溺愛なんて、されてみなさい。コトハ。
明鏡止水
第1話
「書けないよーう!」
わたし、10歳。名前は、コトハです。
悲しくて寂しくてしょうがない。わたしはいま。
異世界へきています。
「僕がいるのに書けないなんて、おかしいことだ」
短い黒髪の、艶やかな唇を持つ、すこし怖い目をした少女より年上の少年が、机に向かって物語を紡ぐのに苦心している少女をうしろからだきしめる。
「やめてくださいぃ……」
「いやだ。いやがってないからな」
この性格で、一人称は「僕」なのだ。
ちなみに少女はまだ10歳。僕という字が書けないが、彼(彼という字もまだ書けないが)にもう、この世界に来てから翻弄されまくりで困っている。
「スキンシップがかげきなんです!ちかいんです!かっこいいひとはきれいな女の子のところへ行って、美男美女カップルになってください!」
「口をふさぐぞ。僕がどうやってお前の口を塞ぐか、弟に見られる前に、さあ、いますぐ次の言葉を、言」
「にいさん!そんな乱暴な運びじゃダメだよ!好きな子には、やさしく口と口で言葉をおしとどめて、目をお互いにつぶるんだっ」
ちんにゅうしゃ。
途中から部屋のドアを開けて慌てて入室してくる銀髪の、黒髪の少年よりやや幼なげな少年。ドアのベルがカランカランとおまえたち、まだ若いのに、このベルの高音くらいに、と告げてくる。
コトハは10歳。黒髪の美貌の少年は15歳。銀髪の、優しい顔立ちに愛嬌を覗かせたその弟は12歳。
どうしてこんなことに。それよりそれより。
「書けない!書けないよう!いくら漢字や英語なんかをインストールしてもらっても、理解できないの!むずかしいの!使える漢字とふくすうのかいしゃくの文法なんかも、わたし、10歳だもの!」
コトハのあたまのなかはぐちゃぐちゃだった。
泣き出したいのに涙は枯れて、この世界にはティッシュが無いからタオルで鼻水なんかもきたなくおもわれちゃうかも、なんて女の子らしく思いながら。
かわいそうに悩んでいた。
「ぼくとの恋がどうして書けないっ」
腕組みをしながら黒髪の少年、クロハが怒る。烏の濡れ羽色のように黒い髪に、ちょっと女の子のように色っぽい唇のせいで、西洋人形がこの世の創作の美に対して怒り、魂を得たような少年だが。
いまは余裕がなく、一人称も子供っぽくコトハには五感で感じられる。
助け舟を出すのはもちろん。光に煌めく、優しさの銀髪を周りへ溶かして、仕事帰りの土に汚れた手と、さっきからこころにいつもきみをつかんで、どうしたらいいかわからないよ?というように帽子をくしゃっと胸にやわらかく押しつけた、弟のギンカ。銀の果実のように輝いて、祝祭の飾りのように人々の目を和ませる。そんな容姿の中、ひとつ目立つのはその光に溶ける銀髪が、兄の整った髪と対照的にざっくばらんなところだ。ちなみに彼の髪は室内にいても、外を歩くだけで朝陽も、夕方よりも前の紫がかった桃色も混じるような不穏な色も。夜空に散らばる星のまばらさも。すべて髪に映してしまう。そしてその髪には悲しい秘密もある。
そんなふたりの兄弟と。
まだ10歳の。苗字は異世界へ転移した時に剥奪されてしまったコトハ。
「だって、はずかしくて書けないもの。身近な人との、夢小説だなんて」
「夢小説?」ふたりの兄弟が顔を見合わせて訝しむ。言葉の意味がわからないが。
「現実にすればいい。僕がきみにこうして、」
弟が止めるのも聞かない。
兄はコトハに迫る。
椅子を自分側に向かわせ、悲しむコトハをクロハはやや強く抱きしめて髪を撫で、右側頭部に顔をこすり、次は左、そして
「こうしてなだめて、あまやかして、いつくしんて、いつしか結ばれるその日までを文章に……」
「兄さん!それなら俺だってコトハをなぐさめて愛したいよ!」
兄をおしのける勇気もなく。
しかし間に入り阻止したいからふたりの、兄とコトハの顔を離すようにぎゅうっと、両手をはさみいれる。
「年上のおにいさんたちが!できあいしてくる!」
コトハはこの事象の理由を知っているし、力も敵わないし、ひどいことはされないし。とにかく。
コトハのかわいそうな異世界への転送のお話から。
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