狂人二人
PM 22:44
「うーん。こんな感じでいいかなー?」
崖から移動した
彼女の視線の先にあるのは木の枝からロープで吊るされた
モズの早贄なのか、それとも飼い猫が狩ってきた生き物を飼い主に見せびらかしに来るようなモノなのかあるいは全然別の理由があるのか、そんなことは全く分からない。
ただ殺した
悪趣味極まりないことをしているとしか言いようはないが、どうやら彼女自身はその行動の出来栄えについてそれなりに満足しているらしく、「やり切ったな」という表情を浮かべていた。
「……、
「うわぁっ!? び、びっくりしたぁ……」
辺りに響く虫の鳴き声に紛れて突然聞こえてきた人の声に
位置関係から考えれば
そんな
肩を、ひざを、唇を、小さく震わせながら
近づけば近づいただけ、死した
まともな神経の持ち主ならば、迂闊に近づきたいと思えなくなるようなニオイが漂っているというのに、
それはある種至極当然ではあった。
何せ、今目の前に吊るされているのは
決着も、結末も、死に際も、何一つ見届けることが出来なかった。
望んでいたことが何一つ得られないまま、ただ既に死んでしまったという結果だけを突き付けられている。
絞殺されたのか、死んでから吊られたのか。喉元に開けられた穴とそこから滴る血が原因なのか、それとも腹部に広がる強烈なうっ血痕が原因なのか。
もちろん想像して推定することは出来る。
だけれどそれはあくまで想像して推定できるというだけの話だ。
違うのだ、
自分の手で殺したかったなんて贅沢を言うつもりは毛頭ない、ただ純粋に
どうして目の前で死んでいってくれないのかと、恨み言の一つも言いたい気分だった。
これじゃあ分からない。
死に際に絶望に支配されて無様に命乞いをしながら死んでいったのか、それとも自らの死に納得して逝ったのか、あるいは最期の最期まで足掻きに足掻いて花火のように散っていったのか、何も、何も分からない。
どうして……?
どうして……?
どうして……?
どうして、一番最期のおいしいところが手に入らないのか。
「ずるいよ、ずるい……。今まで私がずっと手塩にかけてあなたの絶望を育ててきたっていうのにっ!! なんで、私の目の前で死んでくれないのっ!!」
常人には全く理解できない悲嘆の言葉が飛び出した。
嘘偽りのない心の底からの悲痛なる叫び。
お気に入りの大きなフルーツパフェの大好きなイチゴを最後に食べようと取っておいたら急に向かい側に座っている他人に横取りされたような、そんな気分を味わわされていた。
失望と絶望に苛立ちが募る。
その苛立ちは次第にふつふつとした怒りになって腹の底を沸き立たせてくる。
「ねぇ……、
そして奇遇なことにサンドバッグに使えそうな相手は今丁度近くにいる。
「よく分かったわねぇ。そうよぉ、その人は私が殺しちゃった。でもね、思ったより弱かったからちょっと退屈だったわぁ」
違った。
近くにいたのは関係ないサンドバッグ候補ではなかった。
表情が怒りに満ち満ちた剣呑なモノへと一気に染まる。
鬼の形相とはまさにこのことか。
「それならさぁ……、あなたが
強烈な憎悪を滾らせる
狂人二人。
奇妙なことにお互いの利害は一致している。
「いいっ……!! それ、すごくいいわぁ……!! 素敵な敵意にうっとりしちゃうっ!! 沢山沢山愉しみ合いましょうね?」
「愉しむのは私だけで十分よっ!! あなたには
トンッと
が、しかし誤算もあった。
それは
握り込まれた拳が
ドパンッ!! と派手な音がなった。
バシャバシャと辺りに水滴が弾ける。
「水の膜ねぇ」
拳が直撃する直前に
ただそれでも
「それじゃっ、もう一発っ!!」
たたんっ、と軽くステップを踏んで再度拳を握りしめて、肩を引く。
その動作に合わせて
水の膜で防御できるといっても、完全に威力を殺し切ることは出来ない。
目も鼻先も口も頬だって、殴られたら衝撃相応の痛みを貰う。
だからガードを固める必要がある。
非常に分かりやすい防御反応。
対して
またしてもドパンッ!! と水が弾ける。
拳を受けた腕の骨がビリビリと痛んだ。
これならばいける。
このまま組み付いて窒息させてやれる。
すっと素早く拳が引き戻されると同時に展開していた水の膜がバリバリと音を立てて氷結していく。
ベリッと素肌についた水の膜が薄い氷の膜へと書き換えられていってしまう。
燃えるような痛みが走った。
「……っ!?」
思わず絶叫しようとして、だけれど口をまともに開くことも出来なくて、思わずぎょろりと目を剥いた。
気が付けば視界が白い何かでばっつりと遮られてしまっている。
「相性が悪かったわねぇ」
顔の前で防御姿勢を取っていたはずの腕が全く持って動かない。
素手で製氷機から氷を取り出したときのような冷たさが腕全体を覆いつくしていてひどくひどく痛かった。
「強すぎる力っていうのも考え物よねぇ」
真後ろからのそんな言葉と共に、しゃりりっとステップを踏むような足音が耳に妙に良く聞こえた。
「ばーいばいっ!!」
ドゴッ、ガゴッ、ドガッ、と背後から後頭部へ向けて幾度も幾度も握り込まれた拳が振るわれる。
腕と顔をすっぽりと覆い隠した氷の板に思い切り叩きつけるようにして。
「あっ……、がぁ……、おごっ……、ごっ……、ぉぉ……」
空気を多分に含んで白く氷結した氷の板に血飛沫が塗りつけられ、鮮やかな赤へと染められていく。
人間の後頭部を握り拳で何度も何度も殴打したらば殴った方も痛いだろうに、
まるでその痛みによって生を実感しているみたいに笑いながら……。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます