第3話

 空港で、つながらないケータイを見つめ、オレは広々とした通路を、キャリーケースをひきずる人々に逆行する。

(オレ、メキシコに行くよ)

 それだけ伝えるつもりだったのに。

 疎遠になっていた彼女はケータイにも出ない。

(くそ!)

 内心毒づき、オレはチケットの解約をした。

 ケリをつけに行くのだ。

 

 頃は桜の咲く季節。

 でも実はソメイヨシノは散り際。

 しばらくすれば毛虫が出てくる。虫嫌いのハルがあそこへ行くのは今しかない。

(絶対会いたい。そして恋人ができたといって驚かせるんだ。もう、おまえにフラれたことなんて気にしてないって……)

(あいつ、嫉妬するかな? それとも安心するか……友達でいるのがつらいから、なんて理由で会わずにきたけど)

(このままぐずぐずしているのはイヤだ。今度こそ、あいまいじゃなく、ハルの気持ちを聞くんだ)

 オレは空港を出てすぐタクシーに乗った。ここからだと一万円くらいか。新生活をしようっていうのにベロベロ使っちまうんだな、オレ。でも、すぐにでも会いたい……ハル。


 幼いころからハルと一緒に遊んだ、富士山神社の社務所は通常、閉まっている。

 正月の元旦の、午前零時から数時間だけ開いて、臨時の宮司さんが祈祷をしてくれる。

 ――なんてことはわりと大人になってから知った。夜中の九時、十時にはぐっすりだったもん、オレ。

 そんな健康優良児なオレだから、当然身長もスクスク伸びて、身体測定のたんびに自慢してやったら、ハルのやつが気にしてなあ……。

 あいつ、かわいいんだから、おとなしくしてりゃお人形さんみたいなのに。

 意外と負けん気が強いんだ。

 そうそう、割と樹齢のあった桜の木に、背丈を刻もうと言ったりしたのもハルだった。

 馬鹿だった。

 桜の木はいくら樹齢が高かろうと、傷ひとつ負ったら枯れてしまうって、周りの大人はだーれも教えてくんなかったんだ。


 春の曇り空に、寂しく桜が満開だ。

 下草はだいぶ手入れされてるけど、散った桜は風に舞う。

 ハルはやっぱりいなかった。

 当たり前だよな。思いつきの行き当たりばったりで、何年も会わなかった奴に、運命的に再会――なんて、ありっこなかったんだ。

 あーあ、無駄足か。

 きっと奇跡みたいに会えると思ってた。オレって馬鹿。

 わかってたよ、でも、ハル。

 おまえが信じさせたんだぜ?

「恋ははかないけど、友情は永遠だよ」って……。

 だからオレは……大人になってもこうしておまえに幻惑されて、ここにきている。桜の天蓋を眺めている。

 ふと、そのごつっとした幹に手をかける。

 ありえないことが起こっていた。


 翌日、俺は空港でメキシコ行きの便のキャンセル待ちをしていた。

 ハルは言っていた。

「三年経っても、五年経っても、変わらぬボクでナツを驚かせてあげる」

 ああ、驚いたさ。

 おまえの残した痕には、真新しい保護剤が塗布されていた。二つならんだ背比べの痕。

「しかし、二メートルはやるな」

 オレはのどの奥で笑った。笑いすぎて涙が出た。

 あいつ、本気で変わっていなかった。

「どこの大人がバスケ選手並みにスクスク伸びるんだよ。しかも一年で五十センチ以上、伸びた計算になる」

 ホント、相変わらずだった。

 でもオレも、負けないぜ。


 フェンスに上って、蝉取りを楽しんだところに、落ちてた石灰石で印をつけた。

 三百センチ、ちょうどのはずだ。

 ハル、おまえは永遠にオレを超えられないぜ。

 おまえがいくら変わらないと言いはったって、オレの想いには敵いっこないさ――


 遠雷が、聞こえた。


 了

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