第9話

◆??? ???side









「ここ、何処?」




 暗い、狭い、臭い。


 目覚めると、何故か私は公衆トイレ程の大きさの場所に閉じ込められていた。しかも異常に腐敗臭が強烈だった。最悪である。


 とても長居したくない場所なので、すぐに出ようと壁を叩いたり蹴ったりしたがビクともしない。仕方ないので脱出のヒントを求めて、起きる前の最後の記憶を思い起こす。


 たしか私は昨日の夜、泥酔しながらベッドにダイブした筈だ。その後は……


 駄目だ、それ以降の記憶がない。我が脳味噌ながら、なんてポンコツなのだろう。




「マジ最悪」




 取り敢えず状況を把握したいが暗くて何も見えない。何か明かりになる物はないかとポケットを漁ればスマホがあることに気付いたので画面を開いた。


 そこには、いつも通りの『コグモ』ホーム画面。どうやら、私のスマホに関する最後の記憶は全て残っていたらしい。




「ああ、リコリスぅ」




 ホーム画面を陣取る自分の推しキャラを眺め、だらしない顔を晒す私。異常事態により荒んでいた精神が安定していくのを感じる。


 はぁはぁ、リコリスたんマジ天使。




「あっ、運営からメッセきてる」




 珍しいこともあるなと、状況も忘れてメッセージを開くと私の中に何かが流れ込むのを感じた。




 『おめでとうございます。


 全プレイヤー中でリコリスの親愛度が最も高い貴方へ彼女の能力を進呈します。能力はステータスで確認出来るので、ご自身でご確認下さい。


 所持アイテムやキャラクター等は一部を除きリセットされますので、ご了承下さい』






「どういうこと?」




 メッセージを読み終えると、スマホは空中に溶けるように消える。本当に意味が分からない、脱出の謎を解くためのヒントを探していた筈なのに、謎が増えてしまった。これは、新手のゲームイベントだろうか?


 また混乱してきたので、取り敢えず脳内でリコリスを思い描く。スマホが無くなったので苦渋の決断だが、やらないよりは遥かにマシだからだ。


 そうして落ち着いていく思考の中、余裕が出来た彼女は常日頃から思っていた不満をポロッと零す。




「リコリスたんの専用装備が、あんな気持ち悪い杖じゃなければ、もっと最高だったんだけどな~」




 まぁ、そんな欠点は無視できるくらい天使なのだが。ストーリーはホント泣けました。さて、落ち着いてきたし脱出のことを考えますか。


 それにしても、さっきの感覚は何だったんだろ。




〔姉上を侮辱したな?〕




 声が聞こえた。自分のものではない、誰かの声が。この機を逃す訳にはいかないと、声を張り上げ助けを求める。



「誰かそこにいるんですか!? 助けて下さい、はここです!」




 どうか、気付いてくれますように。そう願いながら叫んだ言葉に違和感を感じた。


 えっ? さっき、なんて言ったの?


 私はわらわじゃなく私、あれ、妾だっけ? いやでも私はワラワダカラワタシデワタタタタタタタタタタタタタタタタタタタタタタタタタタタタタタタタタタタタタタタタタタタタタタタタタタタタタタタタタタタタタタタタタタタタタタタタタタタタタタタタタタタタタタタタタタタタタタタタタタタタタタタタタタタタタタタタタタタタタタタタタタタタタタ────




「ふむ、終ったか」




 そう呟くと、腕を一振りする。それだけで彼女を閉じ込めていたモノは砕け散った。


 その後、上体を起こした彼女は日本人離れ・・・・・した紫の髪と瞳を持つ、美しい少女だ。


 視界の端に自分を閉じ込めていた大きな棺が映っても、彼女は一切の興味を示さない。まるで知っていたかのように。




「あやつめ、何が救済か! 期待の『いと』が何もせぬ内にコレとは、詐欺もいいところじゃ!」




 怒りに任せて他の棺桶も破壊していく。


 彼女が、リコリス・・・・が怒っている理由は簡単だ。自称上位存在の『神』とやらに、この世で一番自分を愛してると太鼓判を押された相手が、彼女の最も大切な存在を侮辱しおとしめたからである。


 暴れた事で少しは落ち着いたのか、リコリスは僅かに冷静さを取り戻した。


 しかし、このままでは怒りが再燃する事は確実。なので、少し考え方を変えることにした。




「赤の他人にわらわの力を使わせた挙げ句、悲願の成就を託すというのが、そもそも無理があったのじゃ。ならば自由に動ける今の方が都合は良いかもしれんのぅ」




 そうだ、そう思うことにしよう。それにわらわの隣は姉上だけのモノ。そこに、あのようなアホ娘を座らせるなどゾッとする話だと。




「やはりわらわを愛してくれているのは姉上だけじゃな」


 


 虚空より取り出した杖の先を優しく撫でる。その杖は一部を除いて特徴のない木製の簡素な杖だった。


 リコリスは思いを馳せる。かつて姉と二人で静かに暮らしていた、最も幸せだった過去へと。




「ふぅ」




 思い出に浸った彼女は決意を固めた。今までよりも、さらに強固なモノへと。




「妾は悲願の為ならば何でもしよう。そして悲願の障害となるならば、全てを排除してみせよう」




 妾の命と、この杖に賭けて。


 リコリスに優しく抱かれた杖には、生首が飾られていた。

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