ヴァンパイア少年と行くイセカイ~裏山の秘密基地から気軽に転移?!~

センセイ

ヴァ地

「ケケケ……」


不気味な笑い声と共に、ある日突然、その少年はやって来た。


銀髪に赤く鋭い目、長くて黒いマント、綺麗な装飾のたくさんついた黒い服。

吊り上がった口角からは、人のものとは思えないくらいに尖った牙がのぞいている。


「あ、あなたは……?」


私は突然の事にびっくりして腰を抜かして、道路に座り込んでしまっている。


そして今は……夜。

人一人通らない道で、もしかして今ヤバいんじゃ……と思って居ると、目の前の少年はゆっくりと口を開いた。


「お主、只者じゃないのう?」

「えっ……?」


私が呆然としていると、少年はマントをバッと広げて高らかに言ってのけた。


「お主、ワシと異世界に行かんか?ケケケ」


その声と共に、少年の後ろからは大量のコウモリが飛び出す。


「きゃっ……!」


私がそれに目を見開いて後ずさりすると、少年は「ん?」と背後を確認した。


……そして、数秒後。


「……って、ぎゃあぁっ?!コウモリ?!」

「えっ、ちょっと……」

「やだやだやだやだ、無理ぃ……」


さっきまでの勢いはどこへやら、少年は私の後ろに隠れて小さくなってしまった。


「コウモリ怖いの?」

「……」

「君……」

「うるさい!さっさと案内せんか!」

「えぇ……?」


ほんとに一体、何がどうなってるの……?



****



「おかわりー!」

「はいはい、どんどん食べなさい」

「お、お母さん?!」


そして……そんな出会いから数時間後。


その少年は、何故か私の家で美味しそうにご飯を頬張っていた。

しかも……お父さん用のニンニクマシマシの餃子をこれでもかと口に詰めて。


「……ちょっと待って、ヴァンパイアなんだよね?」

「うん。ぼく……じゃなかった、ワシは誇り高きヴァンパイアの末裔クロ。お主は?」

「私は人間の真白だけど……って、違うんだってば!」


もはや何から突っ込めば良いのか分からない。


見た目は確かにヴァンパイアと言える気もするけど、コウモリを怖がったり、こんなにニンニクマシマシな餃子を美味しそうに頬張ったり……私のイメージするヴァンパイアと、全然違うというか……。


「っていうか、急にヴァンパイアって言われても、信じられないって言うか……。証拠とかは無いの?」

「証拠?」


私が聞くと、クロは食べるのをやめて私の聞いた言葉を繰り返す。


「この姿じゃ分かんない?」

「……ちょっと変だけど、コスプレって可能性もあるし、それだけじゃ信じられないって言うか……」

「えー?しょうがないなぁ……」


クロはちょっともったいぶりながら箸を置くと、立ち上がってマントを後ろにバッとなびかせる。


「見てて、真白!」

「えっ……?!」


まぁ、今更普通の人間じゃないんだろうなとは、薄々思っては居たけれど……。


目の前で大きく広がった、少年の背から生えているコウモリみたいな羽を見ると、思わずびっくりして目を見開いてしまう。


「……飛べるの?」

「当たり前〜。飛んでみる?」

「えっ……飛んでみるって?……わっ!」


私が聞くとクロは得意げに言って、私をお姫様抱っこしてきた。


私より低い背なのにこうやって持ち上げられると、落ちそうな気がして思わずぎゅっと首元に捕まってしまう。


「真白のお母さん、ちょっと真白借りま〜す」

「あらあら、遅くならないでねー?」

「お母さん?!もっと驚いたりしないの?!」

「真白ちゃん、気をつけるのよ〜」

「えっ?ま、待って?!きゃあっ!!」


そのまま、なんということか……クロは私を抱いたまま、二階の窓から飛び出した。


怖くて目を瞑った途端、ジェットコースターに乗っている様な浮遊感に襲われ、何が何だか分からないまま、必死にクロにしがみつく。


「……真白、見てごらん」

「ん……?」


しばらく経って風も落ち着いてきた時、クロの声にやっと薄目を開けると……。


「……!わぁ……!飛んでる……!」


下にはキラキラと輝く街並みが、とても小さく見えていた。


「クロ、凄いね……!」

「でしょ〜?……こっちの世界でも、やっぱり空から見る夜は絶景だね」


私が思わずはしゃいでしまうと、クロは自慢げにそう言った。


……ん?

でもこっちの世界って、まるで違う世界がある様な言い方……。


「……もしかして、クロは違う世界から来たの?」

「あぁ……そうなんだよね」


私が聞くと驚く事に当たっていたみたいで、クロはちょっと真剣な顔になって話し始める。


「ぼくは……イセカイから来たんだ」

「……イセカイ?」

「そう。ココと違って、人間だけじゃないたくさんの種族が居て、魔法も呪術もある……そんな世界」

「へぇー!楽しそうだね」

「うん……」


私が物語の中の様な世界に思わず目を輝かせながら言うと、クロはまた自慢げにすると思いきや……浮かない顔でしょんぼりしてしまった。


「……どうしたの?」


つい聞いてしまって……後悔する。

その途端、クロは勢いを取り戻して口を開く。


つまりは……罠だった訳だ。


「あのね、助けて欲しいんだ!」

「……何を?」

「イセカイに居る、悪い魔王を倒して欲しいんだ……っ!」

「……」


ほら……言わんこっちゃない。

私は小さくため息をついてから、冷静に話し始めた。


「私はただの人間なんだよ?魔法なんて使えないし……魔王なんて倒せる訳ないよ」


この世界じゃなくて、イセカイの別の人に頼みな、という様に言うと、クロはちょっと笑って言った。


「確かに、この世界の人間は……魔法を使ったりは出来ないらしいけど……」

「……けど?」

「けど……こっちの人は、イセカイに来るととんでもない力を手に入れられるんだよ」

「えっ……?」


それじゃあ……私もイセカイに行ったら、魔法が使えるかも……って事?


へぇ……ちょっと良いかも……って、ダメ!


私は魅力的な言葉に釣られそうになり、慌てて首を振る。


「それなら……私じゃなくて、もっとゲームとか好きな、強い男の子とかに頼めばいいじゃない!」

「それは……」

「とにかく、私は忙しいの」


正直ちょっと名残惜しいところはあるけど、魔王と戦う勇気なんて、私には無いし……。


それに、何より……。


「塾で忙しいから……悪いけど、他の子をあたってくれない?」


私はもう六年生。

中学受験もあるし、最近は塾でいっぱいいっぱいで……今はとっても忙しいから、そんな事してられない。


「……分かった」


クロはしゅんとしていて、ちょっと可哀想だったけど……しょうがない。

きっと誰か、イセカイに行きたいと言う人は現れるだろうし。


クロはしょんぼりしたまま私をゆっくり地上へ下ろすと、最後に私の手をとって言った。


「真白。もし気が変わって、ぼくとイセカイに行ってもいいって思ったら……ぼくの名前を呼んで。いつでも行くから」

「……分かったよ。……気をつけてね?」

「うん……」


きっと呼び出す事は無いだろうけど……とりあえずそう返事をしておくと、クロは気を落としたまま私のそばを離れた。


「真白……またね」

「……うん」


振り返って手を振るクロを見送ると、そのままクロは夜の闇の中に消えて行ってしまった。


「……」


ちょっと心配だったけど……イセカイとはいえ、私が世界を救うなんて……そんなの無理だよ。


私は自分の事だけで、精一杯なのに。


「真白ちゃん?帰ったの?……あの子は?」


私が庭で立ち尽くしていると、お母さんがそう言って顔を出してくる。


「うん。……ただいま、お母さん」


私は忘れようと思いながら、無理矢理考えるのをやめて家の中に入った。


……。

それなのに……。



****



「行こーぜ!イセカイ!」

「えっ……?」

「すっごい楽しそう!」

「俺、やっぱ勇者が良いなー!」


次の日、教室で。


私がつい、昨日見た夢だと言ってクロの事を話してしまったばっかりに……皆目を輝かせて、今にも出発しようと言わんばかりに口々に言い出す。


「ま、待って!それは夢だって……」

「真白が夢の事話したりしない事、私達が一番よく知ってるから。本当にあったことなんでしょ?」

「えっ……い、いや……」

「だよなー?真白、作り話とかしねーもん」

「……」


……こんなに呆気なくバレるなら、話さなければ良かった。


そんな事を思っても、もう遅い。


「行こーぜ!じゃー久しぶりに放課後、俺らの秘密基地にしゅーごーな?」

「うわっ、マジ久しぶりじゃん!」

「真白も!良いよな?」

「ん……えっ?ちょ、ちょっと……」

「決定!約束破ったら怒るからなー!」

「ま、待っ……」


私が説明しようとした時、運悪くチャイムの音がそれを邪魔する。


……どうしよう。


昨日忘れようって思ったばっかりなのに……いつの間にか皆乗り気で、行く事になりそうになってるし……。


「どうしよう……」


私、魔王退治なんてしてる暇無いよ……?


もうこの際、皆だけ連れて行って、私だけ帰っちゃおうかな……。


「加賀美さん?」

「えっ……は、はいっ!」


なんて、考え込んでいたら、先生に当てられてしまった。


「ちゃんと授業に集中しなさいね?……はい、じゃあ次の人ー」

「はーい」

「……」


久しぶりに授業で答えられなかった……。


恥ずかしさと、受験生なんだからちゃんとしなきゃって気持ちで、心がちょっとごちゃついてしまう。


「はぁ……」


それを落ち着けようと、誰にも聞こえない大きさで小さくため息をついて、私は授業に戻った。



****



「うおっ、残ってる!」

「てか、めっちゃ綺麗じゃない?」

「懐かしー……」


結局、考えてる時間なんて無くて、あっという間に放課後になってしまった。


私達の秘密基地のあった裏山に行くと……驚く事に、意外と綺麗なままそれはあった。


「最後皆で集まったの、いつ頃だったっけ?」

「えー……四年の頃くらいじゃない?」

「それにしては綺麗じゃね?」

「確かに……ホームレスとか住んでるかもよ?」

「えーっ?!辞めてよぉーっ……」


久しぶりの秘密基地に皆ソワソワしているのか、テンションがいつもより上がっている感じがする。


私もなんだかんだで秘密基地の事はきになっていたので、こうやって皆で変わらない秘密基地を見ているとちょっとホッとしてしまう自分も居た。


「真白、呼んでみてよ」

「うん……来るか、分かんないけど……」


一通り秘密基地を見終わると、今度は皆私に注目してきた。


呼んだら現れるヴァンパイアなんて……みんな本当に信じてるんだろうか。

お母さんだって何も騒いだりしなかったし、今日もいつも通りだったし……私だけおかしいのかな……。


「すぅ……」


でも……そんな事考えていてもしょうがない。

私は思い切り息を吸って、ちょっと大きめの声で彼を呼んだ。


「クロー!」


その後、何秒かしんとして、私はだんだん恥ずかしくなってくる。


どうしよう、これだけやって、もしクロが来なかったら……。


「……呼んだ?」

「きゃぁっ!」


私が心配になっていると、急にクロは目の前に現れた。


……いつの間に居たんだろう。


私が思わずコケてしまうと、クロは「大丈夫?」と片手を差し出して私を立ち上がらせてくれる。


「うおーっ!すげぇっ!」

「思ったより子供なんだね、ヴァンパイアって……」

「かっけぇ……」


クロの登場に、皆は口々に騒ぎ始める。


あっ……そういえば、クロに皆が来るって事、伝えずに呼んじゃったけど……。


「……真白?この子達は……」


やっぱりと言うべきか、クロも皆を見て困った様に私に言う。


「ご、ごめん……つい話しちゃって……」


口止めはされていなかったから、約束を破るとかはしてないハズだけど……やっぱりこういう事は、言わない方が良かったかもしれないな……。


私が後悔してしょんぼりしていると、慰めようとしてくれているのか、クロが私の肩をぽんとたたいた。


「ありがとう!真白!」

「……えっ?」

「まさか真白から3人も呼んでくれるなんて……思ってなかったからさ」

「えっ、良かったの……?」

「当たり前じゃん!」


てっきりしょうがないなぁという雰囲気を出されるのかと思ったら、びっくりするほど感謝されて逆に拍子抜けしてしまう。


まぁ……そっか。

クロはイセカイを助けてくれる人を探してるんだから、たくさん居た方が良いのかな。


「なぁ!俺らもイセカイ、連れてってくれよ!」

「ん、いぞ?」

「私も!」

「僕もー」

「あっ、ちょっと待って、私は……」


私が言おうとしても、ソワソワワクワクしている皆には伝わらない。


また流されるまま行く事になっちゃうのかなと思っていると、


「真白、どうしたの?」


と、聞いてきてくれた。


「えっ……あっ、私はイセカイ、パスしようかなって、思って……」

「ええっ?!真白行かないの?!」

「せっかくここまで来たのに?」

「だって、塾が……」

「はいはい!ストップ!」


私達が軽く言い合いになってしまっていると、クロが間に入ってそれを止めた。


「大丈夫。イセカイと現実の時間のながれは違うんだ」

「えーっと……つまり……?」

「つまり……一時間もあれば、十分戦えるって事!」

「マジ?!すげぇー!」

「一時間……」


つまり、クロが言いたいのは……ちょっとなら付き合ってくれる?って事だよね。


一時間か……うーん……。

受験生だし、ちょっとの時間でも惜しいけど……一時間くらいなら、クロも困ってるし……。


「……分かった」

「ほんと?!ありがとう、真白!」

「ただし、一時間だけだからね?」

「うん!約束するよ」


私が渋々頷くと、クロはとても嬉しそうに飛び跳ねた。


正直魔法には興味あったし……ちょっとくらい、息抜きで良いよね……?


「じゃあ、イセカイへの道つくっちゃうね。この……建物?の中で良い?」

「良いけど……どう作るんだ?」

「……まぁ見てな」


私の説得が終わると、クロはそう言って秘密基地の中に入って行く。


私達もぞろぞろついて行くと、クロは秘密基地の中にあった一つの絵の前で振り返った。


「これにしよっか。……見ててよー?」

「何が起こるの……?」

「いいからいいから」


クロはもったいぶりながらポケットをゴソゴソと漁り、やがて一つの小瓶を取り出した。


そしてそれを開け、中の水を一滴絵に向かってこぼす。


「わぁ……」


すると、その波紋が絵全体に広がって、絵が一瞬光り輝いた。


「これで終わり?」

「うん。あとは皆これ付けて、絵に触れたらすぐイセカイに着くよ」


一瞬だったけど、確かに光り輝いた絵を見て息を飲んでいる私達に向かって、クロは今度は赤い小さな宝石みたいなものを見せてきた。


「綺麗……」


皆一つずつ手渡されて、じっと自分の分を見てみると……深みのある赤色で……そう、クロの瞳と同じ色で、とても綺麗だった。


「ぼくはピアスにしてるけど、皆は好きな様に付けてね」


そう言ってクロが見せてきた耳元には、確かに赤いピアスが付いていた。


「……それじゃー、皆準備は良い?」

「おー!」

「おっけー!」


大方の説明が終わると、クロはそう言って片手を絵の方に向ける。


私達も皆絵の前に並んで手をかざして、一息ついた後にクロは声をかけた。


「いくよー……?」


その声に合わせて、皆で一斉に手をくっつける。


「っ……!」


すると、目の前が突然眩しくなって思わず目を閉じる。

声を聞くに、皆も眩しくなってるんだろう。


ちょっと怖かったけど、ぎゅっと目を閉じているうちに眩しさは引いてくる。


「真白!真白!」

「何……?わっ……!」


目を開けると……そこは確かに、だった。


コスプレみたいな格好をした人、小人の様に小さい人、空を飛ぶ人……。


剣を持ってる人も居るし、ほうきを持ってる人も居る。


「ねぇ、あかねちゃ……えっ?!」


しかも……。


「マジ?!俺勇者になってんだけど?!」

「私は……魔法使い?」

「僕、羽生えてる……妖精?かな……?」


皆いつの間にかこの世界に合った格好になっていて、羽まで生えたりしていた。


しかも、貰った赤い宝石もブレスレットやネックレスになっていて、みんなそれぞれ着いていた。


私はの右手の中指に、綺麗な指輪となって着いていた。


「わぁ……凄い……」


私が思わずはしゃいでいると……何だか皆も、街行く人も……私の事をジロジロ見ている気がする。


……どうしたんだろう。


「真白、あんた……」

「ん?」

「何で真白だけ、そのままなんだ?」

「えっ……?」


言われて見てみると……皆は馴染んだ見た目に変身していたのに、確かに私だけ、イセカイに来る前と同じ見た目だった。



****



「とりあえず、真白はここに居て」

「うん……」

「ここから皆見える様にしとくから」

「……」


あの後……皆は剣だったり、魔法だったりが使える様になっていたのに、私だけただの人間のままだったという事が判明した。


……どうして?


クロは、人間がこっちに来たら、力が使える様になるって言ったのに……。


しかも、渋々とはいえせっかく覚悟してイセカイに来たのに、私だけこんな所から皆の活躍を見てるだけ、なんて……。


「はぁ……」


やっぱり来なければ良かったかも。


『すげぇ!つえぇ?!』

『こっちも一撃だったよー』

『僕ら、こんなに強かったんだね』


クロに渡された水晶からは、すっかり強くなっている皆が軽々と敵を倒している様子が映っていた。


それが更に……惨めな気持ちになってしまう。


「……」


このまま、皆を見てるだけで終わっちゃうんだろうか。

それって……凄く足でまといな気がする。


『あっ、あんたはあっちやってよ!』

『えー?俺こいつがいい』

『うわっ、危な……後ろに敵いた』


そんな事を考えながら見ていたら……段々と皆が喧嘩し始める。


……そうか。

皆、一人一人の力はあるけど……協力するとなると、団結力が足りないんだ。


「よしっ……!」


私に出来る事……。


それは……皆の戦い方を見て、上手に戦えるように、指示したりする事じゃない?


幸いな事に、クロに連れてこられたこの洋館には、色々本があったし……このイセカイの事を勉強しながら、私は皆をまとめられるように……皆の力になれるようにすればいいんだ。


「そうと決まれば……」


私は気合いを入れ直して、水晶の中に集中する。


まずは……青葉あおば 健二けんじくん。ケンちゃん。

ケンちゃんは勇者みたいな格好で、大きめの剣を使って戦ってる。


次に……宮崎みやざき 赤音あかねちゃん。

あかねちゃんは魔法使いみたいな格好で、杖を振って魔法を唱えてる。


最後……緑川みどりかわ 大地だいちくん。

だいちくんは妖精みたいな格好で、弓矢とちょっとだけ風を操れるのでちくちくと戦っている。


そして……そんな皆が同じ場所から同じ距離感で戦っているから、ぶつかったり喧嘩になったりしているんだ。


「皆、聞こえる?」


『真白?』

『どうした?』


私が水晶に向かって話しかけると、幸いな事に聞こえたみたいで、皆から反応があった。


「思ったんだけど……」


私が説明し出すと、皆ちゃんと聞いてくれた。


簡単にまとめると……ポジションを決めようって事。


剣で攻撃するケンちゃんは、一番前で敵を切っていく役。

あかねちゃんは遠くから魔法で敵を弱体化させたり、皆の回復を手伝ったりする役。

だいちくんは空を飛んで敵の数を確認しながら、後ろの方の敵や手下みたいなのを弓矢や風の力で攻撃する役。


『……分かった、やってみる』


最初はちょっと乗り気では無かったけど……渋々承諾してくれて、皆は私の言った位置についてくれる。


『じゃあ、あっちの敵でやってみよ』

『おっけー!』


最初はやっぱりごちゃついていた皆だったけど……空からだいちくんが的確な指示を出すので、すっかり私の指示が無くても皆上手に敵を倒していく様になった。


『うおー!この方法めっちゃ良いな?!』

『真白、ナイス!』


「えへ……」


褒められて、嬉しくはなるけど……これ以上私が言わなくても、皆上手に戦える気がする。


「……」


皆の役に立てるの、一瞬だったなぁ……。


「真白?」

「ん……クロ?」


私が役目を終えてちょっと寂しくなっていると、クロが水晶越しに話しかけてくれた。


「……頼りにしてるよ」

「!」


すっかり終わった気になってた……けど。


そうだよね。

戦えなくてもきっと……私に出来る事、あるよね。


一人で諦めちゃダメだ。


「ありがとう、クロ。私、頑張ってみる!」

「ん!……無理しないでね?」

「大丈夫!」


クロの言葉に背中を押されて、私は勢いよく立ち上がった。


そうだ。

今は皆強くて大丈夫かもしれないけど……変な敵とか居るかもしれないし、それでケガとかしちゃったら大変だもん。


この部屋は……クロの部屋?何だか分からないけど、本もいっぱいあるし、きっと敵についても書いてあるハズだ。


私は後ろの棚から本をたくさんとって、それを読み始めた。



****



『……なの……?!』

『…………だから……』


「……?」


どれだけ経ったか。

私は本を読んでいる間にいつの間にか、寝てしまっていた事に気づいた。


そして……何やら騒がしい声に、起こされてしまった事も。


『何なのよ、これ〜っ!』


「あかねちゃん……?」


『真白!どうしよう……攻撃が効かないの!』


「えっ……?!」


その言葉にすぐさま目を覚ましてみると、確かに皆疲れ切っていて、息も荒い。


「ちょっと待って……!あれ、クロは……?」


『何か、変な人達に連れて行かれちゃって……』


「えぇ……?大丈夫なの、それ……」


……とにかく、大ピンチだということは分かった。


私はさっき読んだ本の内容を思い出しながら、皆に聞いていく。


「とりあえず……今までの敵と違う所は分かる?」


『硬いんだよ、剣が通らねぇ』

『私の魔法も、だいちの弓矢もダメ』

『ど、どうしよう……』


「落ち着いて!とりあえず、ちょっとはもちそう?」


『まぁ、ちょっとなら……』


「……」


何で呑気に寝ちゃってたんだろう。


本に書いてあったのは、この世界の人達に弱点となる『核』……人間で言う心臓みたいなものがあるって事だけ。


でも、今皆が戦ってるのは剣も弓矢も通らない、硬い体の敵。


それじゃ、確かにただ適当に剣を振り回してるだけじゃ当たらない。


何か、良い方法は……。


「……えっ?」


考えながら、私が無意識に手を水晶の方に近づけると……何だか吸い寄せられる感じがする。


「もしかして……わっ!」


そのまま手を近づけていき、水晶に右手で触れてみると、指輪が光って水晶の中に吸い寄せられてしまった。


「真白?!」

「いつの間に……」

「いたた……って、寒っ」


そのまま床に尻もちをついてしまって思わず声を上げると、びっくりした様に皆が集まってくる。


「寒い?」

「うん……分からないの?」

「分かんない……。強くなったからかな?」

「そうなんだ……」


私が水晶から来た所……皆が戦っていた所は、さっき居た場所と比べるとかなり肌寒い。


「とりあえず、真白は下がってて」

「うん……」


でも、皆は寒さの方は平気そうで……それよりも戦う方が忙しそうだ。


でも、何でこんなに寒いんだろう。


太陽みたいなのも出てるし、雪みたいなのがある訳でも無いし……。


「あっ」


固くて寒い……冷たいものって、もしかして……。


「皆!」

「ん……どうしたの?」

「あの敵、倒せるかもしれない!ちょっとだけ聞いて!」

「マジ……?!」


一か八かだったけど、クロの居ない今は……試してみない事にはしょうがない。


「あかねちゃん、炎とか、火とかの魔法は使える?」

「えっ……や、やってみる……」


さっきまで魔法の素みたいな、光るものを直接敵に当てて攻撃していたあかねちゃんだったけど、私のおねがいを聞いて、杖を握る手にぎゅっと力を入れる。


「火……火……ええい!付けっ!」

「うおっ……!」


あかねちゃんがそう叫ぶと、がむしゃらに振っていた杖に……火がついた。


「わっ、付いたよ!火!これからどうするの?」

「それをあの敵に当てて!」

「攻撃みたいにすればいいの?」

「うん!」


私はすぐさま指示して、あかねちゃんにその火で敵に攻撃させる。

その敵はあかねちゃんが火で攻撃した途端、ゆっくりだけど確かに溶けていった。


……そう。


見た目が透明な紫色だったから分からなかったけど、あれは氷みたいなものなんだ。


だから私には冷たく感じたんだ。


私だけ人間のままだった事、まさかこんな所で役に立つなんて……思わなかった。


「すげー!真白!」


今まで刃も通らなかった硬い体が、あかねちゃんの火でみるみる溶けていく姿に、ケンちゃんは大きく声を上げる。


そして……そのうち丸いものも見えてきた。

きっとあれが『核』だ。


「ケンちゃん!だいちくん!今だよ!」


私はそのチャンスを無駄にしないように、すかさず二人に声をかける。


「ケンちゃんは周りの溶けかけてるやつを切って!中にある丸いのが出てきたら、だいちくんは弓矢を風の力で強化して放って!」

「おっけー!」

「分かった……!」


二人はあかねちゃんの放つ火の近くまで、軽々と近づいていく。


さすが寒さにビクともしなかっただけあって、あかねちゃんの火でダメージを受ける事も無いみたいで、ケンちゃんは勢いよく切り進んでいく。


「だいち!今だ!」

「よしっ……!」


そのうちすっかり核も見えて、ケンちゃんはだいちくんに合図を送る。


すると、空から弓を限界まで引いて待っていただいちくんは、その声と同時にパッと手を離し、弓矢を放った。


「やったか……?」

「どうだろう……」

「大丈夫……じゃない?」


そのままうんともすんとも言わなくなった敵を見て、私達はしばらく顔を合わせていたけれど……すっかり倒したんだと分かると、皆飛び跳ねて喜んだ。


「真白〜!!マジで助かった!」

「私は思いついただけで……皆のお陰だよ」

「真白は頭良いからなー!」

「僕も、もうダメだと思ってたけど……お陰で助かったよ」

「なー?クロ肝心な時に居ねーんだもん」


いきなり褒められて、ちょっと照れくさくなってしまう。


良かった……役に立てて。

皆の足を引っ張っちゃうかとおもったけど、このまま私も皆の一員として、苦労しながらもイセカイを救って……。


「えっ?」

「……ん?」


声がして見上げると……ケンちゃんが私達よりちょっと高いところに居た。


……あれ?

空を飛べるのはだいちくんで、ケンちゃんは空は飛べないハズじゃ……?


「えっ……?」


私も……きっと皆も、何か嫌な予感に顔を青くした所だと思う。


でも、そんな暇も与えず、ケンちゃんは何者かに叩き付ける様にして投げ飛ばされてしまった。


「ケンジ!!」

「ケンちゃん?!」


私達がそれに悲鳴の様な叫び声を上げると、ケンちゃんを投げ飛ばしたその敵……タコのようにたくさんの足を持った巨大な生物は、ズシンズシンと近づいてくる。


……まずい。


ケンちゃんがあんなに簡単に飛ばされて、しかもしばらく立つ気配もしないなんて、もしかしてこれって相当……。


「真白!下がって!」

「で、でも……」

「早く!!」

「っ……うん……」


私は二人の邪魔になる事だけはダメだと、ぎゅっと手を握って近くの茂みに隠れた。


「どうしよう……何とかしなきゃ……」


でも、何も思いつかない。


当たり前だ。


本当は……役割分担だって当たり前の事だし、敵を溶かして倒す案だって、偶然思いついたに過ぎないんだ。


「クロっ……!クロ……」


ダメ元でクロを呼んでみるけど、来る気配がしない。


どうしよう……本当にもうできる事がない。


「きゃぁっ!」

「あかねちゃん!!」


気づけば、あかねちゃんは魔法でバリアみたいなのを張っていたのを破られてしまい、だいちくんもまだあんまり早く飛べないのか、たくさんの足の一つに捕まってしまっていた。


「うぅ……ごめんなさい……」


皆がこんなに戦ってるのに、私だけ何も出来ないなんて……。


『……頼りにしてるよ』


「っ……」


……こんな時に、クロの言葉を思い出してしまった。


そんな事言われたって、私に出来る事なんて……。


「きゃっ……」

「!」


頭がごちゃごちゃになっている間に、一旦下がろうとしていたあかねちゃんが転んでしまったのが見えた。


「助けなきゃ……」


……でも、どうやって?


「……。そんなの……」


そんなの分からない。

分かるわけ……ない。


でも……。


「えっ、真白……?!」

「でも……見てるままなんて出来ない……!!」


私は凄く怖かったけど、近くにあった木の棒を持ってあかねちゃんを庇うように前に立った。


「危ないよ!真白ちゃん!!」


捕まったままのだいちくんがそう叫ぶ。

足はびっくりするほど震える。


けど……ここで黙って皆がやられるのを見るなんて出来ない。


だって皆は……私の大切な友達なんだもん……。


「っ……!」

「真白!いいから逃げて!」

「逃げない……っ!!」


考えたって、勝つ方法なんて思いつかない。

だけど……それでも私は、こうするしか無かった。


「皆を……皆を傷付けないで!!」


私はそう言って、そのタコの様な敵に向かって木の枝を思いっ切り投げつける。


「大人しくしてっ!帰ってっ!!」

「真白……っ!!」


そう言って騒ぎ続ける私に、タコの様な生物の足が勢いよく振り下ろされて……


「っ……。……?」


……そして、すぐ上でピタリと止まった。


「っえ……?」


そして……そのタコの様な生物は、だいちくんをゆっくり降ろした後、ゆっくりとこの場を去って行った。


まるで、私のお願いを聞くかのように……。


「真白!大丈夫……?」

「う、うん……?」


それとすれ違う様に、クロが凄いスピードで私の元へやって来てそう聞いてきた。


今、何が起こったか……いまいち分からないけど……。


助かった……んだよね?


「真白……」


あかねちゃんも、だいちくんも、ちょっとケガしてるケンちゃんも集まって来て、皆で呆然とする。


「よく分からないけど……」


それはクロも同じ様で、ちょっと困惑した様になりながらも、ゆっくりと口を開いた。


「無事で良かった。さっきのやつは魔王の手下の中でも強い方だったから……」


つまり……魔王はあれより強いって事だ。


「私達……ほんとに魔王なんて、倒せるのかな……?」


何でさっきの敵が帰って行ったのかも分からないし、その心配もあるし。


先が不安になるけど……クロの為に、イセカイの平和の為に、頑張らなくちゃ……。


……私達、これからどうなっちゃうんだろう……?

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