観測者、ウィプーラニア
東堂 天井
第一幕「嘘つきたちの演奏会」
第1話
「ヤツか」
「おそらく……。というより、まず間違いない。あれが〝歌姫〟だよ」
テーブルに並んだ料理を前にして、若い男女が顔を見合わせぬままに小声で会話する。
片方は茶色のハンチング帽を被り、ブラウンのコートを着た少年。背筋をピンと伸ばして、視線を別の席に向けていた。
もう片方は、肩にかかる程度の黒髪を持った少女。背は控えめで、隣に座る少年の肩にすら頭が届いていない。カーキのジャケットに白のパンツを着こなして、度の入っていない丸い眼鏡で視線を流す。夕食をそっちのけで目を向けているのは、やはり、離れた位置にある別の席だった。
少女が、先ほどから歌を歌っている。身振り手振りを添えて自身の感情を表現するたび、背中の後ろで結った髪――濃い青だが、明かりに照らされると緑がかっている――が
その隣で、男が小さな弦楽器を弾いていた。
被っている羽帽子の隙間から
食事処の外にまで響き渡る歌声と音色は、聴いた者の足を止めさせる。
何事かと屋内の様子を覗いた者には、少女が持つ、その幻想的な容姿も相まって、目に映る光景がこの世のものではないような錯覚をもたらし、釘付けにする。
見事なまでの調和。音を楽しんでいる。まさに、音楽――
と、呼べるものでは断じてなかった。
「でああぁぁぁたあああ~~~あなたとおぉおおおおわたしぃいぃぃ~~~~~もりいいぃのなかぁぁあ」
『ボロロン! ボロロン! グオロロロ! グオロロロ!』
不協和音。ひどいものだ。少女の歌声は音程が乱高下しているし、奏者の男が弾く楽器からはなぜか牛の鳴き声が響いている。
食事時だというのに店内は空席だらけで、外にまで聞こえている騒音に何事かと住人が時折様子を見に来ては、まずい儀式でも見たかのように数秒硬直して、音を立てぬように抜き足で去っていく。
すっからかんのがらんどうの中、それに耐えられる距離の席に着いている少年と少女は、やがて来るであろう演奏の終わりを待っていた。
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