第2話

 ――ナデシコの髪が風に薫り、初春の日差しに輝く森の上空。仲良く並んだ小さい影が、梢をかすめて飛んでゆく。


「もうすぐ『妖精の里』が見えてきますよ、マスター」


 鉢金形のインカムを通して俺のスマホに、ビキニの可愛らしい声が届いた。

 俺と彼女のスマホは今、お友達関係で結ばれている。やっほう。

 ひとつ残念な事に彼女の待ち受けは、床屋のオヤジがド派手にして『野〇村真』風の、おっさん写メになってしまったが、ビキニが喜んでいるので良しとしよう。



 いっけん『見守りゲーム』という本質からは、かなり外れているチート装備に思える。

 だが、ゲームバランスを考えてか、ふつうのSNSとはチョット違った制約が有った。

 テレビ通話が無理。動画を送ることも不可能。

 しかも、残る通信手段の通話やメール、静止画の送信は、ゲーム稼働中でなければ認めてもらえない。

 つまりビキニが夜、宿の部屋へ戻ってゲームが終了された後には、メールや電話でアレやコレやドキドキわくわくする、おやすみ前のやり取りの数々が出来ないのだ。


 俺が夢にまで見た、恋人ごっこが!


 そして俺が、どんな指示を与えたところで結局、最終的な決断は当事者であるビキニが下す事になる。

 ゲームの基本ルールは、ちゃんと守られるように出来ていた。


 それでも冒険中に、いちいち質問体勢を作らず会話ができる意味は大きい。

 後にネットで『はじ・おせ』ホームページを開いて知ったが、このスマホ、かなり値段の張るだった。


 ありがとう! 何度でも言う。有難う、ミスター・エムケイ!



「――ルシアーさんは、お元気でしょうか?」

「くる?」


 里で手に入れた巻きスカートの恩寵で虹の翅を自由に伸ばし、嬉しそうに纏わりつく雛龍ソラの頭を撫でながら、森を飛び行く笑顔のビキニ。


「出張依頼のクエストって言ってたよね? いったい何事だろう」

「それは、聞いて無いですね。マスター」

「また、コウモリの退治かな?」

「るるる!」

 冬に雪虫を襲うコウモリの大群を退治した時、大活躍だったソラがくるくると、ビキニの目の前で褒めて欲しそうに舞い飛んだ。

「もし、そうだったら、また、お願いしますね? ソラ」

「る!」

 三人の楽しい会話が、芽吹きも未だ始まらない森の上空を、暖かく楽しく飛んで行く。


「見えました、マスター! 相変わらず可愛いお家が並んでますね、うふふっ」

「くるる!」


 ビキニとソラは、妖精の里の真ん中に有る、透き通った泉のほとりを目指した。




 童話に登場しそうな妖精の里の村長むらおさ『ルシアー』さんが、畔で見上げて迎えてくれた。


「よく来てくださいました、雛龍のテイマー殿!」

 てぽてぽてぽと、下り立つビキニに歩み寄る。


「今日は、あなた様と雛龍殿に是非お願いしたい、お使い事が有ります!」

「おつかい、ですか?」

「はい、ぜひ!」


 ルシアーさんが言うには毎年この時期は、里の主要作物である『蕎麦』を植え付ける畑の、枯草を焼く『山焼き』を行うのだとか。

 春に蕎麦を撒けば収穫後、今度は二期作で『秋蕎麦』を、同じ場所で育てられる。

 この里と、周辺の山の神様である『ヤ・マ猫』様のお社へ手土産を持参し、その日程を伝えてきて欲しいという。


「おふたりの活躍で『わはははバット』の被害が最小限に抑えられた今年は、豊作が見込まれます」

 ニコニコ顔のルシアーさんだ。

「その事を知ったヤ・マ猫様が、雛龍殿に一目会いたいと仰いまして、是非あなた方に、お使いに行っていただきたいのです!」


「山猫……様ですか……」

「ヤ・マ猫さま、です」

「す、少し、相談させてください」

「え? あ、はい」


 ビキニが、すすすすと後退ってルシアーさんと距離を取り、俺へ振り返って小声で質問してきた。

「ど、ど、どうしましょう……マスター」

「へ?」

「山猫って、大きな怖い獣なのでは?」

「あ~、ヤマネコ」

 おびえた表情のビキニが可愛い。

 そして何より、俺に相談してくれた事が嬉しかった。


 俺をに、してくれた事が。


「ヤマネコじゃなくて『ヤ・マ猫』って言ってると思うよ。それに、ルシアーさんがビキニに、危険な仕事なんて頼まないさ」

「そ、そうですよね!」

 少し安心した様子で、明るく見上げる。

「イザとなったらソラが助けてくれるだろうし、俺も君の周りの様子を注意して見て、何か有ったらすぐ教える様にする」

「はい! お願いします、マスター」

 そう言って、誰と話しているのだろう? と怪訝な顔つきのルシアーさんの元へ向かう。

「お引き受けします、ルシアーさん」

「おおっ! 有難うございます」


 お世話になったルシアーさんの依頼を断わらずに済み、ビキニに笑顔が戻った。



「――この里の名物『銀はと焼き』を持って行って下さい」

「銀鳩?」

「蕎麦の粉を焼いた、お菓子です。よかったら、おひとつどうぞ」

 ルシアーさんの奥様が、お皿に盛った小ぶりの焼き菓子をビキニへ勧めた。


(これは『人形焼き』かな。小麦粉じゃなく、そば粉のようだが……鳩の形は浅草っぽい)


「わぁ! 甘くて、とても美味しいです!」

 頂いたビキニは満面の笑みだ。

「そうでしょう? ヤ・マ猫さまの大好物ですよ!」


(――うん、山の神様はきっと、怖い生き物じゃないだろうな)


 俺は秘かに、確信をした。



〇〇〇〇〇〇〇〇〇〇〇〇〇〇〇〇〇〇〇〇



 早春の俳句。


『あとひとつ 菓子に揺り触る ねこやなぎ』 ビキニ。

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