第25話

◆デパート最上階 菅谷side









 現在、私達の避難する映画館は重い沈黙に包まれていた。それはというのも私達の中で唯一、化物に対抗できる存在が戻ってこないからだ。


 今は昼過ぎだ。朝から偵察に出掛けた彼は、それきり姿を現さない。




「マトンさん遅くないですか?」




 質問した男性は、自分達は見捨てられたのですか? そう言わんばかりの表情だ。だが、無理もないだろう。


 現在、私達避難者は同じ部屋に集まっていた。マトンアフロの存在を説明するべく集まってもらったが断続的にする爆発に怯えた皆が、ここから動けなくなってしまったのだ。


 そんな状態で、やっと見つけた化物への対抗手段希望が失われたと思えば気が気でない。


 全員、理解しているのだ、アフロの代わりはいなくとも自分の代わりは幾らでもいると。


 だから常に不安が消えない。いつ切り捨てられるか分かったものではないのだから。


 まるで集団でメンヘラ化したような錯覚に陥る。実際、精神を病んでるという点で言えば間違いではない。




「でも、戻ってきたら私……」




 そう呟くのは、可愛らしい顔を悲壮に歪めた少女だ。私と彼女を含める彼のに叶った数名は、この後どうな目に遭うか決まっている。すでに出発前の彼に何名か手を出されており、酷い目あったらしい。


 選ばれた私達は一応、他の避難者より優遇されるらしいが気は進まない。


 いくらなんでも発情期の猿みたいな顔をしたチャラいアフロ男は好みから離れすぎているし、優遇も大した事なさそうなので差し引きでマイナスになるレベルである。




「君は、この非常時に自分のことしか考えないのか!」




 怯える彼女にを掛けたのは、我らが纏め役であるバカ男さんである。


 彼は徹頭徹尾マトンの腰巾着に徹し、アフロ以外にはやたらと高圧的な態度となるのだ。


 そんなに機嫌を取りたいなら、てめぇのケツを提供しろや。


 と、言ってやりたいが、私達は少数派で力も劣る女だ。ここで逆らっても得はない。それどころか、に捨てられるかもしれない、一人くらい減っても変わらないのだから。


 更に怯える女性にバカ男は尚をも言葉を重ね、それに追従する男共とブス軍団が現れて場が混沌とすると一人だけ、私のみをターゲットにした粘着く視線があった。




「ハッ」




 私の勤め先にいた店長だ。彼は瞳に侮蔑を宿し私を鼻で笑っていた。


 それはそうだろう、今は彼にとって笑いが止まらない状況だ。何せ彼からすれば裏切り者である私が、どうにもならない危機に陥ってるのだから。


 なんなら彼の感情表現は随分と控え目かもしれない。私が彼の立場なら腹を抱えながら笑い転げるところだ。だからと言って、私が彼にムカつかない理由にはならないが。


 どうやってアイツをぶん殴ってやろうかと思案していると『ドォォン、ドォォン』と盛大なノック音が響く。今日だけで何度も聞いた爆発音ではない、明らかにこの上映室の扉が叩かれた音だった。




「ひぃ」




 全員、ヒートアップしていたを止めて震え始めた。かくいう私も腰が抜けてる。


 どうして? 見張りは何も言ってこなかったのに!


 だが敵は扉の外にいるのだろう。よりにもよってアフロが居ないタイミングで。


 私達は揃いも揃って、嫌だ嫌だと現実を認めたくないと駄々を捏ねるように耳を塞ぎ俯くが、ノックの主は関係ないとばかりに、より強い力で叩き続ける。




「わ~ら~わじゃ。あ~そ~ぼ~」




 遂に扉は砕かれノックの主であろう人物が可愛らしい声と共に入ってくる。


 敵が少女一人で安心したのかバカ男が前に出る。足はガクブルで股には形跡もあったが。


 それでも凄いぞ、バカ男。バカだからこその行動力か?




「お、お嬢さん。お友達の家と間違えてませんか?」




 やっぱバカだ。ユーモアを混じえるにしても相手とタイミングを考えろと言いたい。しかし意外なことに少女は怒った様子はなく、むしろ楽しげにバカ男を眺めていた。




「ほぅ、わらわが間違えていると申すか?」




 あ、これ笑顔で怒ってるヤツだ。


 すいません、そのバカ男を差し上げるので見逃して下さい。せめて私だけでも!




「まぁ、よい」




 おっ、許してくれましたかわらわさん。なんと素晴らしい御方だ。貴女の度量に感服しました、忠誠を誓います!




「どの道、成ってもらうからのぅ」




 そうして招き入れられる武装した死体達。あれ? もしかして忠誠を誓うと成る感じですか? 死んじゃうなら、やっぱナシでお願いします。




「オレじゃありません」




 あ、生きてるパターンもあるんですね。けど、達磨で色々と削ぎ落とされてるのは嫌なので、ナシの方向でお願いします。


 だから来ないで、私にだけは近付いて来ないで~っ!









◆リコリスside









「まずまず、と言ったところか」




 新戦力である『元モジャモジャ』の試運転は悪くない結果に終わった。


 この『元モジャモジャ』は完全に前にを済ませていたのでスムーズに運用できた。




「ほれ、近うよるがよい」




 思わぬ拾い物に気をよくしたリコリスは、『元モジャモジャ』腐肉戦士を呼び寄せる。




「むぅ」




 さて、呼んだはいいが何をくれてやるか。そこまで考えていなかったリコリスは悩む。


 どうせなら前回与えた褒美と関連性のあるものがいい。例えるならば剣には盾といったところだろうか。そして鎧にも盾がよかろう、それと杖にも盾がよいな……




「よし、盾じゃな」




 異論は認めない。


 だが、残念な事にリコリスは生粋の魔道士であり令嬢だ。盾の持ち合わせなど、ある筈もなかった。


 それでも盾を与えたい。何か妙案はないかと考えると、かつて金欠に喘いでいた父が苦肉の策として用いた手法を思い出す。


 当時、隣国との戦争で母国に搾取された領主の父は歴代で類を見ない程の金欠であった。けれど、武勲を上げた配下には褒美をやらねばならない。そうでなければ、彼らの心が離れ本格的に家が没落するからだ。


 そんな父の考えた褒美が、自身由来のゴミを贈ることである。


 父の考えはこうだ、彼らの主である自分は彼らにとって尊い存在だ。それなら自身由来の品は、どんなに安物であっても聖骸布に等しい価値を持つはずだ、と。


 勿論、ブチ切れた兵士の激しい抗議に合い、慌てて金や真っ当な品を用意していたが。


 しかし、感情なき従僕である腐肉戦士にそんな心配はない。ならば贈ろう、自身由縁のゴミを。




「これで良いかの?」




 選んだのは、ここで得たの中で最も長く抵抗を続けた玩具だ。いつまでも反応が新鮮なままなので、つい念入りに壊してしまったモノゴミでもある。名はたしか『すがや』と言ったか。


 そう言えば『すがや』を見た時は『元モジャモジャ』が、やたらと反応していた気がする。恐らく彼らの間には浅からぬ繋がりがあるのだろう。




「恋仲か?」




 万全の『すがや』が聞けば怒り狂いそうなセリフを言うリコリスだが、呼吸するだけの生ける屍となった彼女に、そんな余裕はない。


 そんなことは知らぬし、知っても気にしないリコリスは丁度いい褒美が見つかったと喜び、腐肉戦士へ与える。


 はもちろん──



「合体じゃーっ!」




 ガキンと音がしそうなほど勢いよく組み合わせられた二つのは、奇しくもマトンが望んでいた形でのだ。


 心なしか『元モジャモジャ』の顔が嬉しげに綻ろび、『すがや』の顔が更に苦しげになったような気がするも気の所為だろうとリコリスはスルーした。




「これからも励むがよい」




 返答のない腐肉戦士に少し寂しさを覚えながらも、やりたい事を終えたリコリスは満足気だった。

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