第16話 マリー ルーの三女 ③


 開けっ放しになっていた窓から入ると、意外にもその一室にゴミは少なかった。


 広い洋室の隅に大きなベッドがあり、男性が横になっている。


 枕もとの壁には一枚の油絵が掛けられていて、美しい日本庭園が描かれていた。


 彼は妙にその絵を美しく感じた。


「きれいな絵だ」


 彼がつぶやくと


「その絵は坊ちゃんのお父様が描いたものよ。この庭園を……」


 ベッドの傍らでマリコは答え、エミの作ったたまごサンドのタッパーを開けると、横になる男性の顔に近づけた。


「坊ちゃん、たまごサンドをお持ちしました」


 マリコはそっと、男性の顔に触れる。三人はベッドのそばで、坊ちゃん、坊ちゃんと呼びかけながら、さめざめと泣きだした。


 そこで、彼はやっと気がついた。


 まるで眠っているようだが、坊ちゃんと呼ばれているこの男性は亡くなっているのだと。


 男性は微動だにせず、息をしていない。


「きゅ、救急車を……警察を呼んできます」


 慌てた彼は屋敷を飛び出し、走って自宅へ戻ると警察へ通報した。


 それから、屋敷の前で警察官が来るのを待ち、共に中へ入ると、そこに三人の女性の姿はなかった。


 男性の顔のすぐそばには、タッパーの開けられたままの、たまごサンドが残されていた。


 なんとなく、男性の枕もとの壁から視線を感じる。彼の目は自然とそちらへ向いた。


 「あっ……」


 思わず彼は声を上げた。


 壁に掛けられた美しい夏の日本庭園の絵画の中に、マリコ、マリナ、マリモによく似た、和服姿の女性たち三人が描かれていた。


 最初に見たときには庭園の風景だけで、人物は一人も描かれていなかったはずなのに。


 彼は警察官に一連のことを説明し、彼女のエミも三人の女性に会ったこと、たまごサンドを作ったことも話した。


 しかし、ついに三人の女性たちを見つけることはできず、彼はただ遺体の発見者ということで落ち着いたのだった。


 あとになって聞いた話によると、この屋敷で亡くなっていた男性は確かに画家であって、一人暮らしであり、そして持病があったということだ。


 数か月前に、近所の病院へ来たことがあったが、最近は姿を見せなかったという。


 それから、彼自身は有名とはいえないが、彼の父はヨーロッパで洋画を学び、日本における油絵の先駆的な書き手であって、名の知れた画家であったそうだ。


 しばらくして、地域の大きくはない図書館の一室で、その親子の絵画の展覧会はひっそりと開かれた。


 彼は行く気になれなかったが、好奇心の強いエミは友人と共に見に行ったらしく、チラシを持って帰ってきた。


 そこには男性の父親の作として「マリー ルーの三女」と絵画の名だけが記されていた。




「不思議な話でしょう?」


 そう言って、喪服姿の男性は残りのコーヒーを飲み干した。


 ええ、不思議ですね……とすっかり話に聞き入っていたYさんは、相槌を打つ。


「あのたまごサンドを作った彼女のエミと、その後、私は結婚しましてね。それでね、今日は彼女の一周忌だったの」


 男性は寂しげにほほ笑んで


「聞いてくれて、ありがとう。よかったら、これも食べて」


 とチーズバーガーをYさんのトレーに置くと、行ってしまった。


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