【朗読台本】夢喰いバクはバナナデニッシュをたべたかった【フリー台本】
つづり
夢喰いバクはバナナデニッシュを食べたかった
ある日の休日、店のレイアウトを少しいじろうかと、自分の店に向かった。すると私のパン屋の前に、小さな手乗りバクがいた。
バクは私を見るなりこう言った。
「あなたがここのパン職人さんですか? あのおいしい、バナナデニッシュを作っている方なんですか?!」
私はそのバクにまったく見覚えはなかったが、バクは私のことをよく知ってるようだった。私は眼をキラキラと輝かせて、前足をあげるバクに驚いたが、悪いものではなさそうだと、とりあえず店内にいれた。
カフェオレを一つ、バクにだしていいのか迷ったが、僕は動物ではなく、夢喰いのバクなので、気にしないでダイジョウブと胸をはられた。その小さな動物の胸を張った様子になんだか和んでしまった。
まあ、考えてみれば……バクはしゃべるものではないなと気が付き、小さく苦笑いしてしまった。
ミルク多めのカフェオレを差し出して、私は彼…といっていいか分からなかったが、そのバクに聞いてみた。
「どうして、私のところへ来たんだい? あいにく私は夢を見ないくらいぐっすりなんだが」
んくんくとカフェオレを飲んでいたバクは、パッと顔をあげた。聞いてくれるんですかと短いしっぽをふりふりする。
「僕の担当した女の子の夢に、あなたのお店のバナナデニッシュが出るんです! キャラメルソースもかかった、とってもおいしいのが!!」
「君の担当している女の子の夢に? うちは常連さんが多いから、その中の誰かのお子さんだろうか……」
「だと、思います。でもその子が悪夢を見ないで、穏やかに寝れるようになったので、僕担当ではなくなって……」
バクはしょんぼりと肩をさげた。
「あの子と一緒に食べた、バナナデニッシュが食べれなくなったんです」
「なるほど……」
私のバナナデニッシュはいつのまにか、女の子とバクの思い出の一品になっていたようだ。自分の手元から離れたパンは、美味しく食べて欲しいと思ってはいるが、それ以上の感情がない。どうなるのかと気にしすぎてもよくないだろうとは思う。だが、こうして誰かの記憶に残るパンであることは、どこか、誇らしい……。
「私もあのパンが好きでね・・・個人的に作るときもある。今日、おやつ用に持ってきていたから。君にあげよう」
私はバクにそう言うと、バクは嬉しそうにぴょんぴょんした。
「ありがとうございます! わぁ……また食べられるなんて……どんなに幸せなんだろう」
バクは目を細めて、ほっぺたを赤くする。本当に楽しそうで、私も嬉しくて、バナナデニッシュを少し温めて、バクに提供した。
「わ、わー!! あの子、本当にこれが大好きで。悪夢ばかりでもたまに、このデニッシュを食べる夢を見るんです。そんとき、ほっこり笑って、美味しそうに食べるんですよ! 僕、その笑顔が好きだったなぁ……その笑顔と一緒にたべるコレが本当においしくて……ああ、いてもたってもいられない! いただきまぁす」
ぱくっとバクは、かぶりつく。短い手で必死に体のバランスをとりながらもぐもぐする。しかし食べれば食べるほど、バクの顔に浮かぶのは、疑問符だ。半分ほど食べて
「あ、あれー? あれ?」
バクは信じられないような顔をする。
「どうしたんだい、急に青ざめて……」
「あの、これ、ほんとにこの店のバナナデニッシュなんですよね」
「ああ、そうだよ」
「え、え、なんで……」
ものすごい慌てようだった。
私をそれを見て、美味しくなかったのかい? と思わず聞きそうになる自分をこらえる。バクがなんとか、自分の思いを言語化しようと、一生懸命になっているからだった。
彼はカフェオレの残りを一息で飲むと、泣きそうな顔でこう言った。
「おいしいんです。このデニッシュ、本当においしいんです、夢の中に出てきた味と同じで……でもなんだろ……なにかが足りないんです、胸が温かくならないんです」
「胸が温かくならない?」
「はい、どうしてなんでしょ……あの子と一緒に食べた時はあんなに胸が温かくなったのに」
私は手元にあったブレンドコーヒーを一口のんだ。そして逡巡して、ああ、と思った。どうして夢の中で食べた時とちがうのか、見当がつく。同時に、それはとびきりのエッセンスだ、と言った、パン作りの師匠の言葉を思い出した。
師匠はキザでロマンチストだったが、その言葉は今でも胸に響いている。
私は小さく、どこかぽつりと言葉を置くように言った。
「それはね、その子と一緒に食べたから、おいしかったんだよ」
「え?」
「私にはパン作りの師匠がいてね、彼の作るパンがとびきりすきだったし、美味しいと感じてた。ミネストローネと一緒に食べた朝のライ麦パン、出先で食べたサンドイッチ、夕食後のつまみ食いって食べた、甘いフルーツ入りのパン」
私は一呼吸して苦笑いした。
「でもね、独り立ちして、取り寄せた師匠のパンを食べても、どこか物足りないんだな、これが」
「それはなぜなんです? いつもと同じパンなんでは??」
「きっとね、きっとだけど……私は師匠と過ごす時間が好きだったんだ、師匠と食べるパンを愛してたんだ。だから師匠が隣にいないと、師匠のパンでも物足りなくなってしまった」
【愛】は最高で、とびきりのエッセンスだ!
彼が私の事情を察すれば、キザっぽく、こう言うだろう。
だが私は彼ではないので、大っぴらに言えなかった。少し恥ずかしかったのだろう。だからバクの頭を撫でることで、なんとなく、伝えようとした。
誰かとの時間は、悪くはないものだ。それが好きな人であるならなおさら。
バクは、んーと考え込んでいる。そして少し寂しそうに笑った。
「僕、あの子と、タブンもう二度と会えないんですけど……それがなんだか急に、寂しくなりました」
バクはパタパタと手を動かす。
「でも、あのバナナデニッシュを食べると、不思議とあの子の顔がうかんで……さっきは戸惑ってたけど、残りを食べたいです。今度はあの子との思い出を噛み締めたいなって」
そうだねとバクの言葉に私は頷いた。
カフェオレの追加を作ろうと立ち上がる。
横目で見たバクは少し泣きそうだったことに、気づかないふりをする。
私のバナナデニッシュがバクと女の子をつなぐ。それはもう二度と会えない二人でも。だけど夢の中で、食べたあの美味しさと時間は本物なんだろう。
【朗読台本】夢喰いバクはバナナデニッシュをたべたかった【フリー台本】 つづり @hujiiroame
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