ただ、そばにいてくれれば ~ダメなぼくが、未知の能力をもった子ども達を保護する話~

すはな

 プロローグ 脱走

 西暦20XX年。ロンドン某所。

 深夜の時間帯にも関わらず、田舎町では大きな騒ぎが起きていた。住宅街から大きく離れた場所にある建物で、火災が発生したためだ。地元の住人からは環境保全のための研究所だと認識されているこの建物から炎が燃え上がり、夜空と森の木々を赤く染めあげる。

 施設の名は、『森羅万象研究所しんらばんしょうけんきゅうじょ』。

 多くの人間が知覚することすら出来ない力の存在を研究するために設けられたこの施設には、多くの被検体が存在する。

 その中でも、特に重要視されている特別な被検体である4人の人間が、火災に乗じて逃亡を図ったのだ。


「警備各員に伝える! 被検体を見つけ次第、拘束しろ! 一人ずつで構わん!!」


 白衣を着た研究員らしき中年男性と警備員らしき若い男性が、研究所の出入り口となるゲートに張り付いている。深夜勤務ということもあり、眠気と戦っていたのか、二人の目は赤く充血している。


「まだ施設内にいるはずだ! 落ち着いて中を――ぐぉっ!」


 突然、彼らの背後に黒い影が通り過ぎると、二人は同時に意識を失い、前のめりに倒れた。寝不足も祟り、意識は完全に途絶えてしまった。


「えへへ。せいこーせいこー! さきいくねー!」


 気絶した男たちを、一人の少女が見下ろしている。白い髪とチャイナドレス、黒のスパッツを履いた少女の姿が、炎に照らされた。しかし、少女はすぐにその場から消え去り、その後を3つの黒い影が追っていく。

 その様子を、黒いコートを着た女性が、近くの大木の後ろから見守っていた。

 

「上手くいったみたいね」


 20代半ばと思われる容姿端麗な女性は、ショートボブの茶髪の毛先を指で弄る。そのまま、燃え上がる研究所を、サファイアのように美しい青い瞳で眺め、薄く微笑んだ。

 その後、厚手のコートでも隠しきれない胸の膨らみを手で抑えながら、注意深く周囲を観察する。

 彼女こそが、先の少女とその仲間達を脱走させた張本人だった。


「よくやったわ、輝美てるみ


 名前を呼ばれた茶髪の女性――輝美は、背後を振り返る。

 森の奥。影の中から、違う女性の声が聞こえてきた。

 輝美は、警戒心を強めなかった。

 姿こそ見えないが、輝美は声の持ち主の正体を知っているからだ。


「これで、彼女達は≪金翼きんよく≫の元に導かれていくはずよ」

「金翼……本当に大丈夫なの?」


 輝美は眉間に皺をよせ、そこを右手の人差し指で軽く揉んだ。

 

 逃がした少女達は、まもなく殺害されるはずだった。しかし、彼女達の監督役を務めていた輝美は、その判断を良しとせず、こうして少女達の脱走を手引きした。姿を見せない協力者は、これまたあちらの事情もあり、協力してもらえることになったのだ。

 輝美と協力者は、同じ組織の人間だ。しかし、部署が違えば、扱っている情報や目的も異なる場合がある。そのため、最終的な目的が同じだとしても、互いの仕事を完遂するため、あえて情報を共有しない時がある。

 必要な判断なのかも知れないが、今回の件においてその意味を図りかねている輝美は、言葉に出来ない気持ち悪さを感じていた。


「さて、後はこちらで情報操作をしておくわ。あなたは追っ手を振り切り次第、あの子達の後を追って」

「わかったわ。……ねぇ、その後は――」

「わかっているわ。あの子達と一緒……『彼』のそばについていてあげて。ずっと我慢してたんだから、存分に甘えてくると良いわ」

「はぁー……やっと言ってもらえた!」


 いつ命を落とす危険があるこの状況の中で、輝美は場違いなくらい表情を緩ませる。

 輝美は、既に知っていた。少女達が目指す、金翼の意味するものを。そして、そこで待っているのは、彼女が長年待ち続けていた、想い人との再会であることを。


「さあ、輝美。あなたも行きなさい」

「わかってる。死なないでよね?」

「もちろんよ。……後で、殺し合うんだから」


 輝美はぎこちない笑みを浮かべながら、研究所から走り去った。


「チータ、スゥ、フーコ、シェン……待っててね。しゅうちゃんと一緒に」



~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~


 ここまで目を通していただいた方へ。

 

 はじめまして(そうでない方は、鼻で笑ってやってください)。

 この作品は、異世界の生物の力を用いて、超能力バトルを繰り広げるというコンセプトの元、執筆しているつもりです。

 テーマは、『恩返し』。未熟な社会人男性が、出会う人々のありがたみを自覚していく物語――かも知れません。

 そんな作品の主人公ですが、プロローグなのに出ておりません。次回からちゃんと出ますが、話の都合上、ちょっとだけ気持ち悪い話になるかも知れません。ただし、その先からはトントンと進んでいけると思います。


 みんなで辛い現実を克服したいという願いの元、作成を進めてまいります。

 よろしければ、お付き合い下さい。



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