ブレザーと詰襟と和三盆
西風理人
ブレザーと将軍 春
「数々の非礼、誠に申し訳ありませんでした」
彼女は机に頭を付けるくらい、深々とお辞儀をした。先ほどまでと違い、低く、落ち着いた声。
今年で六十一歳になった「将軍」は、一瞬目を丸くした。
経緯を説明する。
彼女は落ちこぼれの女子高生である。この時代、この国の高校には、文系、理系の科目のほかに、「戦闘学」をはじめとした「戦闘技術」がカリキュラムに含まれていた。進路としてメジャーなのは兵士である。一部の生徒は大学に進学し、兵士一類、俗称、エリートとして高卒中卒の兵士たちを率いて行く。残りは兵士を支える企業へ就職していく。そうでない者がどうなるのかは、生徒向けのメディアにはあまり書かれていない。
彼女は理系で、ひ弱で、戦闘技術を学んでもとんと身につかなかったが、好奇心と知識欲だけはあった。
彼女の高校の校長は、以前大学で参謀学の講義をしていたことがあるという話を、彼女は一年次の段階で耳にしていた。
(参謀学というものもあるのか)
学べるものは何でも学びたい、そのような理念で動き続けた彼女は、参謀学が学べる大学へ進むには成績が、特に戦闘系の成績が明らかに足りないことを実感した。
(かくなる上は、校長から直接参謀学を学ぶしかない)
四月ももうすぐ終わるこの日、彼女は戦闘学の授業後に先生を捕まえ、自らの机で話を始めた。
「校長先生から、一度でいいので参謀学の授業を聞きたいのです」
彼は眉間にしわを寄せた。明らかに渋っている。
「結構忙しい人だぞ? それに、参謀学なんか聞いて何になる……」
彼女はこの程度では引き下がらない。
「確かに、参謀学は兵士になるには役に立たない学問かもしれません。でも、ですが。私は学ぶものがある限り、学んでみたいのです」
「歳ばっかりとったじいさん先生だし。校長がなんだってんだ」
彼女は、彼の明らかな態度の変化に戸惑った。次の言葉が出ないでいると、彼に先手を取られた。
「だからあいつはさ、『将軍』はさ。年食って役に立たないでくのぼうってわけよ!」
「将軍さん」
「さんを付けるな!」
「しょ、将軍ちゃんさん!」
「ぐぬぬ、まあ、許そう」
彼はふと視線を感じ、教室のドアのほうを見て、ぎょっと目を丸くした。件の校長、将軍と呼ばれた男が、同じように目を丸くして彼のほうを見ている。そっとドアが開き、閉められた。
「それで、そのでくのぼうさんから、話を聞かせていただきたいんですが」
「で、でくのぼうなんて言うんじゃない」
「先生がおっしゃったのではないですか」
「ああっ」
そろそろと足音が聞こえた。彼女は気配に気が付き、そちらのほうを見た。高校の中ではまず見ない年齢の、白髪の男が、こちらへやって来る。将軍という文字が持つ強いイメージからは、かなり遠い。
「先生。ちょっと」
少し困ったような顔をしているが、やさしそうな人であることは揺るぎない、そんな雰囲気をまとっている。
今彼女の前で話していた戦闘学の先生がしゅんとうなだれて、将軍に静かな声で諭されているのを見て、彼女はようやく自分たちが何をしていたのかに気が付いた。
将軍が困った顔を緩めて、彼女の前にそっと立った。
「数々の非礼、誠に申し訳ありませんでした」
そして、冒頭の場面へと戻る。
将軍はすぐに、やさしく声をかけた。
「あなたの真面目な性格は、常より耳に入っています。今回のことも、彼の責任だと伺いました。どうか、顔を上げてください」
彼女は半泣きになった顔を上げて、ようやく椅子から立ち上がった。
「夕方の六時以降は時間が空いています。あなたの都合が合う日には、いつでも話を聞きにいらしてください」
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