第11話

◆河辺 side









「さっさと行け」



「は、はい!」




 助けてくれた男は不機嫌に言うと、私に仮眠室へ行くように促す。


 仮眠室の場所は私が教えたのだ。「寝床を教えろ」という彼に、力を持つ事に対しての恐怖心と命の恩がある私は隠す事が出来ず話してしまったのだ。


 私も子供ではない。これがどういう意味を持つかくらい分かっている。今の私に出来るのは、彼に従い今後も守ってもらえるよう交渉するくらいだろうか。


 初対面の私ですら、一目で機嫌が悪いと分かる今そんな話をしたら怒らせるだけになるので後にするが。




「それと、シャワーも浴びておけ。今のお前は汚すぎる」



「……はい」




 仕方ない、これは仕方ないことだ。だから我慢しろ、私!


 何せ私のパンツは色々あってドロドロのグチョグチョになっている、もちろん密着してる私の体ごと。


 それもこれも、あのバカ女が全て悪い。漏らしたことはあまり関係ない気がしないでもないが、知ったことか。今日の私の不幸は全てバカ女が悪いのだ。




「俺は薬局に行く。モンスターに食われたくなければ、そこにいろ」




 その言葉で忘れかけていたバケモノもう一つの恐怖心を思い出す。


 そうだ、ここは間違いなく人生で一番の正念場。気を抜けば死あるのみ。命を助けて貰った対価と考えれば体を要求されることくらい何でもない。


 それに先程の言葉には朗報も混じっていた。それは彼が薬局へ行くということ。この状況で行くとしたら目当ての商品は、ほぼ間違いなくゴムかピルだ。


 そして、そんなものを求めると言うことは私が妊娠しないように気を遣っているという事だ。


 こんな状況だ、妊婦が足手纏いになるのは簡単に思いつくだろうが、ここで捨てるなら避妊具そんなものは求めないだろう。ならば私を連れ歩くつもりだと思われる。それも長期間だ。


 これは勝てる。


 性格は乱暴だし、なんならこれから乱暴・・されるが、化物(彼に合わせるならモンスターだろうか?)に食べられるくらいなら、そっちの方が遥かにマシだ。


 もしかしたら、彼の中では平和な場所に着いたら私に子供を産ませて立派に育てるところまで想像しているかも知れない。ならば、これは玉の輿のような状況ではなかろうか。


 彼の力さえあれば食うに困る事はないだろうし、どこかにあるであろう人間のコミュニティに所属すれば何処の組織も手放さないだろう。


 そして、当然の摂理として繋ぎ止めるには対価が必要だ。働きに見合う対価が。


 ひょっとしたら、彼自身がコミュニティを立ち上げて王様になる可能性すらある。そうなれば私は王妃、超強い王様の後ろ盾で自由に生きられる権力者だ。昨日までの自分より間違いなく素晴らしい人生が待っている事だろう。


 多分もう死んでるお母さん、美人に産んでくれてありがとう! 私は彼と幸せになります!




「エ、エリカ!? 裏切りなんてしないぞ? だから嫌わないでくれ!」




 ……幸せになって見せます。


 「エリカって誰?」とか、「さっそく浮気なの?」とか、そもそも「私には声も姿も見えないけど誰かいるの?」とか言いたいことは山程ある。色々と怖いから言わないけど。


 それに、いくら私でもそこまで贅沢は言わない。彼がイマジナリーフレンド(イマジナリーガール・・・フレンド?)を大切にする人でもリアルの人間では私が一番だ。それで満足しよう。




「大丈夫。私は幸せなれる」




 その後、シャワーを浴びてる最中に彼が現れて「これで中を洗っておけ」とホースを渡された時は幸せになれるか不安になったが。


 いくらなんでも洗うのにホースはないだろホースは。


 勝手に自分で洗うわ!
















「……の処理よし、シャワーよし」




 この手の知識に欠けている私は念入りに確認と想定しうる未来の自分が犯す失敗を確かめていた。


 元々、私も周囲にいた友人も耳年増の恋愛オンチであり、この手の知識は二次元で仕入れたものしかない。(それもBL知識がほとんどなので役に立たない)


 それなのに同僚のヒステリー馬鹿女には「ビッチ」だの「男に色目を使ってる」だの言われて散々だった。男がいたら、良くも悪くも緊張してろくに話せなくなると言うのに。


 でも、そんな私にも今日でサヨナラ。明日からは処女連中にマウント取りまくってやる! 




「おい、まだか?」



「ひゃい! 行きます!」




 か、噛んだ…… よりにもよって今…… 黒歴史確定です。


 しかし、ただでさえ待たせてイライラしている彼から、これ以上不興を買うわけにはいかない。嫌われて捨てられれば困るのは私だ。


 彼に私の代わりがいても私に彼の代わりがいるとは思えない。仮にいたとしても出会えるまで生きていられると思えないからだ。


 心の準備が出来てなかったせいか押し戸と引き戸を間違えるという、普段ならありえないミスをしながらも何とか彼の元にたどり着く。




「お、お待たせしました」




 いくら無知で優柔不断の私でも、ここまで来たら腹を括れる。


 さぁ、どんと来い。弾(意味深)の貯蔵は十分か!




「そうか、ならコレを飲め」




 そうして渡される1錠の白い錠剤。ああ、ホースのインパクトが強くて忘れてた。そう言えば、彼は避妊薬コレを取りに薬局まで行ってたっけ。


 他人から渡された薬なので強い抵抗感を覚えるが、コレを飲まねば先へ進めなそうなので我慢して飲むことにした。コレって期限とか副作用とか大丈夫だよね? そんなので死んだら私、死んでも死にきれないんだけど。


 ちなみに水は汲みに行こうとしたら、用意してあったみたいで渡してくれた。意外と優しいとほだされた私はチョロくない。




「飲みました」




 次は何だ? キスか? キスなのか? キスだと言ってくれ! 最初はキスが良いです!


 心の中で催促をする私を他所に、彼がゆったり取り出したのはロールされた有刺鉄線。


 えっ?


 そう思えど声は出ず、強烈な吐き気と目眩が体を支配する。いつの間にか倒れていたらしく、視界が横倒しになっていた。


 分からない、何も分からない。ねぇ、教えてよ。私に何があったの?


 冷たく見つめる彼に視線で訴えるも、彼は微動だにしない。


 事態が好転しないまま視界が白に染まる直前、モルヒネと書かれた紙袋が見えた気がきた。

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