即効!小さくなる薬

くもまつあめ

小さくなる薬

「どうもー!」

そう言ってトラックに戻っていく宅配屋を見送るや否や、私は届いた荷物を抱えて狭い家の中を走った。


狭い一人暮らしのアパートにバタバタと走る音が響く。

また、階下やら隣に何を怒鳴り込まれるかわかったもんじゃないが、今の私には関係ない。


汚いテーブルの上に荷物をそっと置くと慎重にかつ、素早くテープを剥がしていく。

実物を見るまでは決して安心できない。


ビリーッっとテープが剥がされると小さな段ボールの中から英語の説明書きと雑な和訳の用紙、納品書が二つに折り畳まれて入っていた。


そして、その下には…

そう、待望の小さな薬瓶が梱包材にくるまれてそっと入っているのが見えた。


「ふっふふふ」


思わず込み上げる笑いをなんとかこらえ、薬瓶を取り出してみる。

私の右手の小指ほどの大きさで、中身は深い紺色のどろっとしたようなサラサラしたような、そんな液体が入っているのが見える。

一見すると、墨汁やインクのようだ…。


「えーと?ふふふっ」

嬉しくて小躍りするなんてことがあるわけないと思っていたがこの時のためにあるようだ。

そのまま椅子に腰かけて、大きく一呼吸してよく分からない言葉の最後にくっついている和訳の文に視線を落とす。


『 ミニールについて

・この度はお買い上げありがとうございます。安全に使用していただくために用法、用量を守りください。

本品 一回の服用につき身体を服用分縮小できます。

添付スポイトのメモリに従いご利用ください

開封後の返品はできません。

また、ご利用にあたり…

… ……』


そこまで読んで説明書を放り投げ、椅子にあぐらをかく。座り直して大きく深呼吸して蓋を開けて瓶を持ち上げ反対の手にスポイトを持つと、面倒になり興奮に任せてこれまたスポイトをテーブルに放り投げ、小瓶をぐっと直接飲み干した…。


なんとも言えない苦いような甘いような…それでいて飲みやすくサラサラしているようで、ドロッとしているところもあり吐き出しそうになるのをこらえ、ごくりと飲み込む。


…胃のあたりがかぁっと熱くなったかと思うと、今度は全身から血の気がサーっと引く感覚がやってきた。

頭、手先、足先…全身の血液が身体の中心に向かって集まってくる…そんな感覚だ。


(これで、とうとう小さくなれる!!やっとやっと、大好きな昆虫達と対等に向き合って暮らしていける!)



冷や汗をダラダラ流しながらやっとやっと、願いが叶う瞬間を迎える喜びを噛み締めながら、意識が遠くなって行くのを感じた…。



バタバタと騒がしく近づく音がして、間もなく作業服姿の二人組がドアを開けて入ってくる。

「おい、バケツに俺の水筒入れるなって言ってるだろ!!」

「いや、この荷物で先輩の水筒なんて持てないっスよ…別なやつにしてくださいよ…」

「うるせぇ!おら、さっさと始めるぞ!」

「はいはい、あー散らかってんなー

今日もそのまま夜逃げした感じスかねー。」

「まぁな、今の若いやつは人間関係も断捨離したりすんだろ?俺にはさっぱりわかんねぇけどよ。」

「いやー、昔を思い出すようなものはぜーんぶ捨てて、どっかにいっちまいたくなったりするんですよー。

ほらこの椅子に乗ってる洋服だって見るたびに昔を思い出したりするでしょー。わかるなぁー俺。」

そういって椅子に乗っているTシャツをバタバタとほろうと、干からびた人形のようなものが間から床に落ちる。

床に落ちた人形は煮干しのようにバラバラと散らばる。


「うわ!なんだこりゃ!ミイラかな?!先輩!」

「バカ!片付けるのに散らかすんじゃねぇよ!

風呂に入れて遊ぶ人形かなんかだろ。何でもいいから早く片付けるぞ!次も遺品整理の仕事が入ってんだ!」

「はいはい、人形にしちゃ凝ってんなーあぐらのかいてるし、中に骨もあるみたいに見えるし。あ、ゴキブリが寄ってきやがる。シッシッ!」


「この部屋の人、相当の昆虫好きだな、虫のもんばっかりだ。」

ドサドサと袋に部屋の物を詰ながら先輩と呼ばれた男が作業を進める。


小さな一人暮らし用のテーブルの作業にとりかかった時、汚いテーブルの上からヒラヒラと説明書が落ちる。


『 ミニールについて

・この度はお買い上げありがとうございます。安全に使用していただくために用法、用量を守りください。

本品 一回の服用につき身体を服用分縮小できます。

添付スポイトのメモリに従いご利用ください

開封後の返品はできません。

また、ご利用にあたり、

縮小後の落下、水難事故、飢餓、脱水、高所となった家具からの遭難が多発しています。

広く安全で、かつ周囲に十分な水分・食料を置いて服用ください。周囲に知らせる目印も有効です。


元に戻る際には別売品『モドール』をお求めください。』


落ちた説明書きを先輩が拾い、袋にひねりこむ。

「おい!さっさと作業進めろよ!床の干からびた人形もゴキブリと一緒にさっさと片付けちまえ!」



「はいはーい。よいしょっと。人形さん、バラバラにしちまってわりぃな、この虫も一緒に入れてやるから仲良くしな。」


男はちり取りでさっさと虫と干からびた破片を集め、ごみ袋に捨てた。








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