水の音の中で───第10話

【表記ルール】————————————————————————

  〇 ………… 場面、()内は時間帯

  人物名「」 ………… 通常のセリフ

  人物名M「」 ………… モノローグ

  無表記、セリフ内() ………… ト書き

     ×   ×   × ………… 回想シーンの導入、終了

    *   *   * ………… 短い時間経過

———————————————————————————————



【10-1】———————————————————————————


◯大学、教室(昼)



葉月「うい」

   久弥の隣席にやってきて、机上にパック飲料を置く


久弥「──……」

   無言で葉月を見上げる



久弥「…なんで?」

葉月「こないだ

 食欲ないって言ってたから」

   言いながら隣の席に腰掛ける


葉月「鉄分でも

 足りてないんじゃないかと思って」

久弥「──……」


   パック飲料を手に取って眺めながら

久弥「食欲と鉄分って

 関係あるんだっけ」


葉月「え…(動揺)」


葉月「…それは分かんないけど(決まり悪そうに)」

久弥「(笑って)っ…

 なんだよ それ」



葉月「っ…(ニコニコと満足そうに笑う)」


久弥「(怪訝そうに)なに…

 …ニヤニヤして」


葉月「別に?

 元気そうだから」

葉月「ちょっと安心した」

   言って久弥から視線を外し、正面を向く


久弥「──……」

   葉月の横顔を見つめる



久弥M「冷たくする?

 気のない返事ばかりして──


 わざと遠ざけてみる?


 モヤモヤしたから


 嫉妬したから」



久弥M「傷付きたくはない

 これ以上──


 深みに嵌りたくないから


 だから冷たくして

 敢えて嫌われるような態度をとって──


 フェードアウトして


 初めから

 なかったことみたいに──」


久弥「──……」

   机上のプリント、葉月に教える際に書き込んだアンダーラインを見つめる


久弥M「消していく


 俺との関係を」



久弥M「そんなこと──


 出来るはずないよな

 お前に


 それは俺が

 お前のことが好きだからとか


 そんなのが理由じゃない


 ただ お前が “こういう”奴だから

 こういう──」


久弥「──……」

   久弥、机上のパック飲料を指でなぞって


久弥M「馬鹿みたいに真っ直ぐな奴だから


 だから──


 誰もお前を

 邪険になんて出来ないよ


 どれだけ棘のついた鎧で

 心を覆ったとしても


 その優しさに触れるたび

 全部 溶け出していく」



久弥M「もう何も期待しないようにと──


 そんな冷たい鎧に

 覆われていたのに


 今は自分の心に

 確かに “温度”を感じる


 だから出来るはずもない」


久弥「──……」

   机上に視線を落としている隣の葉月を見つめる



久弥M「そんな卑怯なやり方で──」


   久弥と葉月、並んで座っているふたりの背中


久弥M「お前から離れていくなんて」



【10-2】———————————————————————————



久弥M「だから これまで通り


 適当に

 友達として


 …あの日──」


   ×   ×   ×

   (回想)

   旅館にて、久弥を抱いて眠る葉月


   久弥M「あの瞬間の

    背中の “温度”なんか──


    すっかり全部 忘れて」


   ×   ×   ×


◯学食、席スペース(昼)



久弥M「ただ “少し”

 仲の良い友達として


 …いたいって──


 俺だって そう思ってるよ

 思ってるのに」



   同じテーブルで食事をしている久弥と葉月、クミの3人

   目の前のクミと楽しそうに談笑している葉月

   その様を横目で眺めている久弥



久弥M「目の前でお前が──


 ほかの人を想っている姿を

 見ることは


 自分では もう──


 どうしようもないくらい苦しくて」



久弥「──……」

   手持ち無沙汰な様子

   食べるでもなく、ぼんやりと食事の残る皿を見つめている



久弥「──……」

   自分の手元、葉月から貰ったパック飲料に視線をやる



   久弥、思い立ったように、残っていた食事を一息に口に運んでいく


葉月「いや 大丈夫かよ…!」

葉月「そんな一気に食って…」


葉月「…胃は?(心配そうに)

 食欲ないんじゃなかったの」



久弥「っ…」

   思わず顰めっ面になり、水で飲み下す


   貰ったパック飲料を手に取って

久弥「大丈夫だよ

 これ あるから」

   言いながら席を立つ


葉月「え?

 いや “これ”って…」


久弥「じゃ お先」

   言うなり去っていく


葉月「あ おい…!

 久弥──」

   離れていく久弥の背中に、届かない声を掛ける


  *   *   *



久弥「──……」

   真顔で歩いていく



久弥M「大丈夫だよ


 ここまでの間に──


 お前のくれた “情”があるから」


   ×   ×   ×

   (回想)

   図書館にて、延滞されている本についてぼやく久弥と、それを聞いている葉月

   ×   ×   ×

   島へ向かう船上、海面に浮かぶゴミを見つめながら話すふたり

   ×   ×   ×

   島の店先にて、奢ってやった食べ物を差し出す葉月

   ×   ×   ×

   旅館にて、久弥を抱いたまま眠る葉月

   ×   ×   ×

   (回想終了)


   さらに歩いていく久弥、パック飲料を握っている手元の画



久弥M「それがあれば

 それだけ持っていけば──


 きっと俺は大丈夫だよな」



【10-3】———————————————————————————


◯屋外、キャンパス内の道


   久弥、パック飲料にストローを刺し、飲みながら歩いていく




◯(回想)屋外、キャンパス内の道(昼)



   久弥と葉月、ふたりしてベンチに腰掛け話している

   ふたりの間にはプリントが広げられている



葉月「(プリントに視線を落としたまま)名前の由来なんてさあ──」

葉月「そんなの小学生時分で

 終わりじゃないの?(不満げ)」


久弥「言語学だから

 しょうがないだろ」



久弥「むしろ

 めっちゃ楽な課題でしょ」


久弥「何がそんな嫌なの」


葉月「(不満げな顔のまま)…俺 自分の名前

 好きじゃないんだもん」


久弥「──……」

   葉月の横顔を見ている



久弥「なんで

 綺麗な名前じゃん」


久弥「俺は好きだよ」


葉月「──……(久弥の顔を見る)」



葉月「お前がそう…

 スッと褒めるとさ──」


葉月「なんか気持ち悪いよな」


久弥「…は?(ムカッとして)

 お前──」


葉月「はは──

 冗談だって」



葉月「そりゃ “綺麗”だよ?

 綺麗だとは思うけどさ──」


葉月「でも女の子みたいじゃん」


葉月「それこそ

 お前みたいなのだったら──」

葉月「しっくりくるかも

 しんないけどさ」

   久弥の横髪を手で避け、顔を見るようにして



葉月「──……」


久弥「──……」

   見つめ合うふたり



葉月「…ごめん」


久弥「(軽く笑って)っ…

 なんで謝んの」


葉月「……

 “なんで”って…」

   思わず閉口する



葉月「なんでもだよ」

   プイとそっぽを向く



久弥「由来は?

 聞いたことないの」


葉月「あるよ

 それこそ小学生のときに」


久弥「それで?

 親は何だって?」


葉月「至ってシンプルだよ

 “8月”生まれだから」



久弥「旧暦の8月で “葉月”」


葉月「お前…(驚き)」

葉月「知ってて聞いた?

 エスパーかよ」


久弥「(笑って)っ…

 なわけ…」


久弥「誕生日 知ってたら

 誰だって想像つく」


葉月「──……」

   少しだけ拗ねたような顔で久弥を見る



久弥「だからピッタリじゃん

 お前に」

久弥「似合ってるよ」


葉月「…どこが?(困惑)

 “だから”って?」



久弥「“8月”だろ?

 盛夏──」


久弥「お前なら真っ先に

 何 思い出す?」


葉月「──……」

   久弥の顔を見つめて考える


葉月「“ランナー”(真面目な顔で)」


久弥「…は?」


久弥「…って

 バカかよ…」

久弥「そっちの “聖火”じゃないって」



久弥「…今 何の話してんだよ

 盛るに夏で “盛夏”だよ」


葉月「…あ〜(間の抜けた顔)」


久弥「…本当に分かってんのかよ(呆れ)」

葉月「分ぁかってるよ!」



葉月「…それで?

 だから何だって?」


久弥「──……」

   答えを待っている様子の葉月を一瞥して



久弥「…だから──」

久弥「8月の真夏といえば

 何って話だよ」



久弥「…俺は──」


久弥「真っ先に

 “向日葵”を思い出す」


葉月「──……」

   話す久弥の横顔を見つめてる



久弥「向日葵なんてさ──」

   葉月の方に向いて

久弥「お前にピッタリじゃん」


葉月「“ヒマワリ”…?(ピンときていない、不思議そうに)」



葉月「…そう?」


久弥「うん(頷く)」


久弥「明るくて

 翳りなんてなくて──」

久弥「太陽の象徴みたいな花じゃん」


久弥「お前のイメージまんまだよ

 少なくとも──」


久弥「俺の中では」


葉月「──……」

   一寸見つめ合うふたり



葉月「…やっぱ──」

久弥「…え?」


葉月「(顔を顰めて)お前に褒められると

 変な気分になるわ…」


久弥「っ…(吐き捨てるように鼻で笑って)

 …お前──」



久弥「そんなだから

 モテないんだよ」


葉月「は!?」

葉月「おい! なんでだよ…!」


久弥「知らん

 今度こそ自分で考えろ」


葉月「なんで?

 …なんか怒ってる?」

葉月「え なんで?」


葉月「(駄々を捏ねるように)なあ

 なんで ちょっと不機嫌なんだよ」


久弥「っ…(思わず苦笑して)

 しつこいって」



   ぱっと思い付いたような顔になって

葉月「あ じゃあさ──」

久弥「(未だ笑いながら)…え?」


葉月「“久弥”は?

 名前の由来──」

葉月「何か聞いたことある?」


久弥「俺?

 俺は…」



久弥「──……」

   プリントに書き込んだ自分の名前を見つめる


久弥「…聞いたことないけど

 俺も…」


葉月「?」



久弥「…俺も──」

   プリントに視線を落としたまま、独り言のように話す


久弥「俺も好きじゃないよ

 自分の名前」



葉月「(軽く苦笑して)お前もかよ」


葉月「なんで?

 何が不満なの」


久弥「──……(葉月を見つめる)」


葉月「…え?(戸惑い)」


   葉月を見つめたままで

久弥「何でもいいから──」

久弥「もっと別な名前がよかった」


葉月「──……」

   見つめられるがまま、久弥から目を逸らせずにいる



久弥M「そうすれば──


 いたずらに比較して

 心が疼くようなこともなかった


 でも皮肉だよな


 それでも “あの子”と

 同じ名前じゃなかったら──」



   葉月を見つめたまま

久弥「この名前以外なら何でも」


葉月「──……」

   久弥を見つめたままでいる



久弥M「きっとお前は

 今みたいに──


 俺に興味なんか

 持たなかっただろう」



【10-4】———————————————————————————



◯(戻って現在)屋外、キャンパス内の道


   回想内の久弥と葉月の姿が、フェードアウトしていく

   回想内の自身の姿に重なるようにして、同じベンチに腰掛ける久弥



久弥M「“ここ”止まりでも

 これ以上──」



久弥「──……」

   背もたれに頭を預け、空を仰いで息を吐く


   ×   ×   ×

   (回想)

   島へ向かう船上、柵に並んで海を眺めているふたりの背中


   久弥M「遠くへ泳いでいくことは なくても」


   ×   ×   ×



久弥「──……」

   パック飲料を見つめ、握っている手の指でなぞる


久弥M「何でもない顔をして──」



久弥「…っ(苦しそうに息を吐いて)

 …気持ち悪──」

   一気に食べた食事が効いてくる、顔を顰めて胸の辺りを撫でる



久弥M「なんてこともない日常に

 戻っていけるよな」


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