Chapter4-4
「私、お伽話の中で"始まりの物語"が一番好きなんです」
手元にある本を触りながら目を細める。言い終えてから敬語になっていた事に気付いて、レティシアは「好きなの」と慌てて言い直した。意識して話さなければ敬語になってしまう。
「ノアさん…ノアは好きなお伽話とかあるの?」
話してからレティシアはしまったなと思った。好きなお伽話なんて子どもっぽい事を聞いてしまったかもしれない。
ノアの回答を待つ数秒の時間が耐え切れなくて、別の話を切り出そうとした瞬間、話しかけた相手から反応があった。
「お伽話は、"始まりの物語"しか知らないから好きとか嫌いとか分からない」
「"始まりの物語"は知ってるんですね」
「…そうだな、"始まりの物語"は人に聞いて知った」
机に肘をつき、右の掌を自分の頬にあてながら紫の目をレティシアの持つ本に向けてノアは答える。
「"始まりの物語"ってあれだろ、精霊王達が出てくる話のやつ。それで聞きたいんだけどさ、精霊王って本当にいるのか?」
さり気無く、それはごく自然に訊かれた質問だった。
「いる」と発言しようとして、レティシアは思い止まる。開いた口からは空気が漏れた。
いるとは信じたいが、実際に会ったことはない。自分の周りには精霊や精霊師達が身近にいたが、精霊王という存在はお伽話の中でしか聞いた事が無かっ た。
だとしたら「いない」というのが正解なのだろうか? でも何故だろう「いない」とは言い出せない。
いや言いたく無かった、ドクンとレティシアの心臓が一回鼓動する。
「もし、魔術師と精霊師を生み出したのが精霊王達だとしたら、精霊王達に会えば精霊師について何か分かるんじゃないか?」
何も発さないレティシアを無視して、言葉を続けるノアはお伽話に出てくる"精霊王"を存在するモノとして話す。
「ど、どうやって精霊王様達に会うっていうの!?」
ノアの発言にびっくりして、レティシアはバッ! と目線を本からノアへと変える。
「お伽話でしか精霊王様達は、出てきた事が無いわ!」
レティシアの言葉にノアは「ふーん」と感情の篭らない返事をした。
「つまりお前は、精霊王がいる何て信じていないんだろう」
「そんな事ない!!!」
レティシアは叫ぶ、言葉が口を突いて出てきてしまった。心の中ではいると信じているが、実際に会った事があるという人を見た事がないのだ。
「……何で精霊師が存在するのか、何で魔術師が存在するのか、どうして精霊師しか精霊を使役する事が出来ないのか、もう何百年も、もしかしたら何千年かも分からないが、その答えを知っている者は恐らく今の世界にはいないだろう」
「…………」
「今回リザレスが如何して襲われたのか? それはきっと精霊師だから。歴史書を読んでも、文献を読んでも何も情報は分からない。その中で唯一、精霊師と魔術師が生まれた事が記載されている文がある」
「"始まりの……物語"」
レティシアの言った発言に対して、ノアはそうだというように頷いた。
「他国ではあまり知られていない"始まりの物語"が精霊師の国ではずっと語り継がれている事には意味があると思っている」
子どもながらに、知られていない
「何か聞いた事はないのか? 代々伝えられている事とか、場所とか」
精霊師の国については、俺よりも
父や母から精霊王について何か言及された覚えは無い。
もしかしたら、自分より優秀な兄や姉は知っていたのかも知れないと思ったが、今のレティシアの側には誰も居なかった。
城、街、森、と色んな場所を思い出したり、父や母と交わした会話を思い返してみても、これと言った心当たりが無い。
「……精霊王、精霊師、リザレス王国……私達の祖先は水の精霊王の加護を貰った水の護り
考え込む中で、レティシアはブツブツと無意識に声に出していたが、その一部の言葉にノアが反応を示す。
「水の護り人ってなんだ?」
「え? あぁ私達リザレスの国民は水の精霊と契約する者が多くて、その理由は自分達の祖先が水の精霊王の加護を貰ったからだって言われてるの」
「それは、初めて知った情報だな」
ノアが興味深そうにする様子を見て、本当かどうか分からないんだけれど、と付け加える。水の護り人に関してはリザレスの国民でも一部の人しか知らないのだ。
「姉様は違うけれど、お父様とお母様、兄様は水の精霊と契約していて、私も自分の精霊と契約する為によく泉に……」
「行った」と言葉にしようとして、ある場所を思い出したレティシアはピタッと言葉を止める。
そこは、多くの精霊達が存在し、リザレスの国民達も大切にしてきた場所。
あの【泉】を
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