ザ・ワースト・オブ・カクヨム -ビヨンド-

ししおういちか

KAKUYOMU SAITEI

 白く、冷たい光に照らされること数時間が経過していた。


 最も、あの無機質なステンレスの檻に揺らされていた時間を考えれば、解放されたこの場所の方が随分マシに思える。


 それを裏付けるように、行き交う人々はその数を増し、その表情もまた豊かであった。


 その一角。


 視線が向けられる中、わだかまるのは不安と恐怖であった。上下左右に並ぶ新鮮な顔ぶれは自分と違い、非常に有機的であるが故に生々しさも濃い。その者達は気楽に構えていることだろう。


 

 何せ——命が潰えるまで、ほんの一瞬なのだから。


 

 気楽というよりかは、一瞬の苦痛を我慢すればいいという一種の諦観だろうか。しかし、自分はそうはいかない。


 ぎょろ、と視線が見下ろしてくる。


 恐れが全身を駆け巡る。しかし、上回る何かがある。目を逸らしても消えない現実。


 

 ——身を焦がすのだ。どうしようもない興奮が。


 

 白い髪、日々の不摂生を物語る肥満体が目の前で静止する。想像が加速し、総毛立つ。


 ひどく欲求不満そうだ。この者が自分を手に取ったらどうなってしまうのだろう? 隅々まで剥かれ、咀嚼されてしまうのだろうか。


 あるいは、そんな時間さえも惜しいとばかりに全身を食み……


 そんな想像をしている自分はなんて背徳的なのだろう。その認識が、さらなる羞恥へと誘っていく。身を守る透明の殻がもどかしい。


 悶え過ぎて耳に入らなくなっているが、自分と同じ顔は複数並んでおり、定期的に補充されていく。標準と言える水色の他、赤や黄色のものもあった。当然考えていることまでは理解できない。


 もしかしたら、自分の思考だけが異常なのだろうか? あのステンレスの牢獄の主は、それをわかってここまで運んできたのか。


 考えても答えのない疑問の中、唐突に横合いから手が伸びてくる。


 下から涎が出るかと思った。


 しかし期待とは裏腹に、想像より奥に伸びていった大きな手は、自分の遥か後方にいた者を掴み、緑の乗り物へと移送される。


 その時の感情を一体どう形容すべきだろう。陵辱の時間が延期されたことに安堵すればいいのか。或いは、まだ味わえぬ快感に到達するであろう、同胞への嫉妬か。


 しかし悶々としている間に、遥か遠方の空は黒く染まってゆく。同時に、伸びてくる手の数も減っていった。


 今日も初めてはお預け。


 少しずつ裂いて食べることでお馴染み、発酵食品の妄想は、数時間後再び幕を開けるに違いない。


  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

ザ・ワースト・オブ・カクヨム -ビヨンド- ししおういちか @shishioichica

★で称える

この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。

カクヨムを、もっと楽しもう

この小説のおすすめレビューを見る

この小説のタグ