がだ?〗と疑問で返せば、クスッと笑った女性は「貴方達のお陰で、これからきっと平和になる」そう伝えた。

 〖貴方達……〗と一括りにされた言い方に、気分を害したーーーは眉を寄せた。何故己が不愉快な気分にならなければいけないのか、あぁ忌まわしいとーーーは女性をじっとりと睨みつける。

 女性にとっては、もうずっと傍に居た為に相手の心情が手に取る様に分かる。向けられるは嫌では無かった。

 そして、ここ最近伝えている言葉を今日も伝えるのだ「好きですよ」がではなく様が、と女性は相手のラピスラズリに似た色の美しい青い瞳を見つめる。

 〖またか〗と呆れた声を出したが、悪びれた顔を見せずに「えぇ、だってそうだから」と鈴の鳴る声を出した。

 ---は自分でも気が付いていた、不愉快な気分が一瞬にして消え去った事に。


          *


 城を後にして前に進むレティシアの後ろを、ノアは付いて行く。

 行き慣れた道を先導するレティシアは期待しているのか、疑心を抱いているのかよく分からない気持ちのまま足を動かしていた。


 レティシアとノアは現在、泉を目指している。小一時間前にレティシアが思い出したその場所は、精霊師達が大切にしてきた湧水で、リザレスの国の中で最も精霊を多く見かける事ができる。


 そこに行けば会えるという確信がある訳では無かったが、国の中で重要な場所を考えた時に思い付いたのがそこだった。


「歩きにくい場所だな」


 レティシアの後ろでノアが周りを見ながらゆっくりと追いかける。


「歩きにくいかな?」


 前を進む歩みを少し落として、レティシアは疑問で返した。自分としてはそう感じた事は無く、寧ろ目的の場所に近づけば近づく程足取りが軽やかになっていくというのに。


「なんか、こう足が重いような、進みづらい感覚がするんだが」

「呪われてるみたいな発言ですね」


 冗談みたいな発言に、軽口を返したつもりだったがノアの辛そうな顔を見れば、冗談を言っている場合では無さそうだった。体調が悪いのかと休憩する事を提案したが、ノアは頭を横に振る動作をする。


 歩いている途中からノアの息はどんどん上がっていき、見てられなくなったレティシアは、何度も気遣う素振りを見せるがノアは意に介さなかった。

 レティシアはその様子にとうとう痺れを切らし、自分の右手でノアの左手をギュッと掴んだ。


「は?」

「ノアが休憩しないのなら、私が引っ張るから」

 

 ノアは突然手を握られた事に動揺するが、レティシアはその反応を無視して、拒否の言葉を言わせない様に顔を覗き込む。

 じっとノアの目を見つめて牽制けんせいすれば、根負けしたのか、りきんでいた左手から力が抜けたのが分かった。


 ーー青と緑の合わさった泉の色は、さながら宝石の様な美しさだと初めに感じたのがノアの感想だった。 

 海とはまた違った不純物が一切ない泉と、洗練された空間に、ここに足を踏み入れては行けない様な気にさせた。


「精霊がこんなに……」


 目に映る視界には見たことのない数の精霊が存在している。ノアにとって見慣れない光景が広がっていた。


「ここです」


 レティシアは繋いでいた手を離す。水辺に近付けば水の精霊達が近寄ってくる。

 つい最近まで通っていたこの場所に訪れていないのは数日の筈だったが、まるで長い事此処を訪れていない様な感覚だった。


 何体かの白い竜の落とし子の形をした精霊が、レティシアの体に触れる。ヒンヤリとした温度は心地が良かった。


 ただ泉を眺め、精霊と過ごすこの空間を堪能する為に来た訳では無いレティシア達は精霊王に関係するがないか、辺りを探る。

 とはいっても、怪しい所や何かありそうな箇所があれば好奇心旺盛なレティシアならば、過去に何か行動を起こしている筈で、今更通い慣れたこの場所を探っても惹きつけられる何かなど見つけられなかった。


 やはり此処には何も無いのだ、と諦めた時だった。

 

「……!」

 

 チリっと心臓が少し熱を持ち、自分の意思に反して目の前に白い竜の落とし子が姿を現した。


「エリアス?」


 レティシアの契約精霊が呼んでもいないのに、姿を現してじっと此方を見つめてくるのだ。


 お互いに数秒間見つめ合い、クルッと向きを変えたエリアスが泉の中へと消えていった。

 ポチャンと音を立てた水面には水の波紋が広がっていく。

 

 レティシアは何が起きたのかわからなくて、直ぐにエリアスを呼び戻すが、応えてくれる筈の精霊は自分の元に現れなかった。


 暫くして辺りを散策していたノアが、動揺して狼狽うろたえるレティシアを発見し、話を聞いて状況を把握する。


「泉に入るしかないだろう」


 水の精霊を追い掛けるというノアに、レティシアは考えるまでも無く賛成する。ただ、問題があるとすれば下級魔術しか使えない自分レティシアでは泉の中に入っても息などもたないだろう。


 レティシアは隠す事なく、自分の実力をノアに伝えるがノアは問題ないとかぶりを振った。


「俺は、上級魔術師だ」

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