第22話 帰還者の鍛冶師

「――マオト君、換金できたわ。はい」


 インディは報酬金をテーブルに置いて差し出した。

 異世界ファンタジーなら布袋などに金貨になるだろうが、現実世界では当然ながら現金通貨による支給だ。

 少し味気ないけど、俺は茶封筒を受け取るとその場で中身を確認する。


 正直驚いた。


「おおっ! こんなにお札が……インディさん、いくらくらいなの!?」


「他の冒険者に聞かれてら妬む人もいるから、あまり大きい声は出さない方がいいわよ、マオト君……50万円くらいの報酬金ね」


「ご、50万……ハハハ、マジで? こんな高額、初めて受け取ったよ」

 

「回収した『魔核石コア』の大きさと質によるわ。ミノタウロスの場合、だいたい40万前後で取引されるのよ。あとは他のモンスターと、これまでマオト君が小ダンジョンで獲得した分の金額ね」


 補足すると、『奈落アビスダンジョン』のモンスターは質が良く、同じモンスターでも小ダンジョンで獲得する『魔核石コア』より高額で売買されるとか。

 そして回収された『魔核石コア』は、ギルドから国が指定する公共団体へと受け渡し、何かしらのエネルギー資源や半導体のような需要の高い物質に変換されるらしい。

 立派に国民の生活を守る国益に繋がっているという。


「うん、これで姉ちゃんに借金していた『駆け出し冒険者セット(税込み10万円)』も返せるよ! それと新しい剣や盾、あと装備も揃えられそうだ!」


「……今のマオト君に『盾』いる?」


「え? どういうこと?」


 控え目に聞いてくるインディに、俺は首を傾げた。


「これだけ防御力VITが高くて、技能系スキルも充実しているわ。あとユニークスキル……前にも言ったけど、盾役タンクとしては中級ランク以上の冒険者よ」


「でも俺、盾役タンクだから『盾』がないと可笑しくない?」


「そんなことないわよ。基本は自由だからね。下手に低スペックの『盾』を装備するより、別の武器や防具で補った方がコストも掛からないし邪魔にもならないと思うわ」


 なるほど……そういう考え方もあるか。

 要は『盾』を浮かした分、より強力な武器や防具に費やした方がいいって話だな。

 ここは俺だけの新境地、『盾役タンク道』を極める意味でもありかもしれない。

 

「うん、検討してみるよ。アドバイスありがとう、インディさん」


「お礼なんていいわよ。私はキミの担当なんだからね、マオト君。フフフ」


 柔らかく微笑を浮かべる、インディ。

お互い打ち解け合ったこともあり、なんだかいい感じになった。

 彼女も癒し系で面倒見の良いお姉さんって感じだから話していて楽しい。



 それから報酬金を《アイテムボックス》に収納し、俺は受付を後にした。

 ギルドを出て、すぐ姉の美桜と合流する。


「じゃあ、真乙。これから『鍛冶師スミス』に会いに行くわよ。話はつけてあるからね」


「うん、姉ちゃん。思ったより報酬金が貰えたから後で借金を返すよ。そういや、姉ちゃんも前回の『モンスター行軍マーチ』のクエストで、どれくらい報酬が貰えたの?」


「ん? ああ……あんなの無償よ」


「無償!? あれだけ活躍したのに、ただ働きだってのか!?」


 だって、たった一人で50匹のミノタウロスの群れを殲滅してたじゃん!?

 俺の反応に、美桜は溜息を吐きながら「まぁね」と首肯した。


「……『零課』絡みだからね。仕方ないわ……その代わり、インディが真乙に《隠蔽》スキルを与えた件は黙認してくれたし、その後も色々と便宜を図ってくれているわよ」


 姉が言う便宜とは、俺の個人情報が漏洩されているという電子掲示板サイト『キカンシャ・フォーラム』に特殊公安警察から厳重な注意喚起され、現在は完全に削除されとことである。

 ちなみに俺が撃退した「名倉 大介」という盗賊シーフは、サイトの会員である“帰還者”のIDを盗み認証を誤魔化すため、自分のスキルで指紋までコピーしていたらしい。

 本人に成りすまして閲覧する中で、俺の情報を見て「銀行強盗に使える」と考え目を付けたようだ。

 

 まったく異世界で習得したスキルを現実世界で悪用すれば、とんでもない事態に発展してしまう。

 住民の生活を脅かすどころか、事件が起こったことさえわからず闇に葬り去れるかもしれない。

 それこそ最大のテロリズムとなり得る。

 だから『零課』という異世界の“帰還者”を監視し粛清する組織が存在するのだろう。



 それから俺は美桜に連れられ、ぽつんと離れた場所で建てられている小屋へと向かった。

 幾つもの煉瓦で敷き詰められた、がっしりとした建築物。

 三角屋根の真ん中にある煙突から、もくもくと煙が上がっている。

 看板には「アゼイリア工房へようこそ」と、日本語で書かれている。


「ここが『鍛冶師スミス』がいる鍛冶屋かい?」


「そうよ。週末しか営業してない超穴場よ。お姉ちゃんの武器や防具もここで手入れしてもらっているわ」


 ほぅ……勇者ミオ様のお墨付きか。

 相当腕のいい鍛冶師スミスなんだろうなぁ。


 美桜は扉をノックし「入るわよ」と声を掛ける。

 俺は胸を高鳴りながら、一緒に店内へと入った。


 室内はギルドと同様にカウンター・テーブルが設置され受付場となっている。

 奥側の部屋は工房となっており、鉄などを溶かす炉が設置され様々な工具類が並んでいた。


「いらっしゃい。ミオちゃん、その子が弟くんね?」


 受付のカウンターに一人の女性が立っていた。

 モデルのような、すらっとした身長を持つ美女。

 長い赤髪を後ろに束ね、白肌の額にはゴーグルが嵌められていた。

 エプロン越しからも、豊満な両胸に抜群のプロポーションがくっきりと浮き出されている。

 俺と美桜より、年上でインディさんと年齢が近そうな感じだ。


 女性は俺の姿を見て、愛嬌よく微笑んでいる。

 明るい雰囲気を持つ美女だと思った。


 この女性が鍛冶師スミスか……って、あれ?

 俺、どっかでこの人とあったことあるぞ……。


「そうよ、アゼイリア先生。弟の真乙よ、今後ともよろしくね」


「あっ、よろしくお願いします!」


 俺は美桜に肘先で突っつかれながら、「ほら、挨拶しなさい」と促され、慌てて頭を下げる。


「よろしくね、マオトくん。私はアゼイリア。この鍛冶屋の『鍛冶師スミス』よ……って、どうしたの? 私の顔、不思議そうに見つめて……どっかで会ったことある?」


「いえ、なんか見覚えがあるような……すみません。人違いです、はい」


 あるわけないよな……こんな見事なまでに染まった派手な赤毛美女と。

 アゼイリアって名前だって、もろ外人みたいじゃないか。


 いや待てよ?


 その時、美桜は俺を凝視しながら、わざとらしく咳払いをしてみせる。


「――ああ、そういうことね……アゼイリア先生、弟は先生の正体が、私の担任教師だってことに違和感を覚えているみたいね」


 何? 姉ちゃんの担任教師?


「ああ、ミオちゃん話したのね? 普段、私はキミのお姉さんが通う『黄昏高等学校』の教師だからね。この髪の色や名前は異世界に『転生』した時のモノだから気にしないでね。こう見ても普段はちゃんと理科の先生しているんだからぁ」


 思い出したぞ!

 

 ――天堂てんどう 紗月さつき


 来年、俺が進学する『黄昏高校』で出会う理科の先生だ!

 高校では明るめな茶髪だったから気付かなかった……。


 そういや姉ちゃんの担任だったな。

 いつも明るくて、どの生徒にも分け隔てなく接する性格から人気が高かった教師だ。

 未来の俺も紗月先生に好印象と憧れを持っていたっけ。


 まさか、先生が異世界の“帰還者”だったとは――。


「……真乙が私と一緒にタイムリープしたことは誰にも内緒だからね。今後は気を付けること!」


 美桜に小声で厳重に注意されてしまう。

 俺は「……ごめん」と呟いた。


 その紗月先生、いやアゼイリアは「フフフ」と明るく笑っている。

 

「ミオちゃんから話は聞いているわ。剣と盾を造ってほしいんだって?」


「はい。けど今回、盾の方はいいので、『剣』を優先して造ってもらえませんか? これを素材にして――」


 俺は《アイテムボックス》から「ミノタウロスの片角」を差し出した。

 アゼイリアは素材を受け取ると、「ふむ」と頷いている。


「見事な角ね。これはいい剣が造れるわ……片手剣ブロードソードサイズになるけど、いい?」


「はい、大丈夫です! お願いします!」


「わかったわ――500万円よ」


「え?」


「剣に造り替えるのに、500万円の費用が掛かると言ったのよ」


 いや先生……高すぎだろ?


 ぼったくりじゃね?

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