水の音の中で───第12話

【表記ルール】————————————————————————

  〇 ………… 場面、()内は時間帯

  人物名「」 ………… 通常のセリフ

  人物名M「」 ………… モノローグ

  無表記、セリフ内() ………… ト書き

     ×   ×   × ………… 回想シーンの導入、終了

    *   *   * ………… 短い時間経過

———————————————————————————————



【12-1】———————————————————————————


◯川沿いの遊歩道(夕)



   葉月、欄干に腕を置いて立っている

   久弥、葉月から少し離れた場所に立っている



久弥「なんで」


葉月「え?」

   久弥の方に振り向いて


久弥「同じ名前だから?」

久弥「好きだった人と」



葉月「は?

 …アホくさ」


葉月「そんな理由で

 好きになる奴なんか いないだろ」


久弥「……」



葉月「それとも またアレ?」

葉月「(軽く笑いながら)俺なら

 あり得そうだって?」


久弥「…っ(軽く笑って)

 いや?」



久弥「…そういうんじゃなくて──」

   葉月から視線を外し、軽く俯いて


葉月「──……」

   俯く久弥を見つめている



葉月「なら なんで

 そんなこと聞くの」


久弥「──……」

   葉月を見つめる



久弥「自信がないから」


葉月「──……」



久弥M「お前が言ってくれた

 言葉の理由が──」


久弥「…なんで──」


久弥M「なんで “好き”だなんて

 言ってくれるのか」


久弥「なんで…

 そんな風に思ってくれるのか──」


久弥M「“その言葉”を口にすることすら

 …憚られるくらいに」


   視線を落とし、独り言のようにつぶやく

久弥「俺には全然分かんない…」


葉月「──……」



葉月「じゃあ いいよ?」


久弥「…え?」

   視線を上げ、葉月を見る


葉月「お前の好きなとこ──」


葉月「1個ずつ

 言ってってあげようか?」


久弥「──……」



葉月「でも いいの?」


久弥「…え?

 何が?」


   腕時計を見る仕草をして

葉月「夜まで帰らんないけど」


久弥「っ…(笑って)

 冗談でしょ」


葉月「(軽く鼻で笑って)全然 信じてないじゃん」


久弥「当たり前」

   言いながら、葉月の隣にやって来て、同じように欄干にもたれる



久弥「──……」


久弥「…じゃあさ──」


葉月「ん?」


久弥「そんな たくさんじゃなくて

 いいから──」


久弥M「ただ ひとつでもいい

 お前が言ってくれるなら…


 それだけで──


 どれだけ心は軽くなるだろう」



久弥「試しに1個言ってみて

 俺の…(一瞬躊躇う)」


   葉月の目を見つめて

久弥「“好き”なとこ」



葉月「“1個”?」


葉月「…ん〜──(渋い顔で悩む)」



葉月「(ぱっと思い付いたように)…ああ

 “顔”?」


久弥「…は?(キョトンとして)」



久弥「っ…(鼻で笑って)

 (軽く笑いながら)お前 サイテーだよ」


葉月「(笑いながら)は?

 なんでだよ」


葉月「最高の褒め言葉じゃん」


葉月「今 世の中のブサイク

 全員 敵に回したから」


久弥「(笑いながら)は?

 …なんで そうなんだよ」


葉月「はは──」


   欄干に並んで立ち、笑い合うふたり



久弥「──……」

   隣で笑う葉月の横顔を見つめている


久弥M「じゃあ俺は?

 …俺は──


 もし 俺が──


 お前の好きなところを

 一つ挙げろって言われたら


 たぶん…

 きっと──


 “こういうところだ”って答える」



久弥M「いつも…

 どこにいても──


 それまでの深刻な空気が

 馬鹿らしく思えるほど──


 この心を軽くしてくれる」


   ×   ×   ×

   (回想)

   葉月「それとも またアレ?」

   葉月「俺なら

    あり得そうだって?」

   ×   ×   ×


久弥M「馬鹿にしてるんじゃない

 いつだって──


 俺みたいな人間は

 考え過ぎるから


 それくらいが “丁度いい”んだよ

 もっとシンプルで…」


   ×   ×   ×

   (回想)

   学食にて、親しくなろうとする葉月に理由を問う久弥に対して


   葉月「“なんで”?」

   葉月「そういうのに

    理由とかって必要?」


   ×   ×   ×

   (回想)

   葉月「じゃ俺は──」

   久弥「…?」


   葉月「その “大概”以外の

    例外ってことで」


   久弥「──……」


   葉月「単にお前に興味を持ったから

    仲良くなりたい」

   葉月「それでいい?」


   久弥「──……」


   ×   ×   ×

   (回想終了)



久弥M「もっと単純で

 真っ直ぐで──


 そういうお前が

 誰より一番 “丁度いい”


 …だから──


 願わくば

 お前にとっての俺も──」


   スローモーション、笑い合いながら川沿いを歩いていくふたり



久弥M「そうなれたら いいのにと思う」



【12-2】———————————————————————————


◯屋外、キャンパス内の道(昼)



久弥「──……」

   手元のスマホで、ラインのトーク画面を見ている

   もう一方の手には傘


葉月(ライン)『今日雨かもらしいじゃん』


久弥(ライン)『傘持ってきてるよ

 こないだ借りたやつ』


葉月(ライン)『(投げキスを飛ばすキャラクターのスタンプ)』


久弥「っ…(軽く鼻で笑う)」



久弥「──……」

   スマホをポケットに仕舞って歩き出す



久弥M「“丁度いい”って何だろう


 お前にとっての

 “丁度いい”って?


 俺が日々

 お前に救われるみたいに──


 正反対で在ること?

 お前にはない

 正反対のものを与えること?


 お前にはなくて…

 俺にある──


 正反対のものは

 たくさん思い付くけれど


 “与えられるもの”って何だろう

 俺が お前に…」



  *   *   *


◯学食、席スペース


   久弥、スマホ画面を見ている


葉月(ライン)『もう学食いる』



久弥「──……」

   顔を上げ、周囲を見回す



久弥「…!」

   離れた場所に葉月の姿を認めて



   男友達らと笑いながら話している葉月の姿


久弥「──……」

   思わずその様子に見入る



久弥M「今さら嫉妬なんて

 馬鹿みたいなことはしない


 でも なにも──


 女子だけじゃないよな

 “女子だから”とかじゃない

 男子だって…」



   再び友達らと談笑している葉月の姿



久弥「──……」

   徐に葉月の方に向かって歩き出す


久弥M「それは “性別”の別じゃない

 …言うなれば──


 “人間性”の別とでも言おうか


 “タイプ”とか… “住む世界”とか

 そんな言葉でも いいかもしれない


 “翳り”なんてない

 お前の世界とは違って


 こっちは随分…」



   ふと室内が陰るのに気付き、思わず足が止まる

久弥「──……(上方の窓を見て)」


   空は、久弥の後方から雲が迫ってきている



久弥M「今にも降り出しそうな空だ」


   引きの画、未だ曇に覆われていない葉月らのいる場所と、にわかに陰ってきている久弥のいる場所



久弥「──……」

   葉月らを見つめたまま、立ち尽くしている


久弥M「目に見えないほど細かな

 湿気の粒は──


 肌に張り付いて


 どれだけ払おうとしても」


   傘の柄を握っている久弥の手元


久弥M「じっとりとした “感覚”は

 拭えずにいる」



   スローモーション、変わらず談笑している葉月と友達


久弥M「お前にとっての

 “丁度いい”って──


 お前に “丁度いい”のは──」


   寄りの画、葉月を見つめている久弥の顔


久弥M「こういうのじゃないの?

 本当は」



  *   *   *


   久弥、ひとり隅の窓際の席に座っている



久弥「──……」

   テーブルの上のドリンクカップ、垂れていく結露の滴を指でなぞる



久弥M「この先 あと何回──


 こういう思いをするんだろう


 あと何回

 同じ “問い”を繰り返すんだろう


 その度 弱気になって

 項垂れて

 この背中は小さくなって


 その度に──


 “どうした?” “大丈夫だよ”って

 励まされるのか?」



久弥M「それが しんどいとかじゃない

 惨めだとかじゃない


 お前から貰うものは…」


   久弥の足元、壁際に立て掛けられている傘


久弥M「貰ったものは──


 どれほど たくさんあっても


 俺があげられるものなんて

 どれ一つも ないんじゃないかって」



久弥M「こういう場面に出会す度に

 “この問い”にぶつかる度──


 結局いつも

 同じ結論に辿り着いて


 その度 いつも

 立ち尽くしてしまう」


   ×   ×   ×

   (回想)

   友達と談笑する葉月を見つめたまま、立ち尽くしている久弥

   ×   ×   ×


久弥M「足が動かなくなる

 これより先に──」


   ×   ×   ×

   (回想)

   葉月と友達を見つめたまま、立ち尽くしている久弥


   久弥「──……」

   徐に後退り、踵を返し、葉月とは反対方向へと歩いていく


   ×   ×   ×


久弥M「進めはしないと思ってしまう」



【12-3】———————————————————————————


◯学食、席スペース(夕)



葉月「久弥」

   後方からやって来て、久弥の背に声を掛ける

久弥「…!(はっとして)」



久弥「…ああ」

   徐に声の方に振り返る


葉月「どした?」

葉月「来てたんだったら

 声掛けてくれれば良かったのに」


久弥「──……(軽く目が泳ぐ、ばつが悪そうに)」



久弥「…いや──」


   さっと冷静な顔になって

久弥「俺も さっき来たばっかだから」



葉月「嘘つけ」

   テーブルの上、氷の溶け切ったドリンクカップを持ち上げ、振ってみせる


久弥「なんで」

久弥「買って飲みながら

 来たかもしんないのに」


葉月「残念」

葉月「これ すぐそこの

 カフェテリアの新商品だから」


久弥「……」

   軽く睨むように見上げる


葉月「(軽く笑いながら)なあんで

 そんな顔するんだよ」



久弥「…だって──」


久弥「なんで こういう時ばっか

 察しがいいんだよ」


葉月「え?(キョトンとして)」


葉月「いつもだろ

 察しがいいのは(得意げに、おどけてみせる)」



久弥「嘘つけ」

久弥「普段は単細胞のくせに」

   言いながら席を立ち、先に歩き出す


葉月「おい!

 なんでだよ」

   慌てて久弥を追いかける



葉月「じゃあ訂正

 “これ”は?」

   ドリンクカップを持っている手で、指をさすようにしながら


久弥「?」

   立ち止まり、軽く後方の葉月に振り返る


葉月「“お前のことなら

 察しがいい”(得意げに、微笑みながら)」


久弥「──……」

   葉月を見つめる



久弥「嘘つけ」

   葉月からドリンクカップを取り上げる


葉月「ちょちょちょ…!

 なんでだよ!」


葉月「てか 一口ちょうだいよ」


久弥「やだよ」

葉月「なんで」


久弥「なんででも──……」



   軽口を叩き合いながら、歩いていくふたりの後ろ姿

   空から雲は消え、綺麗に夕陽が差している


久弥M「“嘘をついた”のは俺の方だ

 実際──


 俺も そう思うよ

 お前は──


 俺のことになると やけに察しがいい

 でも それは──


 “俺”だから?

 本当に──」


◯屋外、駅前

   人波に紛れて歩いていくふたり


久弥M「…それが理由なんだろうか」



久弥M「それは ただ単に

 お前が優しくて──


 より親密な人間を

 大切に想うからじゃないの


 だから…

 上手く言えないけど──


 直ぐに また

 考え過ぎてしまうけど


 “俺”が “特別”なんじゃなくて


 ただ 今は俺が──」


◯電車内

   電車の座席に並んで座り、揺られているふたり


久弥「──……」

   まどろんでいる葉月を横目で見る


久弥M「“ここ”にいるから


 “特別な場所”にいるから

 ただ それだけが理由な気がして──」



久弥「…!(はっとして)

 やば──」


葉月「…え?」

   寝ぼけ眼で軽く久弥の方を見る



葉月「(眠たそうに)どうかした…?」


久弥「いや…

 傘 忘れた お前に借りたやつ」

葉月「……」

   見上げるように久弥の顔を見る


葉月「水色の?」

久弥「うん」


葉月「大丈夫だよ

 次 取りに行けば」


葉月「(眠そうに)…誰も持ってったりしないから」

   言って、久弥の肩にもたれて寝入る


久弥「──……」



久弥「…本当に?」

   静かに、独り言のようにつぶやく


久弥M「──不本意なくせに


 寂しく思ってしまう」



久弥「──……」

   ぴたりとくっ付いている、ふたりの膝頭を見つめる


久弥M「こんなにも…

 少なくとも今は──」


   そのまま電車に揺られていくふたりの姿、引きの画


久弥M「誰より近くにいるのに」



   学食、席スペースの隅、立て掛けられたままのスカイブルーの傘が、夕陽に照らされている


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