水の音の中で───第13話

【表記ルール】————————————————————————

  〇 ………… 場面、()内は時間帯

  人物名「」 ………… 通常のセリフ

  人物名M「」 ………… モノローグ

  無表記、セリフ内() ………… ト書き

     ×   ×   × ………… 回想シーンの導入、終了

    *   *   * ………… 短い時間経過

———————————————————————————————



【13-1】———————————————————————————


◯川沿いの遊歩道(夕)



   葉月、欄干の上で腕を組むようにして立っている

   その隣に立つ久弥



久弥「好きじゃないからとか──」


久弥「何が足りないとか

 じゃないし──」


葉月「うん」


久弥「──……(視線を落とす)」



久弥M「むしろ逆だけど」



久弥「やっぱり 俺は──」


久弥M「──好きだよ

 好きだから」


   葉月の顔を見て

久弥「“そういう人”

 作る気になれない」


久弥M「…だから──」


久弥「恋愛とか──」


久弥「しようと思えなかった」


久弥M「その手を掴むのを躊躇ってしまう」


葉月「──……」



久弥「だから お前には──」


久弥「そういうんじゃなくて…

 もっと ちゃんと──」


久弥「ちゃんと受け止められる人と

 恋愛してほしい」


葉月「──……」

   久弥を見つめる



葉月「それはさ──」


久弥「…?」


葉月「仮に俺が

 “待ってる”って」


葉月「お前が

 そういう気持ちになれるまで──」

葉月「待ってるって言っても──」


久弥「──……」


葉月「それでも

 変わんない答えなんだよな」



久弥「──……」

   視線を落とし、一寸考えを巡らせる



   視線を上げ、葉月を見て

久弥「うん(静かに頷く)」


葉月「──……」



   次第に空は桃色〜紫の夕焼けに包まれる


久弥「だから

 そういう関係にはなれない」


久弥「葉月とは」


葉月「──……」



葉月「それが “返事”?」


久弥「うん」



葉月「──……」

   久弥から視線を外し、徐に正面に向き直る



   正面の川面を眺めたままで

葉月「そっか」


久弥「──……」

   葉月の横顔を見つめている



久弥「お前とは──」


葉月「…?(久弥の方に振り向く)」


久弥「ずっと今のままでいたい」

久弥「…今の──」


久弥「いい “友達”のままで」


葉月「──……」

   久弥の顔を見つめている



久弥「ダメ?」


葉月「……」



葉月「“ダメだ”って言ったら?」


久弥「──……」



久弥「…言ったら──」



久弥「なら しょうがない

 大人しく諦める」


葉月「っ…(笑って)」



葉月「(笑いながら)なんで

 そんな物分かりいいんだよ」

葉月「もうちょっと引き止めろって」


久弥「っ…(笑って)

 だって──」



久弥「…だって──」

   視線を落とし、独り言のようなトーンでつぶやく


葉月「──……(久弥を見つめる)」



葉月「“だって”?」


久弥「──……」

   葉月を見つめる



久弥「(軽く笑いながら、首を振って)何でもない」


葉月「っ…(軽く笑って)

 なんだよ」

   言って正面に向き直る


久弥「──……」

   葉月の横顔を見つめている



久弥M「だって──


 お前が嫌なことは したくない


 嫌な気持ちを

 押し殺してなんて欲しくない


 誰よりも

 お前にこそ──


 幸せでいて欲しいから」



  *    *    *



葉月「じゃあさ──」


久弥「ん?」


   久弥の方に向いて

葉月「明日からも友達な?」


久弥「──……」



久弥「うん(静かに頷く)」


葉月「今までと何も変わんない?」


久弥「うん」


久弥「変わんない

 明日からも──」


久弥「一緒に学食行って──」

久弥「ノートも貸してあげるし」


葉月「はは──」



葉月「(軽く笑いながら)うん

 助かるわ」

久弥「でしょ」



葉月「これまでと──」

   川面を眺めたまま、独り言のようなトーンで話す


葉月「何も変わんないよな

 明日からも──」

葉月「今のまま…」


葉月「全部 これまで通りだよな」


久弥「──……」

   葉月の横顔を見つめる



久弥「うん」



久弥M「勝手な本音を言えば──


 最後に一つだけ

 我儘を言いたかった


 お願いだから──


 新しく別な人を好きになっても

 言わないで

 教えてくれなくていい」


久弥M「きっと

 そんな話を聞いてしまったら


 “今のまま”じゃ いられなくなる


 “いい友達”として──


 隣になんて

 立っていられなくなるから」



   引きの画、欄干にもたれて並んで立っているふたり

   その背中が夕陽に照らされている



【13-2】———————————————————————————



   ×   ×   ×

   (回想)

   葉月の告白を退ける久弥


   久弥「だから

    そういう関係にはなれない」

   久弥「葉月とは」


   ×   ×   ×



◯屋外、大通り沿いの道(昼)



   葉月、ひとり自販機の前に立っている


葉月「──……」

   久弥にあげたものと同じパック飲料のボタンの上で、思わず指が止まる



葉月M「なんで──」


葉月「…?」

   頭上に落ちてきた滴に気付いて、空を仰ぐ


葉月「雨…?」



葉月M「たった数ヶ月」



葉月「やば──」

   言いながら、自販機のボタンを押して


葉月「…傘なんて持ってないって」

   パック飲料を手に取り、小走りで駆け出す



葉月M「長い人生から考えれば──」



   小雨の中駆けていく葉月の姿と、回想シーンを交互に


   ×   ×   ×

   (回想)

   島に向かう船上

   久弥と葉月、ふたり並んで海を眺めている背中

   ×   ×   ×


葉月M「ただ ほんの一瞬を

 過ごしたに過ぎないのに──」


   ×   ×   ×

   (回想)

   ふたりで行ったカラオケにて、葉月の歌を聴いている久弥

   ×   ×   ×


葉月M「なのに そこかしこに

 あいつの “影”を見つけてしまうのは」


   ×   ×   ×

   (回想)

   学食で久弥に課題を教えてもらう葉月

   ×   ×   ×

   (回想)

   キャンパス内のベンチにて、“葉月”という名前が似合っていると言う久弥

   ×   ×   ×


葉月M「自分でも気付かないほどに──」


   ×   ×   ×

   (回想)

   島の旅館にて

   葉月の膝の上に寝転がり、葉月を見上げる久弥の姿

   ×   ×   ×



葉月M「深くまで潜ってしまったから?」

   (回想終了)



◯ 店の軒先



   かつて久弥を迎えにきた店の前を通り掛かり、思わず足が止まる葉月


葉月「──……」

   店先を見つめている



   ×   ×   ×

   (回想)

   久弥「お前とは──」


   久弥「ずっと今のままでいたい」

   久弥「…今の──」


   久弥「いい友達のままで」

   ×   ×   ×



葉月「──……」

   足元の虚空を見つめたまま、物思いに耽る


葉月M「大丈夫

 何も変わんないよ 全部──


 今のまま…

 これまで通り──」



葉月M「…でも “これまで通り”って──」


   ×   ×   ×

   (回想)

   これまでの久弥との思い出

   こちらに向かって笑い掛ける久弥の姿

   ×   ×   ×

   (回想)

   店の軒下にて、傘に隠れてキスをするふたり

   ×   ×   ×



葉月M「どんなだっけ?」



葉月「──……」

   葉月の顔のアップ、滴が頬を伝い流れていく



葉月「……」

   ふと気付いて、頬を流れる滴に手で触れる



葉月「泣いてる…?(驚き)」



葉月M「嘘だろ


 まるで何かのドラマみたいだ」



葉月M「なんで?


 いつから そんなに好きだった?

 …俺は──


 ちゃんと好きだったんだ

 自分で思うよりも ずっと──


 久弥のこと」



   葉月、着信に気付き、ポケットからスマホを取り出す

   画面には久弥の名前


   徐にスマホを耳に当てる

葉月「っ…(鼻を啜る)」



◯ 大学、図書館入口


   久弥、壁際にもたれるようにして立ち、電話をしている


   電話口で話す久弥と葉月のカットを交互に


久弥「葉月?」

久弥「こないだ お前が言ってた本さ──」



葉月「っ…(鼻を啜る)

 うん──」

   静かに涙しながら、会話を続ける


久弥「旧校舎の方の

 図書館にならあったよ」



葉月「…マジ?

 ありがと」

   泣いているのを隠すように、努めて明るい声音で話す



久弥「あと お前の傘──」

   言いながら軽く頬を綻ばせ、すぐ脇の下方に目をやる


葉月「傘…?」


久弥「うん

 ちゃんと──」

   久弥の言葉に被るようにして

葉月「…雨がさ──」



久弥「え…?」


葉月「…ただ 雨が──」


久弥「──……(じっと聞いている)」


久弥「…葉月?(僅かな動揺)」



葉月「…雨が降ってるだけだと

 思ったのに──」

   自嘲するように笑いながら、同時に泣けてくる



久弥「葉月…?」

   すぐ側の窓ガラスに手を当て、外の様子を窺う


久弥「雨 降ってんの?」



葉月「俺 好きだよ 雨(軽く笑いながら)」


久弥「え?」


葉月「だってさ──」



葉月「…雨の中なら誰も──」


   自嘲するように、軽く笑いながら

葉月「泣いてることなんか

 分かんないでしょ…?」



久弥「葉月──(動揺)」


葉月「…だから 俺 好きだよ

 …すっごい──」

   ポツポツと、呟くように話す


葉月「好きだよ」


久弥「──……」



   話しながら涙が溢れてくる

葉月「自分じゃもう…」


葉月「どうしようもないくらい──」


久弥「……」

   思わず閉口する



葉月「俺 思ってるより

 ずっと──」

   再び自嘲的に軽く笑いながら

葉月「ちゃんとショックだったみたい」


久弥「…!(はっとして)」



久弥「葉月?

 泣いてるの」


葉月「っ…(泣いて、思わず息を呑む)」



葉月「…分かんない

 もう──」

   雨と涙で濡れた顔を手で覆いながら

葉月「…分かんないよ 俺──」



久弥「今 どこ」


葉月「え…?」


   久弥、図書館から飛び出そうとして

久弥「…!」

   はっと思い出したように、脇の方を一瞥する


   角に立てかけられているスカイブルーの傘


   勢いよく傘を手に掴み、外へ飛び出していく久弥



  *   *   *



◯ 屋外、裏通り



   久弥、傘を差して通りに駆けてくる



久弥「──……」

   必死な様子で周囲を見回す



久弥「…!」

   葉月の姿に気付いて



久弥「──……」

   ゆっくりと葉月の下へ歩いていく


久弥M「いっそ誰かに

 言ってもらえたら楽なのに


 これは “運命”だって」



久弥「(葉月に傘を傾けて)濡れるよ」


葉月「……」

   泣き濡れた目で久弥を見つめる


久弥M「運命には抗えない

 ずっと一緒にいる運命だって」


久弥「…ごめん──(泣きそうな顔で)」


葉月「──……(涙を堪えているような表情で)」


久弥M「一番近くにいるのは俺だって」



久弥「ごめん…

 ごめん…(言いながら泣けてくる)」

   そっと手を伸ばし、涙を拭うように葉月の顔に触れる


葉月「っ…」

   また涙が溢れてくる



久弥「…俺が馬鹿だった

 だって俺…」


久弥M「じゃなきゃ覚悟が決まらない

 君を──」



久弥「…お前に こんな顔

 させたくなんか ないのに──」


久弥M「こんな鬱屈とした

 雨の中に引き入れるのなんて」


   久弥、思わず傘を捨て、葉月を引き寄せ抱きしめる


葉月「っ…(泣き)」



   雨の中、涙するふたり

   足元には開いたままの傘が転がっている


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