第2話 幽霊ストーカー


「ごきげんよう!」


 大学までが同じ敷地にある私立の女子中学校。

 ここは小魚が群れ集う場所だ。イワシやアジではなく、カラフルな熱帯魚の群れがたくさんいる中に、ほんの少しだけ群れない魚もいる。


 入学式からそろそろ一か月がたつというのに、深月みつきはまだひとりのままだ。ひとりは気楽でいい。女子たちの会話に合わせるのは疲れるし面倒だ。


 深月の席は窓際の一番後ろ。誰にも気を使わなくて済むし、いつでも窓の外を見られるからとても居心地が良い。

 五月の爽やかな風にゆれる校庭の新緑をぼんやりと眺めていると、校門の前に見覚えのある青年がうろうろしているのが見えた。


(あいつ、昨日の幽霊! あたしの後をつけて来た?)


 昨日の夜、「記憶を取り戻すのを手伝って欲しい」と言った彼の泣きそうな顔を思い出す。本当は辛いのに無理して笑ってる、へにゃりと歪んだ顔。深月よりもずっと年上の男子なのに、あの時だけはすごく頼りなく見えた。


(可哀想だけど、幽霊が見えても関わり合っちゃいけないって、おばあちゃんに言われたから)


 深月は心を鬼にして、外を見るのをやめた。


○○


『よっ、いま帰り?』


 校門を出たところで、昨日の幽霊が声をかけてきた。

 深月は幽霊を無視して、魚の群れの間を縫うように歩き続ける。


『なぁなぁ、おまえもしかしてボッチなの?』


 どうやって立ち直ったのか、彼は昨日の明るくてお節介な青年に戻っていた。

 もしかして、あの泣きそうな顔は演技だったのだろうか。


『やっぱ友達いないんだ。おまえ、なんか取っつきにくいもんな』


 余計なお世話だ。

 深月は完全無視のまま、家まで帰った。


『おまえんち、広いんだな。何ここ、和風のお屋敷? おまえお嬢なの?』


 深月の家までついて来た幽霊は、楽しそうに玄関先でキョロキョロしている。

 家の中はともかく、手入れをしていない庭はかなり荒れて、すさんだ感じに見えているはずなのに。


「迷惑なんだけど。帰ってくれない?」

『いやだね。俺は、おまえが協力してくれるまで、つきまとうって決めたんだ。あいにく幽霊にはストーカー規制法も効かないからね』


 腕組みをして開き直る幽霊に、深月は大きなため息をついた。


「どうしてそんなに立ち直りが早いの? 昨日はあんなに凹んでたじゃない」

『べつに……立ち直ってなんかいねぇよ。でもさ、悩んでたって解決しないだろ? 俺の頼みの綱はおまえだけだから、とにかく頼むしかないじゃん。だろ?』

「ふうん。単純なんだね」

『明るいって言えよ。で、手伝ってくれるのか?』


 幽霊男は、無邪気に笑いながら答えを要求してくる。


「仮に手伝ったとしても、あたしには何も出来ないよ。あなたが探すしかないんだもん。見覚えのある場所とか、知ってる人を見つけなくちゃ、どうしようもないんだからね」

『まぁ、そりゃそうだよな。俺が見つけるしかない。たださ、ひとりだと気が滅入るんだ。おまえが一緒に探してくれると、自分がまだここにいるって思えるんだよ』


 そう言った幽霊は、少しだけ、昨日と同じ泣きそうな顔をしていた。


「やっぱ……消えちゃいそうになるの?」

『ああ、なるよ』


 遠くを見るような目で、ポツリとつぶやく。


『昨日あれからさ、ずっとコンビニの前にいたんだ。もちろん、俺がいることに誰も気づかない。こいつらにとって俺は空気みたいなもんだって思ったら、すごくショックだった』

「なんか、わかるかも」

『だよな! おまえボッチだもんな!』


 まるで自分の弱気を吹き飛ばすように、幽霊は笑う。


『昨日、おまえを最初に見たときは、すっげー髪の長い子だなって思ったんだ。でも、何かすごく淋しそうな顔してたから、もしかして家出でもしてるんじゃないかって思ったんだ。だから声をかけたんだ』

「あたしって、そんな風に見えるんだ」

『まあな。俺、記憶はないけど、もしかしたら妹がいるんじゃないかな? おまえ見てると、なんか心配になるんだよ』


 幽霊はもうニコニコ笑っている。

 ころころ変わる表情を見ているうちに、本当に、この人には妹がいるような気がしてきた。

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