第16話 モンスター行軍

「――おい! 幸城の坊主、しっかりしろ!」


 俺が意識を取り戻すと、傍にはコンパチのおっさんとパーティの冒険者達がいた。

 大怪我をしていた女性の姿はない。


「……コ、コンパチさん? 俺ぇ、どうして?」


「お前、魔力切れを起こして倒れていたんだよぉ、ほれ!」


 言いながら地面で寝そべる俺に向けて、『MP回復薬エーテル』の小瓶を見せてくる。

 どうやら魔力不足で意識を失った俺を介抱してくれたようだ。


 俺は起き上がり、《鑑定眼》を発動させる。

 自分の魔力MP値が全回復していることを確認した。


「すみません……貴重なアイテムを俺のために……」


 何せ安価でも1000円はするからな。

 

「なぁに、俺らだって助けられたんだ。ほれよ」


 コンパチは、掌では収まりきれないほどの大きい『魔核石コア』を俺に渡してきた。

 それと、もう一つある。


「ミノタウロスの角だ。これもお前の戦利品だぜ、幸城の坊主」


 魔法攻撃でへし折った覚えがある、『片角』も回収してくれた。

 俺は《アイテムボックス》を出現させ、有難くそれらを保管する。


 ちなみにモンスターが残した角や体の一部などは素材として、『鍛冶屋スミス』に頼むことで武器や防具、装備アイテムに作り替えてくれるらしい。


「ありがとうございます……何から何まで」


「だから気にすんなって言ってんだろ? しかし凄ぇな……レベル10で本当にミノタウロスを斃しちまうなんてよぉ。しかも魔力切れ以外はノーダメージだったぞ」


「はぁ、鍛えていますから……ハハハ」


 俺が愛想笑いすると、コンパチと仲間達も釣られて笑っている。

 ようやく緊張感から解放されたのか、和気藹々とした雰囲気。


 でも、コンパチのおっさん……。

 俺なんか放置してそのまま逃げることもできたし、気を失っているうちにアイテムだって持ち去ることだってできたのに……わざわざ助けてくれるなんて。

 近所じゃろくに定職に就かない癖に羽振りの良い、謎のニートおっさんだとか言われているけど、とても真っすぐで義の厚い“帰還者”だ。

 おかげで、かなり見る目が変わってしまった。


 ――これが冒険者か。

 なんかカッコイイよなぁ……。


 その時、コンパチとパーティが持つスマホのバイブレーションが同時に鳴った。

 

「ギルドからの緊急警報通知だ。幸城の坊主、お前も確認しろ」


「は、はい」


 言われるがまま《アイテムボックス》から、自分のスマホを取り出しアプリ画面を確認する。



【ギルドからの緊急警報】

 只今、「中界層」に出現したミノタウロスの群れによる『モンスター行軍マーチ』が発生中。

 現在、上階層を目指し進行していると思われます。

 レベル40以下の冒険者及び、「初界層」にいる者達は早急に撤退してください。



「な、なんだって!? コンパチさん達が遭遇した連中が、こちらに向かって来ているってのか!?」


「その通りみたいだ! 俺が見たとこ、ざっと50匹以上はいたからな! 『中界層』じゃ、まずあり得ねぇ光景だったぜ!」


 ご、50匹!?

 一匹を相手しても、この有様だってのに……マジかよ。


 俺達が驚愕する中、奥側から他の冒険者達が必死の形相で走ってくる。


「お前ら、何やっている! 緊急警報を見なかったのか!? 既にミノタウロスの群れが20階層まで降りているぞぉぉぉ! とっとと逃げねぇと、ガチでやばいってぇぇぇ!!!」


 通り過ぎる間際でそう言ってきた。


「幸城の坊主よ、今度こそ逃げるぞ! 俺らの手に負える事態じゃねぇ!」


「わ、わかったよ……うん」


 俺は未だ状況が呑み込めないまま立ち上がる。

 『猪突猛進レックスラッシュ』の称号が機能しないほど狼狽していると実感した。

 

 もっと俺に力があれば……何故かそう思えてしまう。


「――あら、真乙じゃない? まだ5階層にいたのね」


 不意に下層側から聞き覚えのある声が耳に入った。

 視界を向けると、仄かに宿る光の中から悠然と誰かが近づいて来る。


 白マントを羽織った騎士風の美少女だ。

 すらりとした身長に抜群のボディラインに沿って密着された純白の鎧は、黄金色の装飾で鮮やかに縁取られている。

 その手には、煌々と青色の光輝を発しているバスタードソードが握られている。

 結構な重量がありそうだが、美少女は華奢な片腕で軽々と持っていた。

 ポニーテールに束ねた長い髪、知的な切れ長の双眸、全体的に凛とした雰囲気を纏わせている。


 てか、この美少女って……。


「姉ちゃん?」


 そう、姉である『幸城 美桜』だ。

 眼鏡を掛けてないので、パッと見た感じでは気付かなかった。


「……タ、刻の勇者タイムブレイブッ!?」


「コンパチさん、お久しぶり。やっぱり帰還していたのね?」


「い、いやぁ……その節は異世界を救って頂きありがとうございます」


 40代のおっさん達が、僅か16歳の少女に深々と頭を下げみせる。

 なんともシュールな絵面だ。


「別によ。どうやら弟が世話になったみたいね……ありがと」


「いえ、まさか弟さんも“帰還者”だったとは知りませんでした、ハイ」


「真乙は違うわ。私の眷属として傍に置いているのよ」


「なるほど、どうりで……よくできた弟様でございます」


 俺の時とは明らかに態度が違う、コンパチのおっさん。

 仲間の冒険者達も美桜を前にして背筋を伸ばし、やたらと畏まっている。


 これが「勇者ミオ」と呼ばれる姉ちゃんの姿か……初めて見た。

 如何にもそれっぽくて、超カッコイイ。


 いや、それよりも。


「姉ちゃん、大変だぁ! もうじき、ミノタウロスの群れが上がってくれるってぇ!」


「ああそれね――既に私が斃しておいたから大丈夫よ」


「はぁ?」


 美桜の話によると、彼女は自分のユニークスキルで20階層まで瞬間移動し、たった一人で50匹のミノタウロスの群れを殲滅させたらしい。


「――早速、インディの本当・ ・の上司に討伐を依頼されてね……相変わらず人使いが荒いったらありゃしない……だから関わりたくなかったんだけど」


 受付嬢のインディか。

 俺に《隠蔽》スキルを与える際、そんなやり取りをしていたっけな。

 一体、どんな人物なのだろう……。


「じゃあ、もう脅威は去ったってことだよな?」


「そっ。だから、とっとと帰りましょ」


 思わぬ形であっさりと解決し、俺は美桜に促されて『奈落アビスダンジョン』から出ることにする。


 やっぱ、姉ちゃんは凄ぇ……レベル65(隠蔽)の勇者は伊達じゃない。



「それじゃ俺らはこの辺で……幸城の坊主、いやマオトと呼ぶぜ。またな、何か困ったことがあったら、いつでも相談してくれ」


 トロッコ列車から降りた直後、コンパチとパーティ達は手を振って離れて行った。

 大怪我をしていた女性も全回復しており、俺に対して「ありがとう、キミは命の恩人よ」とお礼を言ってくれる。

 なんだか恥ずかしく、とても嬉しかった。


「……姉ちゃんのユニークスキルって『時間操作』系っぽいけど、実際はなんなの?」


「真乙でも秘密よ。けど、真乙がコンパチさんと一緒だったのは意外だったわ」


「たまたまね……異世界であの人と会ったことあるの?」


「ええ、同じ災厄周期シーズンにね……彼は敵が強力すぎて途中で断念して、普通の冒険者になったけど、見かけによらず面倒見がよく人望もあったと思うわ」


 なんでも異世界の転生者と転移者は、全員が必ず「勇者」となるわけではないらしい。

 使命を全うするかどうかは、本人の自由意志だそうだ。

そして災厄周期シーズンが終わると、活躍したかしないに関係なく、女神アイリスから現実世界に帰還するか問われるのだとか。

 希望した者のみ、“帰還者”として元の現実世界に戻ることができるという。


「真乙、レベル上がっているわよ? 更新しないの?」


 帰り際、美桜に指摘を受ける。


 すっかり忘れてたわ……色々ありすぎて。

 どれどれ……。


 おおっ、レベル12に上がっている!

 これまでの筋トレを含め、格上のミノタウロスを斃したからだ。


 お、おや……これは。


「――SBP:250。多すぎだろ……ハハハ」


 俺もまだまだ強くなりそうだ。

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