第24話

◆ルーベンside








 リコリスが作ったであろう『インテリア』と瓦礫を扉の外へ放り投げると、誰も中に入れないように扉と内鍵をしっかり閉める。


 内鍵といっても鍵穴があるタイプではない、かんぬきタイプだ。無骨ながらも頑丈そうなコレは、そうそう壊されることはないだろう。


 しかし、扉には心配ないものの他の箇所に不安があった。それは俺が侵入するときに開けた穴だ。


 斬りつけた石材は魔導による強化がなくなった影響で床に落ちた時に壊れていたので、何か代わりになるものはないかと探していると意外と言えば意外な、当たり前と言えば当たり前の解決方法が見つかる。




「まさか予備まであるとは」




 俺の視界にはピラミッド状に積みがった十数個の予備石材がある。リコリスの用意周到さ感謝だな。


 因みに予備にも強化は施されていた。穴を修理するときは、それを持って破損箇所まで飛び上がりスポッと嵌めたのだ。


 嵌めてから接着剤でも必要だったか? と少し悩んだが別に落ちてこないし、軽く叩いても他の壁と耐久力は変わらなそうだったので気にしないことにする。魔導すごい。




「……なんか、ワクワクする」




 やりたい事が終わり、暇になって辺りを見回していると、先程までは敵地としか思わなかったリコリスの祭壇が、まるで光り輝く宝箱のようにキラキラと見えだしたのだ。


 これは当然かもしれない。ここは俺の大好きな『蠱毒の蜘蛛糸』で重要な舞台そのものなのだから。


 リコリス大好き星人の『ゆるふわ』は大嫌いだが、リコリスその人に恨みはなく、むしろ好きな部類かもしれない。もちろん、エリカと比べれば無に等しい好意だが。




「よし、ストーリーの要素がどう再現されているのか検証しよう」




 これは、非常に大切な冒険検証だ。今後に関わる重要な行いで決して失敗は許されない為、徹底的に行う必要がある。俺は使命感冒険心に衝き動かされるまま行動を開始した。

















「ふぅ、堪能した」




 儀式場の前に並ぶ棺の全て開けたり、空だったら中に入ってみたり、儀式場のど真ん中で寝転がったりと好き放題検証を重ねた俺は、満足の溜め息を吐く。


 今は、その辺をフワフワと浮いていた、おどろおどろしい本を読んでいる。如何にも『呪いの本』といった雰囲気で中身の謎の文字と、表紙に描かれた独りでに動く魔法陣が特徴だ。




「あっ、逃げた」




 今までは表紙の中で模様を変えるだけだった魔法陣が本から飛び出し、その丸い輪郭を活かしてコロコロと床を転がりだした。


 一応、俺に状態異常は効かないので本を含める何かにトラップがあっても問題ないと思われる。


 エリカへの失言から最低限立ち直った俺は、決めていた【自己完結】の常時使用をするべく、常に使っているからだ。寝ながらも出来るようにするのが目標である。




「しかも掴めないって、どうなってんだ?」




 魔法陣の速度は大した事ないので掴もうと手を伸ばしたが触れられず、すり抜けた。


 床を転がっているのだから物理的に干渉できると思うのだが、床に触れながら俺の手だけすり抜けるとは、どういう原理なのだろうか。


 とうとう壁を登り始めた魔法陣を見て不思議に思う。




「まぁ、いいか。それにしても何かが足りない」




 考えても解らないことなど置いておく事にして、少し前から感じていた何とも言えない不満を追求することにする。


 この祭壇は『蠱毒の蜘蛛糸』第一章の最終決戦場にして、リコリスが姉の復活願いを遂げる為に必要不可欠な場所だ。


 『蠱毒の蜘蛛糸』では箱庭世界に閉じ込められたキャラクター達が殺し合い、生き残った最後の一人が願いを叶えられるという設定だ。


 しかし、リコリスは願いを叶えるべく『コグモ』の箱庭世界へ来たのだが、理不尽なほど力の差がある敵を目にし最後の一人になることを諦めてしまう。


 それでも願いを諦められないリコリスは別の手段を取ることした。それは、反魂の術だ。


 元々、魔導に突出した適正を持っていたリコリスはメキメキと実力を上げていくのだが、やはり特定の人物を完璧な形で蘇らせるのは簡単ではない。


 焦れたリコリスは更なる非道な実験へのめり込むが、それでも望む結果は出せず挫折しそうになる。そんな時に見つけたのが、この祭壇を使った蘇生方法なのだ。


 蘇生に必要なモノは残り一つ、姉の魂を持った肉体だ。輪廻転生した姉の魂を持つ存在こそ、リコリスが探し求めるモノである。


 死んだ相手を腐肉戦士にするのは、死んだ魂は腐肉戦士へ引き継がれるからだ。復活に必要なのは、あくまで姉の魂を持った肉体なので腐っていようが関係なく、むしろ抵抗されないので好都合ですらある。


 自身に不老の術を施し膨大な時間を手に入れたリコリスは、目当ての人物を探すべく人間を捕らえてから調べあげ、違うと分かればより効率の良い判別方法を探るために様々な実験をするのだ。


 『インテリア』作成は彼女の昔からの趣味で、必要なくなった実験材料で行っているものである。本人曰く、息抜きらしい。




「──やっと分かった」




 ここまで考えれば、最初の疑問である足りない『何か』が分かると言うものだ。ここはリコリスが、リコリスの願いの為に作り上げた彼女の祭壇。


 そこから出る結論とは──




「エリカ要素がない」




 ここはリコリスの為だけの場所だ。エリカ推しの俺としては、そこが不満だったのだ。


 幾ら【自己完結】の常時使用をしているとはいえ、そろそろエリカニウムも切れてくる頃合いだ。(リコリスの)聖地の探索は終わりにして、(エリカの)聖地へと作り変えるべきだろう。


 手始めに、あの儀式場だろうか。


 あれこそ、この祭壇がリコリスの聖地たる証と言える場所であり、儀式場がある限りリコリスの聖地であり続ける象徴とも言えるものだ。


 あれを作り変えてこそ、この祭壇をエリカの聖地へと生まれ変わらせる事ができるのだと思う。更地にするには惜しい完成度だ、どう活用するか。




「『選定の剣』」




 ふと、思い付いた事を口にしてみたが、我ながら悪くない発想だと思う。


 エリカのゲームストーリーでも重要な要素である専用装備【阿鼻決別】。


 その【阿鼻決別】の形状は大である。そして石の儀式場がある今ならば二つを組み合わせて雰囲気のある聖地が完成する筈だ。


 昨日見た夢の内容を考えれば、『エリカ』と『聖地』の組み合わせは井戸の底で行われたエリカの拷問惨劇が真っ先に思い浮かぶが、それは確実に地雷なので考えないようにする。




「予備の石材を加工してっと」




 探索中に試して判明したが、石材に強化バフが付与された状態でも何とか斬れた。なので、頑張って台形に加工する。


 わざわざ、そんなことをする理由は石に付与されてる魔導を解除してしまえば、石が放つ紫の光も消えてしまうからだ。【阿鼻決別】の霧の美しさに比べれば見劣りするとは言え、これはこれで綺麗だからだ。


 そうして加工した台座を儀式場の中心へと置き、そこに【阿鼻決別】を刺して完成である。




「あれ? 何か霧が増えてる気がする」




 手で握っていたときは剣から少し離れると空気に溶けるように消えていた黒い霧が、台座に刺して放置した途端に消えず床を這い回るようになった。もしかして、こいつは放置されて拗ねてるのか?


 はっはっは、可愛らしいじゃないか。大丈夫だ、安心しろ。俺は【阿鼻決別】を捨てたりしないぞ。むしろ、俺が捨てないでと頼みたいくらいだ。




〔バカ、すぐにやめなさい!〕



「ぬおっ!」




 思わず【阿鼻決別】を抱き締めてやろうかと思っているとエリカに怒られてしまう。え、抱き締めちゃ駄目か?


 頬擦りだけじゃなくて、抱き締めるのも禁止は辛いが【阿鼻決別】はエリカの所有物だし、そもそもエリカの言う事は絶対なので諦める。


 噴き出す黒い霧が俺のいる儀式場の部屋の床を覆い尽くし、泥のような質感になっているがスルーだ。偶に人の顔が浮かび上がっていても知った事ではない。


 ちなみに、台座から抜くという選択肢はない。せっかく完成させたのだから勿体ないとも思うし、何より濃厚な黒い泥エリカニウムを生成し続けてくれてるのだ。床に寝そべり全身で堪能する所存である。




〔だから、やめなさいって言ってるでしょ!〕



「え?」




 腹下まで溜まった黒い泥で泳ぎ始めた俺へ掛けられたのは、またしてもエリカの静止の声だった。『だから』とは?




「抱き締めるのを止めろって話じゃないのか?」



〔剣を抜けって言ってんのよ! 誰も抱き締めるがどうのなんて話してないでしょ!〕




 そう言われて思い出すと、確かに俺もエリカも言ってない。タイミングがよすぎて勘違いしていたようだ。


 それにしても、エリカの意思を間違えるとは何たる事だ。最強を『証明』すると誓ったにも関わらず、なんと情け無い。




「くっ、俺としたことが……」



〔なんでもいいから、早くしなさい!〕




 でも、こんな俺と会話してくれて嬉しいよ。


 そう続けたかったが、エリカの焦り具合を考えるに無理そうだ。なら、お礼やら謝罪やら今朝の不調理由を聞くやらは後回しにしよう。


 今の俺に出来るのは胸と腹いっぱいに黒い泥を入れつつ、【阿鼻決別】の元へ向かうことだけだ。




「アイテムボックスにも入れとこっと」



〔早くしろ!〕

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