第6話 前時代的権威?


 翌朝。

 ホームルームの担任が去ったのを十分に確認したのち、小桜は再び教壇に立った。

 またかという視線に、小桜は平然と見返す。

「取扱い注意の情報だ。絶対的に気をつけて欲しい」

 そう口火を切った小桜に、ブーイングが湧く。「なにを大げさな」という非難なのだ。とにかく、同じクラスにいながら、こいつらは漏れなく扱いにくい連中なのである。


「県の上層で密かに具体化されている話だ。政木高と政木女子高を共に共学化する話が持ち上がっている。当然といっていいが、敷間高と敷間女子高もだ。過去にもこういう話は持ち上がったが、持ち上がった数だけOB、OGに潰されてきた。だから、極秘で進んでいる話だ。

 で、知ってしまった以上、俺はお前らに知らせる義務があると思った。その上で、生徒会に知らせ、OBたちに知らせてもらうかどうか、俺たちとしてどうするか、相談させて欲しい。俺個人としては手に負えない」

 教室は静まり返った。


「最初にそもそも論なんだが……」

「なんだ、仰木?」

「共学で悪いことはあるのか?

 そもそも、共学が自然なんじゃないのか?

 男子高、女子高という前時代的権威の象徴は無くしていくべきだと言われたら、少なくとも俺は反論できない」

 仰木の意見に、何人かが賛同の頷きを見せる。


 小桜は教壇の上から反論した。

「だが、少なくとも、今の俺たちは自由だ。この自由さが、共学になっても保たれると思うか?

 OBたちが共学化に反対するのは、この自由さが卒業したあとは二度と得られないものだからではないのか?」

 小桜は、昨夜聞いた恵茉の論理をそのまま話す。

 受け売りとはいえ、自分自身で消化し、納得はしている。


 これには、仰木も即座に反論できない。

 そこに、今度は竹塚が声を上げた。

「例えばだが、俺らは応援歌、『青藍』を歌う。校歌以上に長く、100年を超えて歌い継がれてきたものだ。その歌詞を見ろ。女子は歌えない。で、そういう伝統を失ってなお、俺たちは俺たちでいられるのか?」

 その声で、さらに教室は静まり返った。


 どう考えても、「青藍」は女子の歌える歌詞ではない。

「自らを獅子とうそぶき」「来たらん戦に向かいつつ」「鍛えし腕を君や見よ」。どれも男子だからこそ歌える歌詞である。

 対面式を経て今や全員が歌える歌であり、イベントでは必ず歌われる校歌以上の学校のアイディンティティである。もちろん、自分の人生に折り目に触れて歌われることにもなる。結婚式などでも、同級生が3人集まれば歌われるのである。

 それを今の彼らは知っている。


 そこで、ふんぞり返って座っていた三城が口を開く、

「俺ら、内部の人間だぞ。小桜、戦う相手は外だ。仰木、お前はどう思うんだ?

 内外超えて、別学校を前時代的権威と言い切れるのか?

 外は外、内は内だ。内の人間が内の事情で動いてなにが悪い?」

 立て続けの質問に、仰木は平然と返した。


「三城、俺は言い切れるぞ。内でも外でも、これが前時代的権威であることに変わりはない。お前らの悪い癖だ。感情を満たすためなら、どんな理論でも構築してしまう。なまじ地頭がいいからその理論も一見完璧に見える。だが、その根っこは感情論だ。そんな理論もんで、権力と最後まで戦えるはずないだろ。

 竹塚。お前だって、女子が入るんだからと、『自らを白百合とし』『来たらん試練思いつつ』『学問の成果や見よ』とかあたりで、2番あたりにねじ込めば問題ないのはわかるだろう?

 歌詞を足すこと自体も、だ。総理になった何人目かのOBが、替え歌詞作ったのもあったはずだ。『大宇宙』がどうのうこうのと、妄想中二が作ったようなの。あれだって否定されていないぞ」

 クラス中がしんとした。


 仰木の言うことの方が論理が通っている気がする。自分たちの思いを感情論だと決めつけられ、その反論もできずに巨大な敵に勝てるはずがない。

 考えてみれば、情報を得た政木女子高がその扱いに慎重になった理由もわかろうというものだ。ここでのと同じような議論となり、戦略が見いだせていないのかもしれなかった。


「定員が今のままで共学化していたら、俺、この学校入れなかったしなぁ」

 しみじみと佐藤が語り、全員がなんとなく笑ったところで朝の話し合いは時間切れとなった。

 継続審議となったのである。



 その日、朝の議論はクラスの面々によほどのストレスを与えていたのだろう。初めての剣道の授業で、そのストレスは爆発した。もっとも、選択制なので出席したのはクラスの半分だ。残り半分は柔道へ行っている。


 校内の古い剣道場は、大木と言って良い大きさの木々に囲まれている。周囲の舗装は、その木の根で持ち上げられてしまっている。この樹齢は、この学校の歴史をそのまま物語っていた。

 その道場の中心に、クラスの面々が正座している。

 そして、外部講師として来た剣道の教士が、にこやかな表情で教養としての剣道を語った。

 それに、陸上部の佐々木が突っかかったのだ。おそらくは、仰木の言った「前時代的権威」という単語が頭から離れなかったのだろう。


「剣道なんて、今の時代、意味があるんですか?

 強さなら、自衛隊の方が強い。剣道なんかしていなくてもです」

 と。

 それに、口の悪い新村が加勢した。


「いきなり脛でもかっぱらえば、相手が何段でも勝てるじゃないですか。大体、叩くところを叫びながら攻撃するなんて、ナンセンスにもほどがあります。俺なら、『面』と叫びながら、『小手』を狙います」

「新村なら、そんなことに頭を使うより『死ねぇ!』だろうな」

 ギャンブラーの黒崎がまぜかえし、その場の緊張感はかえって増した。

 初老と言っていい教士の表情はにこやかなままだったが、内心でなにかを考えているのは誰でもわかったからだ。


「えーと、佐々木くんと新村くんだったな。それでは私に、君たちの言う有用な剣道を教えてくれ。いいや、30年やっていても未だにわからない私に、言葉ではなおわからない。だから、実際に見せてくれればいい。

 怪我をしないように防具はきちんと付け、5分でいいから試合を見せてくれ。なに、そこまで言ったんだ。簡単なことだろう?」

 そう言われて、佐々木と新村は引っ込みがつかなくなった。


 師範の教士は手早く2人に防具の着け方を教え、2人はクラスの面々が見守るなか、竹刀を持って向き合った。

 だが、2人とも、戸惑いが大きいのは立っている姿を見るだけでわかる。竹刀をどう持っていいかすらわからないのだ。

 その2人に教士は容赦なく声を掛けた。

「始め」

 と。


 ※

 もちろん、この教士が自分の道場でこんなことをさせるはずもないっ!

 あまりに乱暴な対処なのだが、これにはそれなりのきちんとした理由があるのだ。

 こまけーことはともかく、戦いの火蓋は切って落とされた!

 次話、「対戦」。凄まじいまでの血で血を洗わない戦いが幕を開けるっ!

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