オーガ令嬢は力がお好き

Mikura

第1話 オーガに育てられた公爵令嬢



 その日、ドロマリア王国に衝撃が走った。なんと十年前に行方不明となった公爵家の令嬢が、生きていたことが分かったからである。



「グレゴリオ殿下! ジリアーズ公爵家のロメリィ嬢が見つかったそうです……!」


「なんだって……!?」



 その報告を受けた第三王子のグレゴリオはとっさに椅子から立ち上がる程に驚いた。それは今年一番の吉報であっただろう。

 ドロマリアの貴族家の中でもジリアーズ公爵家は特別な家だ。二百年前の王族がドラゴンと結ばれたことで出来た家、つまり竜の血を引く特別な家系であるため大事に扱われてきた。王家に次いで尊い家である。


(竜の血族、ジリアーズ最後の生き残りだ。生きていて本当に良かった)


 竜は強い魔力を宿す生物。その子孫たるジリアーズの血の者もまた強大な魔力を持つ。しかし彼らは何故か、子供を一人しか作れなかった。その血が絶えぬように王国は努めてきたがそれでも不慮の事故で失われてしまえばどうしようもない。竜の血が絶えてしまった――十年の間、そう思われてきた。それが、この日覆ったのである。

 これは大きな事件だ。今頃はグレゴリオだけではなく、城中にこの報告が行き渡っていることだろう。



「国中の小さな集落に至るまで全て探したはずなのに一体今までどこにいらしたのか……余程酷い生活をしていたに違いない。可哀そうに、憔悴しきっていただろうな。すでに保護したのか?」


「殿下、それが……ロメリィ嬢はその、どうやら……オーガに育てられていたようで」


「……何?」


「オーガの隠れ里を発見し、討伐に赴いたところ……先頭に立って騎士団を撃退したとの……ことで……」



 それは恐らく今年一番の凶報に違いない。行方不明だった令嬢は、なんとオーガに育てられていた。王族の血族の証である金の髪と竜の血族の証である竜眼を持っている人間などこの世に一人しかいないため、見間違い様がない。

 そんな女性が大剣を振り回しながら騎士達を薙ぎ払った。彼女を見た騎士も、その女性がジリアーズの令嬢であることを一目で理解し、討伐任務は即時に保護任務へと変わったが、そもそも初めに剣を向けた相手の話など聞いてくれる訳もない。彼らはすごすごと引き返すしかなかった――という内容にグレゴリオは顔を覆った。今頃父親である国王も頭を抱えているに違いない。



「ロメリィ嬢はオーガとして暮らし、オーガと同じ価値観で生きている様で……保護を申し出ても必要ないと切り捨てられるありさまで」



 オーガとは強靭な肉体を持つ魔物だ。魔物の中では高い知性を有し、人間を襲うことは滅多にない。しかし力が強いため人間の住む土地の近くに居れば、脅威とならぬよう排除することが望ましいとされている。

 此度のオーガたちは険しい山奥に集落を作り、引きこもって暮らしていたために今まで発見されることがなかった。山に入り込んで迷った旅人が狩りを行っているオーガを見つけたことで、その山に集落があることが知られ、捜索に至ったのである。

 発見した集落を襲ったドロマリアの騎士に対し、ロメリィは怒り、竜眼を赤く染めて咆哮したという。その声と威圧感に先頭に立っていた数名は気を失う程であった。彼女からすれば家や家族を理不尽に奪われそうになったのだからその怒りは当然であろう。



「……交渉は……交渉はできそうなのか?」


「会話は可能です。オーガには知性がありますし……ロメリィ嬢も、価値観はオーガ側とはいえ、人間ですから……」


「まだ望みはあるかもしれないな……よし、私が交渉に行くと父上に進言してみる。取次ぎを」


「はっ、了解いたしました」



 直ぐに許可が下り、グレゴリオは父であり国王であるオルトラスの前に立つ。普段なら王らしい威厳を纏う彼も今日ばかりは顔色を悪くして頭痛を堪えるような顔をしていた。



「……グレゴリオ。ジリアーズの令嬢の件で話があると聞いたが……」


「はい。ロメリィ嬢との交渉を私にお任せいただけないでしょうか、父上」


「……オーガの集落に向かうのは危険だ。お前は王子なのだぞ」


「しかしある程度の決定権を持った者が赴くべきでしょう。私が倒れたとしても、兄上達がおります。私の立場がこれほど役に立つこともないのではありませんか。……それに、本来なら私はジリアーズに入る予定だったのですから。適任でありましょう」



 ジリアーズ家とのつながりを求め、王家は血の縁を強めようと婚姻関係を結ぶことが多い。ジリアーズの子が他の人間を求めない限りは、王家の人間がジリアーズに入るのがしきたりだった。

 そして五年前までは同年であり第三王子であるグレゴリオがロメリィの婚約者と定められていたのだ。事故に遭ったジリアーズ家の中で唯一遺体の見つからなかったロメリィは長期にわたって捜索されていたが、五年の時を経てその生存は諦められた。

 だから今ではグレゴリオにも別の婚約者がいる。しかし王族の中では元婚約者である自分が最も責任のある立場だろう。



「では、お前に任せよう。……国家として出来ることなら許可をする。彼女の望みを最大限に叶え、どうにかこちらに戻ってきてもらいたい。ジリアーズの血を、魔物に渡す訳にはいかん」



 強大な魔力を持つドラゴンの血筋。それが魔物のものとなれば国にとって、いや人間にとって脅威となる。何としてでも彼女を人間の世界へと連れ戻す必要があった。

 そして、ロメリィを他の国に奪われる訳にもいかない。他国にドロマリアの庇護から離れた彼女の存在を知られる前になんとしても取り込みたい。それがドロマリアの安寧のためである。


 数日の準備ののち、グレゴリオはオーガの集落へと赴いた。深い山の中、護衛を引き連れてやってきたグレゴリオの前にオーガを引き連れた美しい女性が立ちはだかる。オーガたちは武器を構えているものの、こちらが剣を収めている状態であるせいか襲ってはこなかった。



「止まれ。それ以上進むなら、敵対行動とみなす」


「ええ、ではこれ以上は進みません。……私は貴女と話をしに参りました、グレゴリオと申します」


「……それは私を保護するとかなんとかいうアレか。いらん。保護されるいわれなどない」



 貴族の女性らしからぬ、物語の古い騎士のような言葉遣い。堂々と背筋を伸ばして立つ姿は婦人というよりも武人である。しかし細く柔らかそうにたゆたう金の髪も、竜眼特有の縦長い瞳孔を持つ桃色の瞳の輝きも、まるで日に焼けることを知らぬかのように白い肌も、全て美しい貴人のものだ。

 それが粗末な服と革の防具を着て惜しげもなく腕や足を晒しているものだから、思わず目を逸らしたくなる。彼女は大刀を振り回して騎士を薙ぎ払ったというが外見は長身で線の細い美しい女性でしかない。ただ、その見た目からは想像できない程の威圧感を放っていた。



「保護を、などとは申しません。交渉に参りました」


「……交渉?」


「ええ。私達は貴女の我が国への帰還を熱望しております。その代わり、貴女の願いをできうる限り叶えることをお約束しましょう。王族の名にかけて」


「……オウ族、とやらにはそのような力があるのか?」


「ええ。国の方針を決める、それだけの権力を王族は持っています」



 グレゴリオの言葉を吟味するかのようにロメリィは瞳を閉じる。そして、数秒の沈黙ののちに頷いた。



「分かった、話を聞こう。まずは村へと案内するが誰かが武器を取ったら敵とみなす。……外には私の知らぬ力があるようだからな、興味が湧いた」


「……興味を持っていただけて幸いです」



 笑ってはいるがグレゴリオは服が張り付くのを感じるほど、冷や汗を流していた。コートを羽織っていなければ情けない姿を見られたことだろう。

 まるでロメリィに従うような素振りを見せ引き上げていくオーガ達に驚きと疑心を抱きながら、王国の一行は彼らの後をついていく。



「ロメリィ嬢、オーガ達は貴女に従っているように見えますが……」


「強い者に従うのは当然だからな。……君はこの中で最も弱いのに、何故か他の者が従っているように見える。そちらの方が私には不思議でならん。それがケンリョクという力か」



 オーガに育てられ、オーガの価値観と常識を持った彼女はそう言いながらグレゴリオを見下ろした。その瞳に捉えられると背筋が冷たくなるような緊張感が走る。



「私は力のあるもの、つまり強者が好きだ。君の話が楽しみだな、グレゴリオ」



 まるで蛇に睨まれたカエルように怯えながら、グレゴリオはこぶしを握った。その後の交渉の結果――ロメリィは、ドロマリア国の王都へ帰還することになる。その名目は「私より力のある婿探し」であった。


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