人類最強の兵器は異世界で浪漫の夢を見たい

北斗七島

プロローグ

 子供連れや、学生で賑わう声が聞こえる。

 この町唯一の商店街に来ると、休日の昼間である為か、人の多さに驚く。

 だが、俺はインドア人間であるが、この様な賑やかな場所は嫌いではない。

 小さな子供や若い男女。

 楽しそうに行き交うのを見ていると、こちらまで楽しくなる。


(俺にも恋人でも居ればいいんだけど、残念ながら居ないしな、まあ俺は今の自由気ままな生活が気にいってるから別にいいんだけど……)

 

 今現在通り過ぎたカップルを、ちらりと見る。

 羨ましくはある。

 だが趣味に没頭している人間は、割とそういう興味が薄れていく傾向があると思う。

 俺もそんなタイプの人間だ。

 まあ、そんな風に強がってみるが、実際はただ負け惜しみである。

 そんな何でもない俺の普通の人生。

 だが、俺には一つだけ全ての情熱を注いでいるモノがある。

 それはジオラマ製作だ。

 大学を卒業し、生まれ育った地元に戻った。

 そして、それなりに有名な商社に、運よくエンジニアとして潜り込むことができた。

 実家では兄夫婦が親の面倒を見てくれたので、俺は気楽に一人暮らしを満喫している。

 程々に仕事をしつつ、せっかくだから新しい趣味でも始めてみようと思い、初の給料で日本のお城シリーズというジオラマキットを買ってみた。


 これが思いのほか面白い。


 たった三十センチ四方程度の、小さな箱庭。

 そこに自分だけの世界を生み出すのは、何よりも楽しかった。

 気づけば、十年以上も飽きることなく色々なシチュエーションで、ジオラマを作りを続けた。

 そして今日も新しいジオラマセット買うべく、町へと来たというわけだ。


(前のは土台を自然石から型取りして良かったな。 リアリティーを出す為に! と拘って正解だった!)


 先週に製作した会心の作である、ジオラマキットの出来を思い浮かべる。

 そうして暫く、上機嫌に商店街を闊歩すると、アンティークなカフェがある少し古めのビルが見えた。

 ここの二階に、目的である模型屋がある。

 この模型屋は四、五年前に古い玩具屋だったビルが改装された店である。

 アマチュア用の模型だけでなく、プロ仕様の素材も扱っている店だ。

 その品揃の素晴らしさは大型店舗に引けを取らない。


 以前は電車で三十分ほど先にある、隣街の大型ショッピングモールに通っていた。

 だが近場で商品の豊富さから、こちらを利用するようになった。

 模型屋に入ると、奥から若い男性が顔を覗かせる。

 彼は俺の姿を確認すると、穏やかな声で話かけてきた。


「神元さん、いらっしゃい」


 そう言って彼は静かに笑う。

 年齢は二十代後半か三十代前半といったところか。

 静かな物腰とメガネの似合う彼は、緒方君という。

 元は建築事務所で働いていたが、祖父がやっていた玩具店をビルごと譲り受けたそうだ。

 そして元の会社の取引先のツテを使うことで、建築資材も仕入れて本格的な模型やジオラマの専門店を開いたという。

 今時の人としては、珍しい経歴を持つ人であった。

 俺とは同じくジオラマ製作を趣味としていた。

 そのお陰か、なんとなく馬が合った。

 少し年は離れてはいるが、親しい友人と言ったところである。


「緒方君! 早速だけど例のアレ、確認してもいい?」

「いいですよ、でもちょっと大きいから下に置いてあるんですよ。 直ぐにとってきますね」

「待ちます! 待ちます! いやぁー楽しみだなぁ」

「その気持ちすごく分かります」

「だよね!」

「新しいものを手にするワクワク感っていいですよね。 今お茶もお出しするんで、ちょっと待っていてもらっていいですか?」

「うん、ありがとう!」


 そう朗らかに会話をすると彼は店の奥にある階段で降りていった。

 ふと店内を眺める。

 店の壁面に並べられた棚には発砲材や大小様々なボード、石膏用の粉末素材などが積まれた欄やアクリルケースに入ったミニュチュアサイズの様々な模型が所狭しと陳列されていた。


 個人経営とは思えないプロ仕様の品揃えの数々は、妥協を許さない彼の人格を表してるようだ。

 本当にいい店だなぁと思う。

 そうして棚にある蒸気機関車の模型サンプルの構造を観察したりしていると、若い女性がコーヒーを持って奥から現れた。


「神元さん、コーヒーをお持ちしました」

「あ、奥さん、ありがとうございます」


 彼女は緒方君の奥さんで、元々このビルの一階を間借りして、小さなカフェを開いている女性だ。

 今は、アルバイトに店を任せているのか、自らこちらに持って来てくれたようだ。

 彼女の店は、美味しいコーヒーを出してくれると評判のお店で、俺も緒方君も常連となっていた。

 そして、いつの間にか彼と恋仲となっていた。


 一体いつから!

 驚愕したが、たまに緒方君の彼女を見る視線の熱さ。

 楽しそうに話し合う、彼女の姿を思い出して納得した。

 仲睦まじい二人は、去年見事ゴールインした。

 俺も結婚式に呼ばれて二人を祝福した。

 同類と思っていた彼に、ちょっとだけ嫉妬した。

 だが幸せそうな二人を見ていると、そういった嫉妬心も無くなる。

 そして、自分のことのように喜んだ。

 今も二人とは親しくさせてもらっている。


 ありがたいことだ。


 そう素直に思い、コーヒーを一口啜ると、豊かな香りと心地の良い苦味が口に広がる。

 相変わらず、うまい。

 鼻歌でも歌いたくなる。

 上機嫌に残りのコーヒーを飲むと、その様子が面白いのか、奥さんはくすりと笑った。

 少し気恥ずかしくなり、ぐぐっと背を伸ばしてごまかしてみる。

 穏やかなひと時が流れるが、しばらくすると階段を登る足音が聞こえた。

 足音の方を見ると緒方君が、両手に抱えるほどの大きな箱を持って現れた。


「お待たせしました、これがご注文いただいた、ヨーロッパのヴェネツアを再現したジオラマキットです」

「おぉ……」


 緒方君はその大きな箱を店の中心にある机にそっと置いた。

 俺はパッケージの美しい街並みの写真に感嘆の息を漏らす。


「すごいですねこれ、実際の建物を採寸して、家屋の配置も全く同じらしいですよ」


 緒形くんはいつもの物静かな彼には珍しく、少し興奮気味に説明してくれた。

 その説明に少し驚きつつも頷く。


「動画サイトでサンプル見た時からリアルだとは思ったけど、そこまでしてたんだな。 流石天下のストーンランド社製だ!」

「ええ、でもここまで大規模なキットは初めて見ました。 作るの大変そうですね」

「そうなんだよね、かなり大きいから半年はかかるかなぁ」

「出来上がったら、僕にも見せてくださいよ?」

「もちろん良いよ!」


 そんな他愛のない話をしつつ、箱を上から横からと見てみる。

 ほとんど傷もなく丁寧に扱われてたであろうことを確認すると満面の笑みで頷く。


「早速帰って開けるかな。 まずはパーツ精査から始めないとな……」

「そうですね。 また何かあったら言ってください」

「ありがとう! あ、お金渡さなきゃな。 えーと、ひいふうみと、あ、後あそこにある蒸気機関車のプラモも、買っていこうかな?」

「あぁ、蒸気機関車を使ったシチュエーションもいいですね、線路を走る水辺の蒸気機関車……ロマンを感じます」

「そうそう、ロマンを感じるよね! さすが緒方君! 分かってる!」


 二人でうんうん頷いて騒ぐ。

 その様子を面白そうに奥さんは見ていた。

 そして俺が指差した蒸気機関車のプラモの箱を、笑いながら持って来てくれた。


 理解のある奥さんで本当に羨ましい。


 そしてジオラマキットとプラモのお金を渡し、大きな箱に小さなプラモの箱を乗せて抱える。

 ずっしりと両手に掛かる重みに、自然と口元から笑みが溢れる。


「じゃあ行くよ、今日は連絡ありがとう」

「はい、ありがとうございます。 またどうぞ」

「奥さんもコーヒーおいしかったです。 また飲みに来ます」

「ええ、いつでもいらしてください」


 俺は二人に感謝の言葉を言うと、上機嫌に店を後にした。



「ふんふんふーん。 ああー楽しみだなぁ、まずは下地準備して色付けしてから、ダメージ処理の仕方も考えないとな。」


 俺はジオラマキットを抱えて、鼻歌を歌いながら自宅へ続く道を歩いていた。

 これから楽しい時間が待っている。

 そんなことを思いながら、町の中心にある橋を渡っている時だった。


「いたぞ! 橋の方に逃げたぞ!」

「追え! 追え! 絶対に逃がすな!」

「大人しくしろ!」

「うるせぇ! 邪魔だ! どけ!」


 複数の男の、怒号のような声が、後ろから聞こえた。


 なんだぁ? と振り返る。


 視線の先には、黒いパーカーのフードを被った男が、猛然と走ってくるのが見えた。


「え!?」


 ドン!っと言う衝撃が体を襲う。

 視線の端に、こちらを驚愕の表情で指差す、複数の警察だろう姿が見えた。

 一瞬の浮遊感を感じて背筋が凍る。

 うおぉ! マジ!? 落る!?

 落下に驚愕するのは、ほんのわずかな時間。


 ドボン!っという水音と衝撃。

 濁った茶色が、視界一杯に広がる。

 必死に水面から顔を出すと、焦る複数の声が聞こえた。


「誰か落ちたぞ!」

「まずい! 昨日は雨だったんだ! 増水してるはずだぞ!」

「お前は逃げたあいつを追え!」

「おい! 聞こえるか! がんばれ!」


 こちらに、必死に声を飛ばす警察官達が、橋の上に見えた。

 助けてください、と叫ぼうとする。

 だが、鼻と口に侵入して来るのは、砂混じりの水ばかりで声が出せない。

 必死に足をつけようともがくが、思ってた以上に深く水の流れが速い。


(やべぇ、俺、泳げねぇ! マジで息ができない……!)


 だんだんと陸から離れていく。

 服が水を吸って重い。

 腕を必死にばたつかせる。

 体の力が抜け落ちっていくのが分かる。


(死ぬ! ホントに死ぬ!)


 沈みつつある身体。

 途切れそうになる意識。

 必死に手足をにばたつかせる。

 視界の端で、買ったばかりのジオラマセットの箱が、流れていくのが見えた。


(俺のヴェネツアがぁ! ロマンがぁ!)


 必死に手を伸ばす。

 だが現実は無情であった。

 朦朧とする意識中。

 俺は見た。


 水面に撒き散らされていく、ジオラマパーツとプラモデルのランナー。

 水が染み込むことによる浸透圧と、流れによる圧力で箱が脆くなったのだろう。

 あれではどう足掻いても、もう回収は出来はしない。

 その事に、底知れぬ絶望の感情がうずまく。


(あぁ……全部流されていく……俺ももうダメかも……)


 僅かにあった生への渇望。

 その最後の抵抗も、押し寄せる水の流れによって、塗り潰されていく。

 抵抗する力も無くなった身体は、糸の切れた人形の様に沈んでいく。

 ごぼりと、肺に残った最後の空気が、口からこぼれていく。

 身体も、意識も、深い水の底へと沈んでいく。

 その時、魂の様に昇っていく、何かを見たような気がする。


 それを最後に、俺の意識は闇へと消えた。

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