第4話 近所のダンジョン

 あれから三日ほど経過した。


 《試練強制アンローギアス》の効果は継続されている。

 だけど痛みが消失したこともあり、普通に歩けるまでになった。

 できるだけ部屋から出て、階段を往復するなど筋肉に負荷をかけて過ごしてみる。



 さらに五日が経過した。


 普段通りに生活が送れるまでになった。

 外出してジョギングなどして運動メニューを増やしていく。



 それから七日が経過した。


「――お兄ちゃん、なんか痩せたよね?」


 妹の清花きよかが声を掛けてきた。

 中学二年生の14歳。今にも未発達そうな小柄で華奢な身体つき。

 姉の美桜が凛として完璧だけに、彼女もしっかりと血統を受け継いる美少女だ。

 黒髪のショートヘアで目尻が垂れた優しそうな顔立ち。


 現に性格も優しくて、こんな駄目兄貴にも心配してくれて声を掛けてくれる。

 それは未来でも変わりなく、地元で主婦をしながらも時折連絡してくれたこともあった。


 にしても痩せたか……。

 あれから体重も30キロは瘦せたが、まだ100キロもある。

 極デブにとって30キロなんて「あれ? 一回り小さくなったんじゃね?」程度だ。


 それでも俺は可愛い妹にニコっと笑って見せる。


「最近ダイエットしてんだ。見てろ、兄ちゃん、スマートになってカッコよくなるからな」


「あはっ。どうだろうね……お兄ちゃん、お父さん似だから」


 そう。

 美桜と清花は美人で有名な母親似である。

 しかし俺は純朴で平凡そうな父親似だと言われている。

 

 なので痩せたからって、ラノベのようにイケメンでカッコよくなれる保証はどこにもない。

 きっと親父に瓜二つとか言われる程度だろう。


 けど豚とか言われるよりマシな筈だ。


 どの道、今の容姿じゃ誰も見向きもされない。

 永遠に罵られ馬鹿にされたままだ。


「それでも俺は変わるんだ……変わってみせる。今に清花にとって自慢の兄ちゃんになってやるから待っていろ」


「う、うん……(なんだろう? お兄ちゃん、少しカッコイイ)」


 それから部屋で筋トレしていると、誰かがドアをノックする。

 部屋に入ってきたのは、美桜だった。


「真乙、順調にレベリングしてる?」


「ん? まぁ……痩せてはいるかな。けど、あれからレベルが二つしか上がらない……今はレベル5だよ。スキルも習得してないし……普通ゲームとかだと、レベル10まではあっという間だよね?」


「きっと戦闘してないからだと思うわ。レベリングにはモンスターと戦うのが一番手っ取り早いからね」


 モンスターか。

 そりゃ現実世界じゃいないわな。

 誰かと喧嘩するわけにもいかないし、このままちまちまと筋トレを続けるしかないか……。


 俺は体を動かしながら考えていると、美桜の唇から思わす言葉が飛び出した。


「――だったら、ダンジョン行っとく?」


「はぁ? 何、気軽にコンビニに行くような誘い方してんだよ? そもそも日本にダンジョンなんてあるわけないだろ?」


「……あるわよ。伊能市ならね……ああ、でもレベル10じゃないとギルド登録できないか。今のペースだと夏休み明け、下手したら年明けになりそうね」


 姉ちゃんってば、さらりと重要なことを言ってきたぞ。

 ギルドって……あのギルドだよね? 

 冒険者達が集う的な……あんの? この現実世界に?


「姉ちゃん……ここ本当に15年前の現代なのか? まさか違う次元の別世界パラレルワールドじゃないだろうな?」


「ちゃんとした私達の世界よ。ただ以前から“帰還者”しか知らないネットワークやコミュニティは存在しているわ。ダンジョンとギルドもその一つよ』


「じゃ普段は、そのギルドがダンジョンを管理しているのか?」


「まぁね……おいおい知ることになるわ。真乙はもうこちら側・ ・ ・ ・だからね」


 時折、言葉を濁してくる、美桜。

 そういや深く探らない方がいいとも言っていたな。

 なんでも「怖い人達」に目を付けられるとか?

 ここは信頼する姉に従おう。


「……わかったよ。それじゃ、他にレベル上げに最適な方法とかない?」


「二つの選択肢があるわ――①レベルの高い“帰還者”と戦闘すること。②ギルドが管轄していない『小ダンジョン』に潜ること」


 “帰還者”と戦うだと?

 つまり姉ちゃんと……いや駄目だろ、相手は勇者でレベル65、しかも偽装してんだよ。

 レベル5の俺なんかじゃ瞬殺だよね?


 てことは②が無難だよな。

 けど『小ダンジョン』って何?

 

「姉ちゃん、とりあえず②でお願いしやす。けどギルドが管轄していない小ダンジョンって?」


「行けばわかるわ。私もついて行くけど、真乙の場合は装備が必要ね」


「装備? ああ武器とか鎧ね……ってどうすんの?」


「普通ならギルドで購入するか、鍛冶屋に直接作ってもらうかね。けど『小ダンジョン』は超初級で大したモンスターはいないから最低限の武器でいいわよ」


「例えば?」


「……包丁とかかな」


 包丁って……なんか嫌だな、それ。

 持ち歩いているだけで不審者と間違われそうだ。


「姉ちゃん、あれは駄目かな?」


 俺は部屋に飾ってある『木刀』に向けて指を差した。

 中二の修学旅行で購入したお土産だ。

 ぼっちの俺は嫌々ながら班に入れてもらった連中に、欲しくもないのにウケ狙いで買わされた黒歴史の一品である。


「いいんじゃない。防具系はどうするの?」


「鎧は無理だよね。防御力VITは三桁だし、ジャージでも着ていくよ。あとは盾だけど……」


「シールドね……ちょっと待って」


 美桜はそう言うと部屋から出てドタバタと階段を下りた。

 1階の台所にいる母さんに向けて「ねぇ、いらないフライパンとかある?」と聞いている。


 フ、フライパン!?


 三分後、美桜は俺に部屋に戻ってきた。

 その手には焦げて使えなくなった『フライパン』が握り締められている。


「真乙、これで装備が揃ったわ! さぁダンジョンに行くわよ!」


 ドヤ顔で言ってきた。


 姉ちゃん……雑じゃね?



 それから美桜と二人で外に出た。


 フライパンは鞄に隠せるからいいけど、木刀は露出してしまう。

 けどすれ違う通行人、特に大抵の男達は隣で歩いている美桜に見惚れ、俺にはガン無視だったのが幸いだった。

 

 数分ほど歩き、ある場所へと辿り着いた。


 ごく普通の一軒家。

 しかし門扉には頑丈な鎖で縛られており、針金で括りつけられた看板には「立ち入り禁止」と赤字で書かれている。

 なんとも禍々しい雰囲気に包まれた住居。


「……姉ちゃん、ここって?」


「真乙も知っている『呪いの家』よ」


 ああ、知っている。

 俺が小学生の頃、一家心中したっていう曰く付きの建物だ。

 相当無残な姿で発見されたのか、未だに買い手が見つからない事故物件。

 地元の若い連中の間では、肝試しの心霊スポットとして有名な場所でもあった。


「こ、こんなところにダンジョンとかあるの? モンスターとかいるのか? まさか幽霊を相手にするとか……」


「百聞は一見に如かずね。入りましょう」


 美桜はあっさりとした口調で言うと、軽々と門塀を飛び越えた。

 流石、勇者様。大した身体能力だ。


 などと褒めている場合じゃない。

 俺は飛び越える自信がないので、よじ登る形で門塀を越えた。


 玄関の鍵は開いており、ドアを開けて堂々と侵入する。

 靴を履いたままリビングへと向かった。


 まだ昼時もあって、室内は陽が差して明るい。

 幽霊とかは出なさそうだと思い、少しだけ安堵した。


 美桜は一人で台所まで行き、不意にしゃがみ込む。

 丁度、床収納がある場所だ。


「真乙。これからダンジョンの門を開けるから、今のうちに武器を装備しなさいよ」


 そう言うと、美桜は床収納の蓋を開けた。

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