空の塔 第1巻 帰還編
YachT
空の塔 第1巻 第1節~第9節 帰還編
「空の塔」
世界の終わりに絶望した人々によって戦争が起きた。世界を直すために、私が、侵蝕しようとする向こうの世界に向かい、解決の手立てを持ち帰ったすぐ後だった。色彩が異常に豊かな赤い世界から、やっとの思いで帰って来たと言うのに、ゲートのある施設は襲撃を受け、すぐにでも脱出しなければならない状況であった。敵がすぐそこの隔壁まで迫る中、私は走った。学生時代からの友人である科学士官のエドワードに背中を守られながら脱出用シャトルに着くと、後ろの方から爆発音が聞こえた。エドワードは言う。
「鍵を持ってそのまま行け」
私は反対した。反対と言えるほど理性的な物では無かったが、友人を戦火でおいていくなど耐えられなかった。私はエドワードの肩を掴んだが他の隊員の手によって遮られ、私は船内へと引きずられた。侵入してくる敵を見ながら船は離陸した。全速力で空に向かった後、シャトルは転移を行いワープした。戦争が終わるまで一部の人々を退避させるために建造された船が宇宙に浮かんでいるのが見える。私を含めた数百人はこれからあの船で眠る事になるのだ。私は地球に置いてけぼりにされた友人達を思い出した。先のエドワードを含めた5人の友人がいる。いつもつるんでいた仲だ。人類のためとはいえ、私だけが選ばれ、安全な場所でただ待つのだ。
シャトルが”方舟”に着くと人が続々と降りる。私には気力が無かったが、なんとか座席から立ち上がり船を降りた。船を降りるとすぐに、防護服を着た作業員が近づいてきて、私の腕に付けている保管シリンジを見て言った。
「博士、鍵を預かります。」
私は静かに答えた。疲れた顔をしていたと思う。
「私が自分でチャンバーに持っていきます。」
そうしたかった。友達を犠牲にするような状況にしてまで持ってきた品物だ。自分の手でひと段落つけたかった。すると作業員が答えた。
「お気持ちは分かりますが、博士はまだ汚染状態です。あなた自身は大丈夫ですが、船内を汚染してしまいます。なので…申し訳ありませんが」
意地悪な様子は感じられず至って誠実な物言いだった。私はロックを外し、鍵の入ったシリンジを渡した。作業員はさらに大きな大袈裟なカプセルに仕舞い、それを台車に載せてチャンバーと書かれた廊下の先へ消えていった。
私自身の除染が終わると凍結開始まで余裕があったので、なるべく人の居ない場所を探しそこにあった仮設ベンチに座った。少しだけ使いたいからと無理を言って借りた端末を使って、ブラウザ上で私のアカウントにログインをした。するとメールボックスには友人達からのメールが届いていた。全員ではないが、5人の内の二人から、彼らの事は心配しないようにとのメールだった。目覚めた先で彼らがいなくてもうまくやってくれというような内容だった。私に比べてよほど強い心を持つ彼らに代わって、何よりも弱い私がこうして生き残るという事実を再確認して、罪悪感と心配で涙が出てきた。窓の外に広がる星々が見えなくなり、ベンチの硬さしかわからなくなった。端末を手に握りしめて、他の作業員にまで声が響かないようにと嗚咽を殺した。暫くすると後ろから足音が聞こえた。鼻をすすり、涙を拭いて顔を元の角度に戻し、再び端末を見るふりをした。
「お時間です。済みましたか。」
黄色い服を着たスタッフが話しかけてきた。私達が寝ている間も5年ごとに交代で起きて船内で保安を行うスタッフだ。
「端末、返却します。ここでもネット通じるんですね。」
「まだ今は地球との通信を続けていますので」
「そっか」
私は凍結ポッドまで誘導されて中に入った。ブリーフィングのアナウンスが流れ始めると同時にポッドのある部屋の照明が落ち始めた。
「規定ルーティーン通り、747ステールのチームは5年ごとのスパンで覚醒させます。また凍結、および覚醒の間の時間間隔は0ですので覚醒を上手く自覚できない可能性があります。その際はポッド内の上部インジケーターからポッドの状態を確認してください。覚醒処理完了の表示があれば凍結後の時代です。そして、覚醒後数十分で強いめまい、背中を中心とした疼痛を自覚します。ポッド内でインナースーツを通じてそのまま処置を行いますので、緊急時以外はポッドから起床せずに40分待機してください。それでは凍結を開始します。」
アナウンスが切れた後、MRIのような轟音が流れ青い閃光が視界を包んだ。肌がピリピリとした感覚があった後、視線をずらすと上部インジケーターに「覚醒処理完了」の文字が見えた。本当に一瞬だった。恐らくは数十年をこれで飛ばしたのだ。全くもって実感できないまま寝返りを打つ。ポッド表面の暗転シールドをそのままにしているので、外の様子に関してはスタッフの足音以外わからない。私は、友人が誰もいなくて孤独になっているかもしれない未来がやって来るのが怖かったのだ。どうせ40分は動けないのだし私はポッドの中で一人苦痛に耐える事にした。
主な地球史
2076年:木星の衛星、エウロパに地球外文明の痕跡を発見。
2079年:リバースエンジニアリングにより長距離無時間航法が確立。太陽系内の移動が簡単に。
2082年:冥王星地中深くにエウロパと同文明の施設を発見。文書内容から太陽系外への接続を目的とした施設と推測された。
同年:当該施設の再生、研究を行う国際的プロジェクトが発足。
2095年:冥王星施設(Pluto Bridge)の動作原理を解明。小規模なレベルでの再現が行われて実用化される。
2098年:非ユークリッド境界接続装置が地球を主に太陽系各地に設置される。スターゲートと呼ばれて公共交通手段となる。
2101年:冥王星施設の稼働に成功。データ復旧と共に当該施設を作ったとされる文明の1都市に接続する予定が組まれる。
2102年:冥王星施設のゲートが開通した直後、太陽系全体のスターゲートも同じ場所に接続される。ゲートの先は地点不明の惑星で地表の多くが赤い砂に覆われ、霧が立ち込めていた。これらはゲートからあふれ出し各地を汚染。大崩壊の年と言われる。ゲートは破損。
2104年:大崩壊による資源不足などで、各地で紛争が勃発。一部国家は協定を組み汚染に対抗する機関を設立。紛争から避けるために比較的内密に活動。汚染の影響を受けない人間の存在を認知。特別に保護して徴用する。同年、方舟の建設を開始。
2106年:急造にてスターゲートの第二世代を建設。地球外文明の探索を開始。汚染逆転の技術を開発していた痕跡を発見。
2109年:未完成の汚染逆転の技術を解明。補完して完成させると共に、「鍵」の存在を認知。捜索が開始される。
2110年:鍵の場所が明らかになり、回収作戦が行われる。15人のチームにより作戦成功。施設が襲撃されたが鍵は無事方舟へ移送。有耐性
人材は紛争解決または必要な時まで凍結。その他の人材によって方舟内部で汚染逆転装置「タワー」の部品の製造が開始される。
2118年:方舟で危機的な電力低下が起き、凍結中の人の12%が異常覚醒により重篤な脳障害で死亡。後に電力は回復。
2123年:戦力疲弊によって世界的紛争が終焉。機関の地球チームは残存した国家の統合、タワー建設のための基礎の準備を開始。
2135年:地球での基礎建設完了、最低限の復興を確認したため方舟に帰還命令を通達。方舟は帰還し凍結処理が終了する。
処置が終わり、しばらくして退出を促される音声が流れたのでそれに従い退出した。処置が終わってから放心している時間が長かったようで、私のポッドのあるエリアでは、私が最後の退出だった。床に印字されたラインを辿って行くと、途中で普通の服を貰う場所があったので、当たり障りのない物を選んで更衣室で着替えた。更衣室を出た後、今の状況を知ろうと忙しそうにしているスタッフに申し訳なさそうに声を掛けた。
「すみません。今の様子を知りたいんですけど」
「あぁ博士。えぇと、案内板辿ってブリッジでサトウ少尉を探してください。レクリエーション担当なので」
「ありがとうございます。」
言われた通りに通路を進んだ。通路の途中から窓があり外を見る事が出来た。先ほどまでとは打って変わって、見えるのは宇宙空間ではなく地上であった。遠くの方に小さくまとまったビル群が見えるが、全体的に廃れたような、静かなように見えた。過去の戦乱の世界はすっかり消えて、その後の疲れた世界が広がっていた。ある意味で私の精神状態と一致した地球の様は、一種の安心感を得させた。
ブリッジに着くと少尉を探した。少尉を見つけると、彼は私を会議室に連れていき説明を始めた。
「博士、お体の方は」
「大丈夫です」
「良かった。ではまず、大きなスパンの時代背景を説明します。」
彼は淡々と説明を始めた。説明曰く、私達が凍結されていたのは25年間であり、終戦自体は12年前。12年間を掛けてこの船を迎える準備が出来たから帰還したとの事だった。
「治安ですが、汚染、侵蝕がなく住居がある区域は基本的に問題ありません。ただ、なんというか…」
彼は言葉選びに悩んだ。
「なんというか、全体的に灰色で、疲れてます。」
詳しくはいけば分かるとの事だった。
「そして、あなた自身の話ですが単刀直入に言うと、とてつもない豪遊までは出来ないですが働く必要はないレベルの補償金が支払われています。後で確認してください。」
そう言うと彼は私に端末を渡してきた。
「これ、そのまま持って行ってください。」
「え、でも」
「余ってるんです。地上の人口が想像以上に少なくて、帰還した後のこの船からの在庫では多すぎたんです。どうせ廃棄かなにかでリサイクルです。持って行ってください。」
私は仕方なく貰う事にした。そうしてさんざん説明を受けた後、私は大事な質問を思い出した。
「あの、調べられたらでいいんですけど、人を探せますか。」
「公的な職員であればヒットするかも。お名前は?」
「エドワード・モル科学士官、27歳、いやえっと52か」
彼はPCに情報を打ち込む。結果が出たであろうタイミングで彼の顔が曇った。そして言葉に詰まった。私は遠慮しないで教えてほしいと頼んだ。
「戦死しておられます。残念ですが。申し訳ありません。」
私は、ガラス越しに見た最期の彼の顔を思い出した。そっか死んだんだと心の中で納得しようとすると涙が出そうになったがこらえた。
「じゃあ、あいつなら。ウィル、ウィリアム・バイオリー博士。WSCで働いてたからどうですかね。」
「…出ました。タワー建設の現場で働いておられますよ。場制御中枢製造のチームに配属されているようです。」
「そっか。」
私は他にさらに3人の友人の名前を聞いたが検索にはかからなかった。彼は、復興省関連の人物しか登録されてないし、今の人口の15%にも満たない人数しかいないから心配しないようにと言って励ましてくれた。私は礼を言ってここを去る事にした。
私はこの方舟から直接街に向かうトラムに乗った。シャトルのガレージがそのまま駅となっており、レールが中へと伸びてトラムが入れるようになっている。力技の改造だか非常によくできていた。なるべく新しい物を作らずにそのまま利用するといったような風潮が感じられた。トラムは無人で、偶然にも私以外の乗客が居なかった。扉が開いたので乗り込む。椅子におとなしく座って待っていると、特に何かのアナウンスが流れるわけでもなく、ただ単にブザーがなりドア近くのランプが点灯するのみのお知らせのあとにドアが閉じた。少し乱暴な加速のあとトラムは安定し、反浮遊走行に入る。環橋で加速を開始してかなりの速度で移動する。後ろの窓にはすでに少し小さくなった方舟が見えた。再突入の際のススや隕石による損傷はあるものの、周辺の建造物に比べて、方舟はモダンで小綺麗で際立って見えた。進行方向に見える街はビル群で中心のあたりに少し高めの建造物がある。恐らくはタワーの基礎をなる物だろう。その周辺のビルはよく見ると出来が悪く背の低いものが多い。タワー稼働まで安全な地域で暮らさせているのだろうか。タワー建造に従事する人々が住んでいるのだろうか。さらによく見ると、居住可能なエリアのさらに先、汚染区域を挟んだ遠く遠くに同じような場所がかすかに見える。
一通り景色を眺めて飽きた私は席に座り直した。誰もいないし、カメラがあるわけでもないので行儀悪く、ソファに座るかのようにした。規則的な機械音をその穏やかな姿勢に反して私は緊張していた。なにせ友人に会うのだ。学生時代同じ研究室であったとは言え、大崩壊のあとはあまり会えて居なかった。私としても5、6年ぶりだし、更に相手には約30年ぶりである。私にとっては再開出来た友人として振る舞えるが、彼はそうはならないだろう。紛争で混沌とした時代を生き抜いてタワー建設に関わっている彼はもはや別人かもしれない。気楽にいくべきか、初対面のように丁寧にすべきか。どちらにしろ、コミュニケーションの苦手な私には言うべきセリフは浮かんでこなかった。ふと思い出し端末を開く。ネットに繋いで、かつての自分の個人アカウントがまだ機能している事を祈る。画面に、サポートが終了されたサービスでアップロードは出来ないと出ているがログインする事は出来た。クラウドストレージを開いて画像フォルダを開くと懐かしい景色が映る。私を含めた5人の集合写真を開く。今は汚染地域となった場所にあるテーマパークで撮った写真だ。左から順に、高校からの知り合いで物資輸送船の船長になったロイ、同じ研究室で卒業後、機関の科学士官となったエドワード、私の中学からの友達でゲームのベンチャーを企業したサキ、そして私、最後にこれから会う予定のウィル。この写真に写る皆はまだ二十代前半だ。今は私だけ27歳でギリギリ二十代なのだ。エドワードは亡くなっているし、他は生きていても五十代である。この離れ具合を未だに実感できようがないが、これから数十分も立たない内にその違和感と接触しなくてはならない。鍵を手に入れるための探索の方がよほど怖いはずなのにそれ以上に緊張しているような気がする。そうこうグズグズと悩んでいるうちにトラムは減速域に入り速やかに街側の駅へと到着した。
赤い星の記録
見たこともないデザインの高層建築物群は私を感動させた。霧が出ているためその頂上を見る事が出来なかったがその大きさを用意に想像させるほどの基礎部分の大きさであった。壁面を赤く汚す砂をはがすとその下には美しい白いコンクリートのような素材が顔をみせた。ここに見える多くの物が真っ白であった過去の世界を想像した。サラサラで歩きづらい赤い砂の上を歩き、長年の劣化で壊れて霧の上からの転落して来る外壁をよけつつ進むととある建物の入り口が見えた。金色と黒色の金属で出来たゲートは不自然に丸い形をしており、表面に複雑な模様が見られた。模様に沿って溝が入っており、それの具合をみるとどうやらその溝に沿って稼働するように思われたのでバールと油圧開放機でこじ開けた。一度動くとあとは一人でに開いた。ドアの奥には外を同じように赤い砂が入り込んでいた。
全体的な構造を見るに住居のような物を思われたので、文化を捜査するために奥へと進んだ。白い半透明の板でできた扉が廊下に並んでおり、それは絶妙に柔らかかった。バールを押し当てると先端が沈み込み、ある程度刺さった所でその場所を起点にボワップという音と共に穴が広がった。太鼓の膜のような構造であったようで、ピンと張っていたのが破れて縮んだのだろう。部屋には窓があり、外は砂でおおわれていたが、わずかな隙間から光が差し込み人型の何かを映し出していた。砂を取り払いよく見ると、人間とある程度似た形の骨格の遺体であると分かった。遺体は全体が繋がった一枚になっている複雑な立体構造の服を着ていた。赤や金、白で着色された模様があしらわれ、一部にはほかの場所で見つかった文書に書かれていたような文字が印字されていた。またその遺体の下の右手(腕に当たると思われる器官が合計4つある)に透明な小さい立方体が握られていた。僅かに発光していて、まだ稼働している何かしらの機械の可能性を考慮しロボットでの接触を行った。手に取ると面の一つに丸い模様が点滅しながら出てきた。それをボタンと解釈して押すと立方体の中心から光が流れ出し、その光は先の遺体の服装と似通った姿を映し出した。映像の主は人間で言えば目に当たる場所を震わせて、半濁音とクリック音を主にした発声を行っていた。内容は不明だったが、明らかにその声に力がないように聞こえ、最期の言葉のように思われた(後の言語解明後、家族を汚染に伴う病から守れなかった事への謝罪の言葉であると分かった)私達は「彼」の遺体と遺品一式を持ち帰り、彼の思いを残すことにした。
街側の駅には方舟と同様に作業員が走り回っていた。下車すると、作業員の一人がトラムに向かっていくのとすれ違った。作業員はトラムの下のハッチを開けて貨物を取り出していた。人員輸送以外に方舟―街間での物資輸送もになっている様だった。私が乗って来たトラムが去っていくと同時に別のトラムがついた。そのトラムの中にはたっぷりと貨物が載せられており人は乗っていなかった。私が当然のように乗り込んでしまったので、方舟に居る時に貨物を載せるのを遠慮したのだろうかと考えた。迷惑をかけたかもしれないと少し後悔しながら駅を出る。
街には歩行者がほとんど居ない一方、道路に非常に多くのトラックが行きかっていた。街の地図がすぐそこに設置されていたので自分の位置を確認した。タワー建設予定地から軽く10km以上離れていた。これはどうしたものかと考えあぐねているとメールが着ていた事に気付いた。方舟で私に色々と説明してくれた少尉からのメールで、忙しくて説明し忘れていた事があったとの事だった。住居と交通手段に関する物で、タワーが出来上がるまでの住環境と、車の提供があるそうだ。車は駅のすぐ近くの空き地においてあるとの事でそこへ向かった。空き地はだだっ広くコンクリートで舗装された場所で白いスプレーで急遽作られたラインが書かれていた。広い空き地の中に数台だけ乗用車が残っていた。最も近くにあった車に近づき覗き込む。標準的な乗用車だが小型車というより中型車程度のサイズ感だが、タイヤはゴムチューブではなくパンクのない金属ハブタイヤに置き換えられている。なるべく消耗品をなくそうという試みであろう。結局、どれが自分に割り当てられた物か分からなかったので、端末から解錠を行うと目の前に今覗いていた車から大音量の解錠ブザーがピピっと鳴り、私は心底驚いた。
車は非常に操作しやすく、バランスの良い性能であった。ただ、中に入って気づいたが、様々な場所が簡単に取り外せるような構造になっている。実はタワーが建設された後、汚染反転をする際には全ての人はタワー内部に退避する必要があるのだ。その時に省スペースで車を格納するための工夫だろう。タワーで地球を再建する予定があるからこそ、この後の事まで考えて様々な賢い処置が行われているのだ。私は文明再建のチームにはいなかったので詳細を知らず、たった今かれらの功績を実感している訳だ。ますます自分のやったことが大したことではないように思えてくる。そうして落ち込みながら、トラックに交じり道を進めていくとタワー建設地についた。トラックがゲートをぬけていくのを見ながら、周りを見渡すと従業員用入り口という看板を見つけたのでいままでにしたことのないくらいの迅速なUターンをして入っていった。駐車場が広がっており、その見た目は過去の世界と変わらない“至って普通の駐車場”で安心感があった。適当に空いている場所を見つけて駐車し、入り口を思しき場所へと歩みを進めた。エントランスに入ると会社のようになっており、インフォメーションと言えるような受付があった。
「すみません」
「ご用件は何でしょうか。」
滞りにない返答に戸惑いながら、一生言う事はないだろうと思っていたセリフを吐いた。
「人を探してまして」
「はい?」
さすがに受付のお姉さんも驚いたようだ。隣に居たもう一人の案内のお兄さんも聞こえてきた言葉に驚いていた。方舟から戻ってきた事と、ウィルの友人であるというのを伝えて、どうしても会いたいと頼みこんだ。彼女は担当の課に連絡を取った。向こうのセキュリティリーダーが元機関の務めで、私の事を知っていたようで案内がてら連れて行ってくれる事になった。電話を下すと彼女は私に謝罪をした。
「すみません。博士だとは気づかなくて。」
当然の事だ。顔や名前が公開されているわけではなく、単に、鍵を持ち帰った研究員としてなぜか英雄扱いされているのだ。無名の英雄なのだ。この博士という肩書も、探索への従事から特別に与えられた物で正式は博士号ではない。まわりの人が英雄と言わなかったら私はただ一人の、命を掛けてうごいた一研究員で、あのような遊んで暮らせるほどの賞与を受け取る事は無かったかもしれない。リーダーが受付にたどり着き私を案内した。施設内はやはり会社のようであった。そして、簡単に片づけられる工夫が各所になされていた。おそらく目に見えない場所にもその工夫があるのだろうと感心した。解説を聞きながらオフィスゾーンを通り抜けて、建設エリアに来た。縦方向の非常に幅の大きなトンネル状の構造が見えた。つなぎを着た作業員が多く。遠くでは工具の作動する音が聞こえた。リフトで地下まで行くという事でむき出しの吹き抜ける風を感じる籠に乗せられた。周辺が暗くなり始め、上空の吹き抜けていく見えていた空が大分小さくなってきてやっと底に着いた。巨大な有機ベースコンピューターとフラックス制御装置が建設されており、その下部では多くの人々がコンピューターを操っていた。リーダーに案内されてとある男性に近づいた。リーダーは彼に話しかけて一言二言会話をすると
「あとはごゆっくり、終わったらリフトまで来てください。」
と残して去っていった。彼はPCを打ち終えてひと段落したという様子を見せると椅子から立ち振り返って私に近づいてきた。
「久しぶり英雄さん」
その中年の男性は、私のよく知っている声で話しかけてきた。
「あ…ウィル。その」
「老けた?」
「そうじゃなくて」
私は笑って否定した。
「…久しぶり」
「ここまですまないね。離れられなくて。これの調整の最終段階だから。」
「大丈夫だよ。すごいねこれ」
「…体は?大丈夫か?」
「すくなくともウィルよりは元気なはずだよ」
「それもそうだな」
私は早速話題に困り、他の友人の事について聞く事にした。
「いま生き残ってるのは、僕を含めて二人だけだよ。僕とサキだけ」
「エドワードは戦死って」
「あいつが死んだのは君が方舟に行った日じゃないぞ。なんとあそこでは勝って生き残ったんだ。別の場所だよ。」
死んだという事実は同じであるが、私の脱出をかばって死んだという風に感じていたので肩の荷が下りた気がした。
「ロイは終戦後だよ。まだ混乱してた時期に強盗に襲われてる人を助けようとしたらしい。あいつは住んで辺りのエリアで大分慕われてたみたいで慰霊碑が立ったよ。すごいよな。」
「いろんな事があったんだね。一瞬の間に…」
「一瞬の25年だ。」
「…」
私は再びむなしくなった。
「サキは…何してるの」
「あいつはな、相変わらず社長をやってるんだが、病気でね」
数年以内にはおそらく死ぬだろうと見られているとの事だった。汚染に伴う免疫疾患を患い、ここ数年ずっとベッドだという。
「あいつのわがままと金の力でな、汚染で封鎖された第七都市の境界線にある建物に一人だけの病棟を臨時でつくってそこでくらしてるよ。」
「サキ、ダイナナの生まれだもんね。」
「まぁこういう言い方はあれだが、死んだ奴よりもいま生きてるやつの方に行ってやれ。僕はまだ元気だしまだまだ動けるからサキのとこに行った後でもいくらでも話せるだろ」
「そうだね」
そう言う彼の言葉には、数多くの別れの経験が感じられた。私は彼に言われた通りにサキの元へ向かう事にした。汚染地域ギリギリの僻地なのでこの場所からは遠いのでいったん提供された住居に行って、様々整えてひと眠りした後に行くことにした。冷静に考えれば、一日も立たないうちに様々な事があった。これほど疲れるのは当然だった。
医療部提出 日記 下書き・メモ
■■■■■・■■■■■■■■科学特殊士官2108年3月4日 日曜日
今日は初めてダイブインをした。ゲートを通ってレッドプラネットに下りた。スーツはキツくて重かった。そして向こうに着いた時、あの汚染の源泉で、腐敗を感じた。それによって死ぬことはないのだけれど、何とも言えない不快感がずっとみぞおちに感じられた。手の甲が僅かにピリピリするような刺激なども感じられた。先輩達はみなじきに慣れると言う。慣れてしまうほど何回もいかなくてはならないと考えるだけで嫌な感じがした。腐敗の気に慣れるのと、レッドプラネットでの物の扱い方の簡単なレクリエーションだけだったのでハードな探索は行わなかったが、ゲートから出て来てスーツを脱いだ時に力が抜けた感じがした。重い足を動かして一通りの汚染除去を済ませて、更衣室に向かった。室内のベンチに座って第1層着具を半脱ぎにし動けなくなった。適切な温度管理のおかげで上半身がインナーだけでも寒くなかった。同期か先輩か分からなかったけど、この後ないならゆっくりしたほうが良いと言ってくれた。
帰って来てからは、私はすぐに部屋着に着替えてPCを付けた。好きなゲームを使用と開いたが、起動してロビー画面から開始のボタンを押す気力が出なかった。結局止めて映画を見た。アクションではなく、なるべく静かな、海外のアニメーションを見た。イリュージョニストっていう海外アニメだが、言葉のセリフが限りなく少なく、映像表現だけなので疲れた時はいつもこれにしている。この映画をみながらこの日記を書いている訳だが、メンタル面の記録のために書いているのであって普段の私の習慣ではない。故に日記然とした表現になっていないような気がする。それに、最終的にこれ医療部に提出されるので、人に見られると思うときちんと内面まで書きたくない。ほんとは会いたい人の事とか書きたいけど。どちらにしろ、こんな疲れていては会う気になれない。その人に時折メールは送っているけど、レッドプラネットの赤さが頭から離れない。なんとか忙しい中約束を取り付けて遊んでも、その間もずっとあの赤い世界や、レポートの事とかを考えてしまうだろう。
この映画の~の後は提出には入れない
あとでもっとRPの事を細かく書く
あっちが興味ありそうな映画探してみる。なければどっか遊ぶ場所。
住居はこじんまりとしていた。学生の一人暮らしにはかなり広いが、家族やだれかと同棲するには少し狭くなる場合があるだろうという程度の規模だ。家具や家電は基本的に揃っており、熱源は全て電気であった。8階の部屋で通りに面した部屋だった。ベランダ等はないが、窓は大きく外の景色がよく見えた。寂しい灰色の街だが窓がないよりはずっと良いと思った。部屋の中央にあるテーブルには街で得られるサービスに関する一通りの情報やその調べ方について載っている雑誌のような物がおいており、食事のページを見た私は、食欲はないのだが、しばらくごはんを食べられていない事を思い出してこのままでは栄養失調だと思い、デリバリーを頼むことにした。ラーメンがあったのでそれを頼み食べた。味は悪くないが、麺はどうやらドライの物であった。こういう世界できちんとした物はあまりないか、と納得して食べた。容器は返却などではなくそのまま廃棄してしまう形式であり、容器を折り畳んでゴミ箱に捨てた。お腹がいっぱいになった私は、バスルームを探して自動湯沸かしを掛けた。風呂はトイレと同室型であったが狭くはなく快適だった。洗剤の類はパウチで3回分だけおいてあり、それ以降で自らで調達する必要がありそうだった。久しぶりの風呂に入れた私は急激に眠くなり、備え付けられていた部屋着に着替えるのを忘れて、ソファに座ったまま寝てしまった。
首、肩、腰に痛みを感じて起きた。ちょっとでも動くと痛みが出るわけだが、じっとしていてもしょうがないので無理に動き、体を伸ばした。昨日どうように食欲はなく、対して動いてもないのでこのままでもひとまず問題はないと考えてそのまま出かける事にした。
この街はダイナナなどの汚染区域の汚染が流れ込まないように、汚染区域よりも30メートルほど高い土地になっている。故に境界線はみな人口の断崖である。サキはその境界線の監視施設、断崖の際の建物を頼み込んで増築して治療しながら住めるようにしたそうだ。ダイナナは遠かった。高速道路が通っており、かなりの速度は出せたが3時間近くかかりそうだった。タワー予定地から離れるほどに共に走る車は少なくなり、しまいに、周辺に住宅がなく、インフラ施設や浄水施設等ばかりの土地になった時には、この高速を走るのは私だけになった。前方には高い建物がなくなり、何となく境界が見えた。その先には何もなく灰色の霧が立ち込めていた。恐らくあの下は赤い砂で満ちているのだろう。霧の世界から見たとき、その境界は壁であるが、この壁は霧と赤い砂の増殖に抵抗して汚染を広めないように出来ている。わずかに壁を上に伝っているが、タワーの完成までに十分間に合うほどは遅らせている。このダイナナは、私が方舟に行く前からすでに汚染地域であり、我々の五人の中でサキが最も早く、自分の故郷に帰れなくなったのだ。それでもなお彼女の明るさがなくなる事はなく、戦乱の中で進み続けていた。
曇り空の中進み続けると、遂に高速道路の終わりが見えた。高速を降りると進む方向は一つに限られていて迷う事はなかった。すぐ近くには大きな建物があり、ダイナナを表すイチョウの葉のような意匠がある。金属の格子柵で簡易的に動線が作られていた。それに沿って進むと少し広い場所にたどり着き、そこに車を止めた。警備員とみられる人物が車に近づいてきた。私は窓を開けて、アポイントメントは取っていないんがと断りのセリフを述べようとするとそれを遮るように
「あぁ博士!お噂はかねがね」
と話しかけてきた。軍部の所属であったため私の顔まで知っていたようだ。サキに会いに来た旨を伝えるとトランシーバーで連絡を取ってくれた。すぐに正門の自動ドアが開き、スーツの男性が入って来た、ドアが開いた直後は彼女かと期待したが、その風貌が明らかに男性と分かると、落胆と安心が半々で混じって感じられた。私が車を降りると警備員が、この場所に止めていて大丈夫なので言ってくださいと伝えてきたので、スーツ姿の男性へと近づいていくことにした。その男性はこの施設の管理責任者であったようで、来訪者である私を迎えたらしかった。
「これはどうも。その・・・」
「約束はしてないんですけども、連絡先とかがわからなくて」
「かまいませんよ。ミヤトミさんに会いに来たんですかね?」
「あ、あぁそうです。」
「分かりました。彼女に連絡します。」
そういうと彼はインカムに指をあてて連絡をした。
「ささ、中へどうぞ。多少の汚染除去行程はありますけど、まぁすぐです。」
陽気で軽い雰囲気の話し方であったが、仕事が出来そうな眼光を感じられた。施設に入るとエアロックに通され、四隅にあるヘッテルアンテナが赤く光り体全体に冷たさを感じる。方舟にあるものよりも簡易的で、アンテナが露出しており感じられる冷感が強かった。着ている服までまとめて除染するためであろう。そして除染を終えて先の廊下を進むと患者収容室と書かれた部屋があり、警備の人に入るよう勧められて従った。
部屋の中はかなり広いがあまり物はなく、部屋の一つの方向は全体が大きな窓で、失われたダイナナ全体を眺める事が出来るようになっていた。その窓の程近くに病院のベッドがあり、そこに彼女は横たわって窓の向こうを見ていた。ベッドの少し離れた位置に医者が診察室で使うようなデスクが壁に面して置かれており、壁にはシャウカステンが備え付けられていて、何枚かのレントゲン写真が取り付けられていた。私がベッドの方に近づくと彼女は私の方を見て話し始めた。
「すごいでしょここ。豪邸よ」
「そうだね」
大きく明るい声に反して、彼女の顔には加齢によるもの以上に、病状による窶れから来ているであろう老けが感じられた。私は心配する様子を見せまいと顔をこわばらせて、少し不自然なほどに無反応で居た。
「疲れたでしょ。遠かったよね。」
「そうでもないよ。まっすぐ走っただけだから」
若かりし頃のハツラツさが消えたわけではないが、牙が取れ、やさしさのある話し方であるように感じた。
「すごい景色でしょ」
彼女は再び窓に目を向けて霧に包まれた生まれ故郷を見た。そしてベッドのスイッチを押して体を起こした。
「こんなんでもね、社長なんだよあたし」
「らしいね。・・・なんの仕事なの?」
「エンタメというか娯楽かな。仮想現実を使ったコンテンツとかの再開発をしてる。これもウチのやつ」
そう言うと彼女はベッドの上を覆うように取り付けられた骨組みを軽く叩いた。それは黒く塗られていて、一種の兵器のような猛々しさがあった。
「ここで話してもあれだしさ、ドライブでもしよう。」
「ドライブ?」
「外で待ってて」
そう言った彼女は黒い装置の操作盤を押した。装置は静かに動き出した、ゴーグルのような物が彼女の頭の前に降りてきた。骨組みの至る所で青い光がともった。部屋の照明が暗くなり、就寝灯ほどの明るさに切り替わった。私はその部屋を後にした。
部屋を出て、エントランスのあたりのベンチに座っていると、再び男性とあった。彼は私に、ここではなく車の前でお待ちくださいと伝えてきた。外でというのは部屋の外でという意味であると思っていたので、少し困惑しながら従った。車の前で待っていると、エントランスとは異なる場所尾の出入り口、言うなれば搬入口のような場所から若い女性が出てきた。近づいてくると、若い頃のサキの姿であった。驚きで言葉がつかえているとサキが若い頃の声で話し出した。
「アバターロイドだよ。ウチでの特注。すごいでしょ。誰でも外に出られる」
よく見ると、骨格の細い人型の機械の表面の至る所にホログラムケルトが張り巡らされており、それによってわずかに透けてサキの身体を映していた。彼女が体を動かす度にほんの少しだけアクチュエータの作動音が聞こえ、足を地面に下す度に重さを感じる音が出た。
「給仕用途のやつのフレームをさらに補足して、ホロケルトで覆ってんのよこれ。色んな体形に対応出来るように各パーツのシャフトがアジャストできんの。どうやっても重量だけは102kg以下にできなくてさ」
彼女は興奮気味に話しを続けた。彼女が一言一言話す度に学生の頃を思い出して懐かしくなった。彼女はこれでなくちゃだめだ。私はそう思った。しかし同時に、この元気はこの金属の身体を通してやっと得られる物なのだと思うと、少し悲しくなった。サキは車に近づき助手席に乗った。さすがに通信遅延のために運転は危険なのだそうだ。私が運転席に座ると右側に彼女の姿が見えた。他のメンバーが居ないが、学生の時にみんなで旅行に行った時の事を思い出した。サキは私に話しかけた。
「どうしたのそんな顔して」
表情には出ていないはずだが、昔を思い出して哀愁に浸る私を見抜いたようだった。
「よく旅行行ったなって」
「そういうことか」
彼女は理解したようで、余計にしゃべならい方が得策と考えたのか静かになった。私は車の電源を入れて走り始めた。ただ静かにまっすぐ道なりに走り続けていたが、よく考えれば、より土地勘のない私がドライバーなわけで、どこへ向かえばいいかわからないまま走っても辺鄙な場所へたどり着くのみであるというのに気付いた。すでに数十分は走っていて、今更の発言する事にたいして
恥ずかしさを感じたが、沈黙を破って彼女に話しかけた。
「サキこれ、どこ行けばいいんだ」
私は笑い半分の気色の悪い発声で話しかけた。
「マジで言ってる?」
「ごめん!」
サキは笑い出した。少しすると表情と音声が固まった。7、8秒の間の後、彼女は再び動き出して笑い続けた。
「バーでも飲みに行こうか」
「バーあるの」
「あるよ。ウチが金出してる。」
出資か援助か、その言葉がすっと出てくるあたり、いかに経営という物を長くやって来たかわかる。
「というより私が提案したことにツッコんでよ」
確かにそうだ。アバターロイドの彼女は話し、体を動かすのみで食事は出来ないのだ。
「とでも思ったろうけど、味覚検知プローブがあるから再現性85%で味わかるんだ」
すごすぎて正直引いてしまったが彼女らしいと言えば彼女らしい。
「ほんとうにもう一つの身体な訳だ。」
「そうだよ。普通に作ったらとんでもない値段だし、そもそも個人に合わせた調整が死ぬほど必要だから市販は無理だけどね。あたしだけよ。」
彼女は自信満々に話す。
「で、どこに向かえばいいわけ?」
2133/5/13 定期機関オペレーター会議記録
1.032 小さな問題であるが、汚染区域の中に残された物品の回収という問題がある。
2.432 オペレーター1.032の提起に同意。基本的に足りてはいるが、あれば便利な物品は多い。
5.263 オペレーター2.432、不可逆的歪曲の可能性はないのか?
2.432 オペレーター5.263、一部は確かにそのような状態だが、砂の直接曝露が50bmil/s以下であれば修復可能な場合は多い。
5.263 オペレーター2.432、なるほど。
8.003 オペレーター2.432、ヘッテルアンテナも同様なのか?
2.432 共形分野専門家?
共形分野専門家 ヘッテルアンテナは、一応、作動していなければ大丈夫です。作動したまま直接曝露していると厄介ですけど。
5.263 共形分野専門家、拡散逸伝播か?
共形分野専門家 その通りですオペレーター。
1.032 拡散逸伝播の激しい領域を除けば、クラス6以上の防護をした人員またはクラス3以上のドローンで回収できるだろう。
6.576 静かな者達ならば拡散逸伝播のある領域でも問題ないだろう?
4.433 オペレーター6.576、その提案には彼らの貢献に伴う倫理的配慮が少し欠如している。
6.576 オペレーター4.433、それはどの条項への抵触だろうか
4.433 オペレーター6.576、第5種第34条「有耐性者の実質拘束に伴う任期以後の取り扱い」だ。
6.576 オペレーター4.433、確認した。感謝する。前言を修正し、改善案を要求したい。
3.555 任務配属を行わなくても該当する行動を自主的に行う者はいるのではないかと想定される。特に以下の隊員群414481720471304327585024508134017401873403875018375018374087124873050586310481308163058135130584103487130471039は
正義感が強いと報告されており、全てにおいて前職が救助職である。
1.032 結果、この案に関してはドローン回収をすでに始めた上で状況を周知するのみにとどめて志願者がいれば行うという事で決定で良いか
全オペレーターの同意によって可決:オペレーター総演算時間0.005ms:正当性67pt相当
私はサキの案内でタワーの街まで戻った。すでに外は暗くなっていたが、着いた場所はいたるところが明るく、人々が多く居た。私が昼間とは対照的な光景を見て、過去の世界の一部がそこにあるのを感んじとって感動した。
「この街にこんなに人居たんだ。」
さらに案内されて、「Forbs」と書かれたマゼンダのネオンが光るバーに着いた。店構えは明るい感じでバーというより人々が踊りにくるようなクラブに見えて、陰気な私は身構えたが中に入ると、確かにサイバーなデザインであったが暗めの照明で比較的静かな店内だった。客層の年齢も高そうに感じられて、私が最年少だと考えられるくらいだった。
「良かった、静かな店だね」
「フォーブス!」
サキはカウンターに近づくや否やその奥へと声を掛けていた。
「こっちおいで」
サキは私をカウンターに誘い、座るように勧めた。
「ここにいつも座ってんの」
「そこに座って、検知プローブを浸すだけだがな」
大柄な男性が出てきた。顔や腕にタトゥーが多く入っていていかつく見える。一方声は紳士的で、バーテンダーとしての技量が十分にあると感じられた。
「どうも。サキさんの友人ですって?」
「そ、そうなんです」
「なにかお好みとかあります?」
「ヴェスパー・・・でお願いできますか?」
「分かりました。」
「サキさんはマンハッタンでいい?」
「いいよ」
「そういや、久しぶりなんじゃない?こういうの」
「うん」
赤い星の探査を死ぬ気でやっていた時、方舟の乗ってここにくるより前は、基地が襲撃を避けるために僻地にあったことと、そもそも忙しかった事からこのようにきちんとお酒を飲む機会が無かった。お酒は私の趣味の一つであったが、数年近くきちんと飲めていなかった。ほんのわずかに時間が出来た時に、自分の宿泊室で自分の持ち込んだウィスキーを飲んでいたが、飲み切る前に私はタイムトラベルしてしまった。あの施設はとうの昔に汚染に飲み込まれ、私のウイスキーは置き去りである。回収しても、赤い砂にまみれて腐食したウイスキーは酷い味だろう。
私達は昔の事を様々に話した。今までサキがやって来た仕事、これからの未来のために娯楽を作る事。フォーブス曰く、戦後に衰退していた娯楽を再建したのはサキの企業だという。
「タワーももちろん大切なんだけど、結局その後に生きる気力が無ければ上手くいかないからね。」
「今の私だな」
「そりゃそんなすぐには無理だよ。昨日今日でしょ」
「もう一か月ぐらい前に感じる。色んな事があり過ぎたよ。」
彼女が私のかを覗き込む。そして手首をつかんだ。彼女の手から赤いレーザーが細く出て、私の手首の血管を正確に照らした。
「いつご飯食べた?」
「えぇ?」
「あなたにしちゃ酔うのが早すぎる。いつご飯食べた?」
「んん・・・昨日の夜」
「だけ?」
「まぁ」
「そりゃ酔うわ」
「フォーブス、何かある?」
「飯か。まかないでもいいかな。」
「チップにプラスアルファするからおいしいの作ってあげてよ」
それを聞いた彼はすぐに店内の奥に消えていった。油を引いて加熱する音が奥の方で聞こえた。サキは何故か相変わらずレーザーを当てている。なぜかと聞くと、血糖値が低く、現在酔っているのは事実だが、同時にアルコールの濃度の減少が検知できるほど早いのが異常だと言う。
「どゆこと?」
「アルコール分解が早すぎる。確かに血中濃度は時間で下がるものだけど、今飲んでいるというのに、のむのをやめてすぐに、わずかとはいえども減少があるのは不思議だね。ウィルにたのんで検査してもらおうか。」
「病気?」
「逆、超人。」
「うそでしょ」
フォーブスが裏から戻ってきた。美味しそうな鳥のソテーとパンが運ばれてきた。
「まかないだから、鶏肉がチキンステーキの端の物で小さいけど。」
複数のスパイスとハーブで味付けされて、オリーブオイルを入れて調理したようだった。スナックライクではないが強い薫りが非常に食欲をそそる。肉汁とオリーブオイルによって出来上がったソースが皿の底に溜まっていて、パンを付けると絶品だった。
「すっごくおいしいです・・・」
「サキさんの話だと、数年は調理されたものっつってもレトルトをアレンジしたものだったんじゃないですか?こういうの久しぶりでしょ。」
その通りだった。基地に行って4、5年間は保存食中心だった。残飯現象のために定期的にカレーが振る舞われたが、基本的に同じ味であった。
「生きてるって感じじゃない」
「ちょっと大げさだけど間違っちゃいないな」
私は黙って食べ続けた。完食した私は彼に尋ねた。
「このレシピ教えてもらえませんか。家でも作れたらつまみにもなるし。」
「・・・この街で食材ってどうするんだ」
一瞬冷静になって言うとサキが答えた
「全部基本通販だよ。デリバリーしたんでしょ?それと同じ。店舗って基本あんまりないからね。」
これにフォーブスが続ける。
「あぁレシピはいくらでも教えますけど、ところで今なんの仕事してるんです?」
「はい?」
「いやその、方舟から来てすぐでもしかして仕事探してるかと思って。」
「あぁ~」
「フォーブス、こいつはね、報奨金がとんでもなくて貯金がありえないくらいになってんのよ。私と同じくらいかも。」
「でもまぁ、仕事はあった方が楽だと思うよ。暇になると逆によくなかったりするし、無理しないくらいで始めてみるのは賛成」
「じゃあまぁそれはおいおい話すとしましょうか博士」
「ありがとうございます。」
第34回 治安維持チーム情報共有会合 文字起こし文書 機関 後復興期計画室あて
IL:統合リーダー SL:セキュリティリーダー IaTL:内部監査チームリーダー
IL (短い挨拶)でオムニセクトの事が気になってるんですが
B3SL 3人のメンバーがタワー予定地で撮影を行ったとの情報です。彼らがの本部ではそこまで大きな活動は無いですね。いつもの人類会合が行われたぐらいです。
B1SL 撮影行為は確認してます。内一人がキャスターのような形で演じてました。いつもの内容です。
ビデオ再生
「彼らは異星文明と契約して滅ぼそうとしているのです。あの車、異星人が乗っています。偽ノアの方舟からやってきたのです」
B1SL いつも通り高耐性者を異星人と呼称してます。
B7SL 全く失礼な。ましてこの人が一番の英雄だというのに。
IL 機関内通者についての情報は?
IaTL 3名ほど。泳がせて罠に誘い込んでます。もうすぐ墓穴を掘るかと
B4SL 退役者の個人情報が流させてるのか?任務中要因ならまだしも。すでに民間人だ。
IaTL 彼らに退役者に手を出せるような力はない。我々が見てるし安全だ。ご安心を
B4SL そういう話じゃない。倫理的な話だ。少しでも巻き込んじゃダメだろう。
IL (B4SLをなだめて)許容したのは私だ。そこらへんの事も承知している。今回だけだ。それにすぐ終わる。
B5SL 自己矛盾誘発のプロパガンダはどうなってるんです?
B3SL 潜入班が順調に進めてます。すでに3人ほどを脱退させました。幹部メンバーは、難しいでしょうね。
IL さすがにか。まぁ新規入会さえいなければ構わない。
B7SL この後におよんで陰謀論とはな。どうしようもないな。絶望が大きかったのは認めるが、あまりに非論理的な解釈だ。
B2SL 戦争の元凶だからな。そう簡単には完全消滅しないさ。私の高校の友人のいくらかもそうだった位だしな。
私はサキからVRを貰った。ゴーグルタイプではなく、サキ自身が使っているのと同じような完全ダイブ型である。大きさはあるが、まだなにもない部屋には軽々と入った。備えつけのソファを動かすだけして、黒い骨組みはベッドに備え付けられた。業者が帰った後、しばらくの間はその骨組みを眺めていたが、起動テストを兼ねて触る事にした。VR自体は中高生の時に触ったことがあり、学校が嫌で不登校気味であった時に入れ込んでいた。大学までよく遊んでいたが、大崩壊のあとはめっきり触っていなかった。久しぶりのVRである。酔ったりしないか心配であったが、視界に流れ込んできた鮮やかな情報を認識した時に、その時の懐かしさを感じた。様々な世界をめぐり、始めてVRを触った時と同様に現実世界よりも広く感じた。今は本当に狭くなってしまっているわけだが、中高生の頃は心の問題だった。些細だとは言わないが、今よりは解決のしようがある狭さだったろう。
しばらく仮想の中をさまよっていると、手首の辺りに指でつつかれたような感覚があった。そのあたりを注視するとベルのマークが現れた。タップするとサキの顔の写真と共に
「こっち来いや」
という文章が添付された招待が届いた。承諾を選択し向こうの世界に行くとそこには女性の人影があった。そのアバターは、サキのアバターロイドと酷似していた。唯一違うのは透けていないという事。この点で言えば、よりリアリティを感じる。仮想の方がリアリティを感じるという皮肉的な状況だが、そもそも私が本来の彼女の姿に現実感を見出していない事が悲劇的で、最も大きな課題であるはずなのだが。
「調子はどう?」
「どの?」
「どのっつっても全部?バイトもこれも、体も」
「悪くない」
「それなら良かった。」
わたしはあれ以来、フォーブスでバイトをしている。料理を作る所まではいかないが、個人的にお酒に詳しかった事がありやっていけていた。そして給料に関しては、店主の彼はかたくなに払うと言ったが、全くただ働きで構わない私としては、他に働いている人の給料に当ててほしい、自分が働いてでた利益分をその人たちに回してほしいと説得し、私の給料は0、わずかながら他の従業員の時給が上がったらしい。
「その、あなたの体のなんだけど」
サキが話始める。アバターの表情は、彼女の真剣な表情を再現した。
「機関のドクターにデータを送って聞いたら、似たような症例報告の話を教えてくれたの」
「似たようなって?」
サキは空を掬うように手を動かして仮想を出した。
「平均以上の代謝、解毒能力。一般的な薬から麻酔まで多くの人よりも顕著に効きづらかった。この例の共通点はなんだと思う?」
「なんだろう。汚染?」
「実は、間違ってはいないんだけど、一つだけ足りない。」
彼女はそう言うとその症例のリストを表示した。そこに書いてあったのは汚染耐性相対値の値である。高ければ、汚染に耐えることが出来る。
「症例報告のあった人達の相対値のグラフとリスト。どれも130近くを上回ってる。」
「あなたは357の高耐性者でしょ?」
明らかに条件に当てはまるわけだ。帰ってきた初日以来、家でお酒を飲む事があったが、どの時も酔いから来る眩暈は数分程度で解消した。短すぎるという実感はあった。
「なにか悪い事って」
「ないわ。今の所。まぁその、風邪の時に薬が効きづらいとか、鎮痛剤が効きづらいとかそういう問題はある。でも、代謝が強いからそもそも風邪は引きづらい可能性があるし、炎症が起きても非常に短い。」
「一先ず心配はしなくてもいいと思う。向こうのカルテに登録して貰ったしね」
「ありがとう」
私は心から感謝を述べた。本来の私の性格からすれば、このような伝手は嫌いなのだが、未だに自分から行動する気力が完全には回復していないため、申し訳なさを忘れて単純にこの気遣いを受け入れた。
「そういえば、第一次放射実験には出る?」
タワーの建設において、方舟から取り出された放射フィラメントの一つが取り付けられたため、世界最速で起動テストを行うというのだ。一応なりにも汚染の研究をしていた物理“名誉”博士である私にも見学の招待があった。
「サキは?」
「ウチがスポンサーの一つだから立会いの株主として」
「じゃあ行こうかな」
サキはニッコリと微笑み、そして再び口を開いた。
「終わった後、ウィルを連行して飯にでも行こう」
サキはいたずらな表情をした。
「そうだね」
汚染曝露記録 ■■■■■・■■■■■■■■
概要:■■■■■■■■はトキノ教授指導の下、試作品のヘッテルアンテナの機能試験をチームで実施。試験用の汚染源である、コイコトロル粒子RS-1102を持ち出した。保存カートリッジを設置したのち、開放窓が誤作動しRS-1102が不意に露出。■■■■■■■■は放射線上におり、顕著に曝露した。汚染検知のためにカートリッジ台の緊急遮断シリンダーが作動。カートリッジを覆い汚染は停止した。
対処・事後状況:実験チャンバー内に粒子漏出もまた汚染固着もなし。■■■■■■■■への健康被害を検査。健康被害なし、また耐性が確認された。耐性に関して要追加検査。
報告書受理 受理
追記書類
耐性検査およびそれに伴う招集について
■■■■■■■■は当該事案と検査から、スコア375を認定した。高耐性者の基準に当てはまる人材であるため、現地調査人員としての導入を検討中である。この招集は機関雇用契約条項sBc35Hとして適用される。また、当該人物は博士課程の学生であるため、雇用に際して名誉物理博士の授与を認める方針である。
以上
放射実験までは数週間あった。いい加減部屋を飾り付けるべきだと考えるようになった。多少なりとも心の疲弊が取れて来た証拠だ。また動けなくなってしまう前に私の創造性をふんだんに使い部屋を飾り付けた。この街、正確にはこの時代だが、あまり「実用的でない物」の供給は少なかった。探しているとサキの会社の子会社が多くヒットした。サキの功績がここにも残っているのだ。この薄暗い世界を活気づけるために奮闘したサキの力を凄いと思った。そうして探して、私の好きな北欧デザイン的な物を探し出した。部屋はモダンな感じになり、どこか大学時代の部屋を連想させた。個人居室があったとは言えカスタマイズする余裕が無かった従軍時には私の部屋という感覚は無かった。数年越しのやっと、私の部屋に帰って来たと感じる事が出来た。いつかサキを呼んでみたいなと考えたり、私の好きなお酒を集めていつでもカクテルをできるようにしたいなと考えたりしていると、自分自身がかなり活気づいてきたと感じた。
いざ、実験の日がやって来た。私はサキを、正確には彼女の義体を途中で載せてからタワー建設地に向かった。タワーの建設はさらに進んでおり、より高さが増していた。支柱・外壁は十分に高く見えるがまだまだである。中身はさらに複雑であり、第二フィラメントの敷設までが精いっぱいだそうだ。タワー一つにフィラメントは五十四本内蔵される。中身はまだまだスカスカなのである。
私はその高さに驚愕し、サキに話しかけた。
「これで高さ半分よ」
「でかいよね。人類史上高いんじゃない?」
「アバフ軌道連結棟の次にね」
「アバフは厳密には立ってないでしょ」
「それ言ったらタワーだって2400メートルからは延伸遠隔ワイヤーでつなぐんでしょ?立ってはないよ」
タワーは最終的に、地球上すべての物と遠隔で連結し支えあう事になっている。ウィルにその話を聞いた時は驚いた。巨大建築にもほどがある。タワーのネットワークが地球を覆いつくすのだ。そして先の話に出たアバフ連結棟はいわゆる軌道エレベーターであるが、建設された当時は、宇宙進出への新しい扉としてそれはそれは大きく宣伝され有効活用された。エウロパに地球外文明が見つかりスターゲートが開発されるまでの間、太陽系内の星間移動の拠点として活躍した。スターゲート始動以降は宇宙航海の象徴として一部は保存され続けたが、大崩壊以降の戦争では否定論者の軍勢によって占拠され索敵施設として悪用された。これによって私の居た施設は見つかり、箱舟への避難する結果となる。その後の時代に機関によって破壊されたらしいが、根本の施設だけは博物館として復元されたようだった。
やっとタワーに着くと、車を降り、顔パスで中へと導かれた。初日にウィルと会った所の少し上の辺りにコントロール室があり、そこへ誘導された。フィラメントを置く空間は地下50mの反転場生成機のプラグへと吹き抜けになっており、肝心のここは地上30mという事で実質80m上空に居る感覚だ。とても下を覗く勇気はなかったため、他の客人すべての後ろの方に陣取る事にした。サキは主賓であるので前の方に居るべきだが、私に気を遣って横に居てくれた。そして、招待客と他のタワーから集まって来た主任たちの更に前には、操作デスクに座るウィルの姿があった。
「それでは、始動テスト開始します。ジェネレーターは既に点火済みです。プラグ連結とフィラメント展開の確認のみを行います。」
ウィルは全体にそのように告知しながら全体を見まわす。見まわす間に私たちに目を合わした気がした。他のエンジニア達がせわしなく操作をはじめ、声を掛け合っている。そうして数分経つと、円柱状のフィラメントはガラスが割れるように複数のパーツに分かれ、その破片はお互いに距離を保ちながら、拍動するように元の形に集まったり別れたりを繰り返した。拍動が進む度にフィラメントが発する光は色を変え、黒かったのが白く発光、赤く変色し黄色くなったと思ったら、最終的に白い発光に落ち着いた。拍動は目にも止まらないほどになっており、その奇怪な動作に少し恐怖を感じた。地球外文明の技術由来であるというのが良くわかる代物だ。
「反コイコトロル場堆積が臨界状態になりました。放射を開始します。」
ウィルはたかだかと述べた。人類を追い込んだ赤い砂を追いやる事が出来る物がついにここに完成するという事に感動し、胸の鼓動が速くなった。ウィルともう一人の研究員が同時にノブを回すと、先ほどまではランダムな形に割れていたフィラメントが升目上に割れ、破片が宙に浮いたままになった。同時に強烈な低音が響き空気がびりびりと震えた。
「反転場出力成功です。肌がピリピリする感覚があると思いますが、心配いりません。」
この刺激を私も感じていた。まるで小さな繊維が肌に刺さっているような感覚であった。不快ではあるが耐えられないほどではなかった。
「このまま放射をつづけ、フィラメント変形を確認します。質疑応答はこの時間に行いたいと思います。それでは」
とウィルと専門家との質問タイムが始まった。私は質問する気はなく、ただ立っていた。少し疲れたのか多少のめまいを感じ肘を壁に突く。サキが私の方を心配そうに見るが、私は大丈夫、少しめまいがと言おうとし、言い切る前に喉の力から足の力までが抜けて床に倒れた。何とか手を突く事ができたので頭は打たなかった。その直後に胸が以上なまでに苦しくなり、息が出来なくなった。喘息にはなった事はないが、もしも経験するとしたらこういう感覚だろうと思う。周りが何やら騒がしくなり、サキは顔を近付けて何かを言っているようだが分からない。キチンと聞こえるのは先ほどから響いている低音のみで、肌への刺激は耐え難い電気のような刺激に変わっていた。視界が暗くなっていく中、もう少しで完全に意識を失う所で低音が鳴りやんだ。途端に体の異変は収まった。収まったとは言え苦痛による疲弊から起き上がる事は出来なかった。
いつの間にか眠っていたようで、目覚めた時には医療室だった。サキが横に居たが、何やら通話中の文字が顔に出ており微動だにしていなかった。起き上がって周りを確認していると水が置いてあったのでたまらずに飲んだ。とても喉が渇いていたのだ。コップ一杯を人生で最も早く飲み干すと看護師が入ってくるのに気付いた。
「大丈夫ですか。声聞こえてますか?」
「はい。気分はいいです。多少疲れてる…かな。」
「わかりました。体温測りますね。」
そういって一通りの簡易検査を終えると出ていった。念の為今日は泊まっていってくださいと言われた。サキがいつの間にか戻っており、私が倒れたときの事を説明してくれていた。そして非常に重要な事を思わしき事を教えてくれた。
「あなたが倒れたとき、ここの病棟の高耐性保持者の負傷者の人がね、あなたほどじゃないけど似たような症状を呈したらしいの。」
「耐性とこれになにかの相関があるってこと?」
「分からない。あなたの代謝の早さのデータとかの分析も進めてたけど、これは初めての事でなんのせいか分からない。」
「わからないっつったって、すくなくともこれは明確でしょ。私たち耐性者は反転場に耐えられないって事でしょ。」
私は語気が強くなってしまった。サキは黙ったままだった。私は大変な事だと頭を抱えた。人救うために私が手に入れた物が、今は私をむしばもうとしている。とことんまでに最悪だと落ち込んだ。やっとマシになった精神状態は、この一瞬で悪い方向へ戻りかけていた。
司令部通知書 送付元:医療部門 記述責任者:アーノルド・ホルダー医官
先に発生した事案についての報告です。二名の高耐性保持者が何らかの発作を起こしました。うち一名は重度の外傷の治療中でバイタルのモニタリングをしていたため詳細検査をしました。その結果、アナフィラキシーショックと非常に似通った症状である事が判明しました。この発作が起きたのは反転場放射の時刻を一致しており、耐性との関係性が強く示唆されます。また、事前に報告のあった耐性保持者の代謝速度についての分析、血液検査などから、細胞内に汚染した際に検出されるヘッテルマーカーが陽性でした。コイコトロル粒子に基づくような腐食場は確認されておらず、保持者の健康状態を害する状況ではありませんが、陽性の細胞はATP産生の速度が非常に早いという観測がなされました。少なくとも、この“汚染”は保持者の体機能全般の向上を引き起こしている事は確かです。
この報告から、我々としては、“汚染”に順応した体細胞が、汚染を相殺する反転場にさらされた際に異常を来たし、アナフィラキシーショックとして機能しているのではないかとの予測がなされています。もしこれが確実であれば、タワー本格始動とした場合、耐性者は地球上での生存が不可能となります。反転場を遮断する機構や、保持者を保護する方法の模索は必須となるでしょう。
ただこの時点では、とにかく調査をするしかありません。報告は以上です。
一通りの確認ののち、現在の私の体に異常がない事が分かると、家に帰っても良いという事になった。乱れた心のまま車にのり、ひとまず家への帰路についた。
そして、放射実験に関してだが最後の耐久検査を除きすべてに問題がなかったそうだ。このまま建設を続ければ、この穢れた世界を浄化する事が出来るのだ。しかし、それは私たち高耐性保持者のための世界ではないという皮肉である。こんな言い方は恩着せがましいが、高耐性保持者はみな機関に所属し、探索や研究において活躍した。誰よりも活躍して危険な思いをしていたはずの我々だけが後の世界で生きる事を許されないのだ。友人の半分を失い、凍結のせいで友人との年齢に大きな隔たりを生み出されそのギャップに苦しむ人生を送らなければならない、恐らくは友人の死を看取らなくてはならないという事実を押し付けられたかと思えば、それよりも前に私が死ぬかもしれないというのだから冗談ではない。私はなんとしても解決法を探さなくてはならないと思いながらも、この時点の精神状態ではまともに思考する事は不可能であった。
「クソ…なんで上手くいかない・・・」
私は車のハンドルを叩きながら呟いた。やっと生活出来るようになったと思ったのに、再び追い詰められる運命にいらついた。
私は、家につくとすぐに反転場の論文を探し、読み始めようとした。しかし残念な事に、数時間掛けて調べても論文はほとんどなく、反転場自体の研究はほとんど行われていない事がわかった。エイリアンテクノロジーの応用で生み出されたものであるが故に、機械の開発がやっとだった人類は詳細な研究までは行っていなかった。また、これから研究しようにもたった五年間では不可能である。不可能、という文字が頭に浮かんで、その意味を正確に捉えた瞬間に検索の文字を打ち込む手が止まった。数十分ほどパソコンの前で固まっていたが、正気を取り戻すと自分が汗だくなのに気づいてシャワーを浴びる事にした。シャワーを浴びつつも冷や汗の感覚が消えないという気持ちの悪い思いをしながらもなんとか浴び終わってシャワー室を出る。リビングに戻ると統合端末に通知が来ている事に気づき手に取るとウィルからの連絡であるとわかった。
『夕飯は食ったか?』
非常に短く一言だけだった。ウィルらしい単刀直入な言い方だ。こういう言い方の時はほぼ確実に夕食の誘いだ。そして、彼はひとりではない。おそらくサキを一緒だろう。彼が夕食に誘う時は誰かがすでに居ると決まっている時なのだ。
『まだ』
『じゃあ、第4区画5B6のスマッジで。ナビに打ち込めば来れる。』
第4区画はフォーブスのあるエリアだ。居酒屋やバー、その他いわゆる外食の可能な施設がそろっている区画である。外縁部には運動場などの広いエリアがあり、休日に特に賑わっている。今日は平日でありおそらくすいているだろう。すぐに着替えて言われた場所へ向かう事にした。
もはや車の運転には慣れた物で、端末のホルダーを買って取り付け、走行中に音楽を聴いているほどだ。今日に限っては音楽を聞く気にはならず、窓を開けて外気を入れながら走った。日が沈み暗くなりかけたマジックアワーの空は綺麗だった。残念ながら閑静な住宅街ではないので対向車や様々な環境音が車の中に騒がしく入ってくるが、落ち込んだ心はそういう音を都合よく消去し、無音にしてくれていた。走らせてすぐに第4区画につき、一部の平日休みの人々が騒がしく飲み食いしているのが見えてきた。ナビに従い細かい道を進んでいくと居酒屋のような物が見えてきた。すぐ近くの駐車スペースに入れ、店の前まで行く。しかしウィルの姿は見えなかったので端末で連絡する事にした。
「ウィル?まだ来てない?」
「あぁすまない。中に居る。通してもらってくれ。」
「分かった。」
そういわれたので中に入って行った。店員の誘導に従って向かうとテーブル席にはウィルが居た。しかしサキがおらず、死角に居るのかと探したが見当たらなかった。そこに居るのはウィルだけなのである。
「ウィルだけ?」
「そうだ。まぁ座りなよ。君は一杯目からウィスキーかな?」
「変わりなく」
ウィルがテーブルのデバイスを操作してさらに話す。
「食い物はテキトーにやるな。あぁ、でミヤトミなんだが」
「サキとかは?」
偶然にも話がかぶってしまった。ウィルの言葉を遮ってしまった事に申し訳なく思い黙っているとウィルが続ける。
「あいつは…来る予定だったんだが、少し調子が悪くなったらしい」
「そっか」
彼女の調子が悪くなる時は時々あった。症状のせいで動けなくなるのではなく、症状の際の苦痛を抑える薬と処置は睡眠を誘発するため、仮に義体があっても外出出来ないのである。おそらく今はもう寝ている事だろう。夜であるし、翌日まで寝ているだろう。
「治療法は開発されないのかな」
「いかんせん医師自体少ないしな。それに耐性の研究が優先だったのが原因だ。終戦あとから少しづつ行われてはいるが、遅いな。」
こうして小話をした後、料理がやってくるまで沈黙は続いた。私も彼も、寡黙で雑談はあまり得意ではない。基本的にサキが進行役なのである。どうやったって会話の不向きな我々はこの沈黙をかき消すすべを持たなかった。私なんかは、25年で年の功を得たウィルが多少マシになったのではないかを期待してもくもくと食べていた。するとウィルが話し始めてくれた。ホッとしたが、その話の内容によってその安心はすぐに終わりを迎える。
「なぁ、体は大丈夫か?」
「え、うん。」
「君の、あぁ正確には耐性保持者の代謝の話なんだがな、体細胞の一部が一種の腐食状態である事が明らかになった。」
「汚染?」
ウィルは医療研究部の報告を聞いたらしい。その内容によると、耐性保持者は一律に体細胞の3.56%に赤い砂、またはそれによって転化した痕跡が見つかった。しかし。通常腐食状態である場合、腐食場が発生し、赤い砂が生まれ周りを害する訳だがそれはないのだそうだ。またこれは、体細胞の代謝向上に寄与しており、反転場にさらした場合、この転化した細胞が悪影響を受けるとの事だ。転化を反転させる反転場にさらされれば、転化に適応した体は異常を来すという事だ。
「こうして色々と分かったわけだがな、一つ不思議な事がある。」
「エイリアンの高耐性保持者?」
「そうだ。外傷で死亡したと思われる高耐性保持者の保持者を君たちのチームが見つけたな。そして彼らは反転場の開発をしたんだ。我々人類よりずっと進んだ文明がこういうケースを想定してないと思うか?」
「人類の高耐性保持者みたいに転化しないとか」
「いや、する。会議でこれの提言後、古い倉庫から引っ張り出して検査したんだ。同じく3.56%の転化が見られた。」
「そんな」
「そこでだ、機関の方は、未だ未発見の文書があるのではないかと考えている。」
「鍵探索の時のように探査チームが組まれてるんだ。」
「帰還した耐性保持者が集まってるの?」
「そうだ。なるべく多くのチームで、短期間で見つける事を想定している。ただ正直、あんな場所にいかせるのはとてもじゃないが気が引ける。」
ウィルは表情を曇らせた。過酷な環境であるレッドプラネットに半強制的に行くように手配した機関は、我々耐性保持者に対しての謝罪として一切の兵務の免除、および高額の報奨金を送付したのだ。戦乱の時期はなりふり構わずであったが、それが終わった今の時代、耐性保持者はさながらVIP扱いであり、今回のように再び探索を命じるなど世論が許さないのだ。
「命令はもちろんできない。今集まっているチームは全員志願した者達だよ。軍人上がりのね。でも機関は科学者の隊員が必要だと考えていて・・・君にも声をかけるつもりのようだ。」
「・・・」
「もし連絡が来ても断れ。お前はもう行かなくていい」
私は当時の探索チームの中では若い方だった。耐性も高く科学士官として徴用された。学生のうちから探索員としてゲート基地に向かわせられ、研修は終わると探索に従事した。数年間の間、基地が発見されて攻撃を受けたり、レッドプラネットで危険な目にあったりと苦難の連続であった。半分拘束されていたわけで、ウィルがそれについて気を使っているのだ。確かに、私自身の考えとしても行きたくない。もういい加減にあの世界から離れたかった。離れて普通に生活したかった。しかし、今私に課せられている試練は私達自身で見つけ出すしかないというのだ。
「まぁうん・・・」
「・・・ここは払っとく。家に帰って自分の時間を過ごすんだ。いいな」
わたしは返答出来なかった。ウィルはどこか怒っているようだった。自分の力では救えない事、その上さんざん迷惑をかけた相手に再びの地獄を要求しなければならない事が悔しいのだろうか。ウィルは普段から無愛想で怖い印象があるが、慣れていてるはずの私でさえも感じるその表情は、店の他の人を圧倒していた。
里帰り作戦会議議事録
OL1:志願した帰還者の統計は?
FL45:機関軍人出身の人材が34名。戦闘・工作要員がほとんどです。
OL3:科学要員は?
FL45:5名です。まだこの作戦の周知がされていないのも原因ですが、なんにしても科学系人材は7割が一般人なのも原因です。
FL33:私の地区の科学系要員に関しては7人中6人に断られました。条項により強制もできませんし。
OL1:科学士官が居ないのは危ないな。見つかる資料が有益な物かの判断がつく人材がいるしな。
OL6:あの施設は結構大きかったな?
SA889:タワー三個分ほどです。小さな街3つですよ。
SA632:鍵の保管室を見つけられたのは事前に地図があったからです。どこに資料やデータがあるかもわからん状態では・・・
OL3:鍵のありかの資料から参考はないのか?
SA889:鍵のある辺りの建造物の情報だけです。あれだって断片だったから、修復して使ったんです。まるで探索初期と同じ状況ですよ
SA769:ギアスーツなど機材はずっと向上してますが、何せ数と時間の問題です。安全に動けますが、とにかく広いです。
OL1:どれぐらいで探査しきれると思う?
SA632:2年ちょっとと概算しています。
OL4:タワー完成まであと3年の時点か。技術開発が間に合うか心配ってとこだな。
以降内容はセキュリティクリアランス15以上の議事録となります。
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私は帰路についた。車で道路を駆け抜け、橋を通りすぎながら様々な事を考えていた。ウィルの私にあそこに行ってほしくないという気持ちはよく分かる。私自身も行きたいとは思えない。しかし、私にできる事はとても多い。エイリアンの文明と技術を調査し、解明して再現する手伝いをしていたので感覚は分かる。もちろん私以外に同様の技能を持つ物はいるが、数は多いだけいいはずだ。そして私は、ウィルの言い方からなんとなく、非常に無謀で無計画な探索になる可能性を感じ取っていた。それであれば尚更、物量が重要になる。私は求められているはずだ。ただやはり、あの過酷で、いつ床が抜けるかわからず、スーツに穴が開けば、死ぬことすらないが隔離室での一生を送る事となる。その危険性を思い出すと、一歩踏み出す勇気は無かった。
家についた後はいつも通り過ごし、床についた。翌日、ドアベルの音で目覚める事となった。借金取りのような連打ではなく、あくまで丁寧なチャイムであった。6回目のベルがなった時点で私はやっと服を着終え、来訪者を迎えた。
「こんにちは。OMCのツァオです。あなたにお話がありまして・・・」
寝起きで気付いて居なかったが、少し経ち頭が覚めてくると昨日ウィルに言われた事を思い出した。これは恐らく、探索計画の事だ。それに気付いた私は、彼が詳細を述べ始めるのを遮るようにして発言した。
「実は機関のほうで」
「探索計画ですか」
「・・・そうです。ご存知でしたか。」
彼は驚いては居たがいたって冷静で、私がその事をどこで知ったのかを探り出そうとする、詮索の目に変わったのを感じた。
「はい。その・・・考えさせてくれませんか。もう少し・・・」
「・・・わかりました。こちらの資料だけお渡ししておきます。一応外秘なので注意してください。あなたの端末以外じゃ読めませんので」
「はい」
「それでは」
私は彼の目に怖気づいて、はっきり断る事は出来なかった。貰った資料にはウィルに教えてもらった一通りと同様の事が書かれていた。ウィルに言われなかった内容は、過去に回収された資料から推察される施設位置の候補が書かれていた事だ。また、使用される機材は最新型で、添付資料を見る限り私が過去の時代で使っていたのとはかなり違っていた。私が使っていたのは重厚な密閉インナーを着た上で、パワードスーツとアーマーを着こみ、脱ぐのに10分強を要するヘルメットであった。電子バイザーによる視界確保で、ARで情報表示していたが、腐食波の影響を受けるため映像はガサガサだった。しかし新しい物は、インナーさえあるものの、薄く、そのまま生活出来なくもない構造であった。パワードスーツの出力は向上し、ヘルメットはヘルメットではなく、力場によって頭部を覆うという設計だった。私は凍結されていた間に開発された技術であろうが、異質な設計からエイリアン由来かと考えられた。私のダイブが最後で、この作戦が25年ぶりのダイブなのかと思っていたが、どうやら私たちのいない時期にダイブがあったようだ。そして一番重要な点である作戦の手順と長期日程の内容はとても精細に書かれていた。短期間で仕上げたとは思えないほど丁寧に練られていた。私がダイブしていた時代よりもよっぽど細かかった。組織の内部がしっかりと改善され、この作戦に本気で挑んでいるのがよく分かった。とにかく焦って急ぎ、物量で多少無理に解決しようとしていた過去とは事情が違っていた。私はここまでで見てきた街を思い出していた。たしかに狭く、娯楽も少ないが、少しでも良い環境になるようにと考慮した小さな配慮や工夫が見られていた。機関という存在は同じだが、昔の機関とは違う物であると言えた。
時代に取り残された私が機関に悪い印象を抱いているというだけで、機関は良いものへとなったと感じた。私はその日中かけて書類を読み込み、計画を理解した。私は、あの赤い地獄に行く気は無かったが、このまま死ぬ気も起きなかった。私は、あの地獄への再び足を踏み入れる事にした。
翌日、私は指定の場所へと車を走らせていた。持てる物と必要な物は向こうで揃えられる。昔よりは幾分か自由だし、事前に持っていく物は少なくて済んだ。そして不安と緊張からハンドル裁きが堅苦しくなっていたので、音楽でもかけようと端末に手を伸ばすと突然電話がなった。驚いたせいでスリップしかけたが、なんとか体勢を戻すと電話に出た。
「なに?!ウィル?」
「あぁ。どこに行くんだ。」
「どこに行くって?」
「街で車を見た。」
「ナンバーを覚えてるの?」
「俺は一回見れば覚えてるの分かってるだろ。」
「そうだった。」
彼は一息おいて続ける。
「基地に向かってるのか?」
彼は心配そうな声で話す。
「そう」
「いいのか?」
私は気が利いた一言でウィルの心配をかき消そうと思考を巡らせたが、良い候補は上がってこず、単純な返答を返しただけだった。
「うん。でも大丈夫だよ。」
「そうか。」
「少なくとも、あんたよりは慣れてる」
「そうだな」
ウィルの声には僅かに笑いが含まれていたのが分かった。私は彼を初めて笑わせる事が出来たように思う。
こうして短い会話を終わらせると、私は基地へと急いだ。基地へ着くとすぐに一通りの検査のための列へと誘導された。まるで人間ドックの簡易版である。これを行って一日を終え、仮の宿舎へと送られた。一応個室となっていたので最悪のケースである集団房状態は避けられた。その後の数日間で防護服の採寸と講習が行われた。久しぶりの授業だったが、昔を懐かしむ事ができ、案外楽しむことが出来た。スーツのカスタマイズが終了し、実際に配布されると使用の実習、および探査時の行動の実習が行われた。これに関しては半年程度しか経っていない私にとって簡単な物であった。スケジュールの関係からその後数週間空きがあり、その間はなるべく実習上でスーツを着て練習プログラムを行うようにと言われそれを行った。ハードだが不可能な物ではなく、程よく昔の感覚を思い出す事ができた。最初の頃はこれと同時に、昔の記憶が蘇って緊張するため、時たま息が切れたが、慣れてくるとそれも無くなった。終結したメンバーの中には、私のような再集結組と新規参加組がいた。新規参加組はさながら新兵という感じであるが、再集結組はいち早く「探査員の表情」になっていると感じた。わたし自身も鏡を見るとタワーのふもとでアパートに居る時とは全く表情が違った。地獄にいくとは言え長い休憩があったのだ。全力で挑む事が出来るのだから以前よりは簡単に行けるはずだと自分を鼓舞した。
スーツが体になじんできたころ、私たちがゲートへと向かう日になっていた。第一班として先行して、ゲートの点検、作動を行うチームに配属された私は、さっそく飛行機に誘導された。大型の軍用人員輸送機であった。タワー街に住んでいる時にはこのような装備を未だに持っていたとは信じられなかった。機関は様々な事に備えるために人々にはオープンに開示しないものの、多数の軍需品を備えていたのだ。
飛行機に乗り込むとついに出発するのだという実感さらに現実的になった。私は窓の外を眺めて最終点検などを行ったりと騒がしくしている職員が見えた。しばらくするとインカムに通知が入り、全員がヘルメットを着けるように指示した。ヘルメットとは言え力場膜の展開をするだけなのでスイッチを押すだけだ。全員が装着し、グッドサインをしたのを確認したチームリーダーはパイロットに指示をする。飛行許可が迅速に発令されると飛行機は急加速し次の瞬間には上空にいた。
削除済みデータ参照 権限 セキュリティ部門チーフリーダー ■■■■■■■
内容
機関は正義を語っているが、人権意識が著しく書けた組織だ。耐性保持者を有効な法的根拠を示さずに徴用した事は有名な事例として、現在では完全監視社会を構築している。犯罪を未然に防ぐためとはいえ過剰だと私は思う。カルトなどの世の混乱を招いた組織はすでに衰退し、もはや何の脅威もないはずなのだ。それに加えて一番の問題点は、実は完全な配給制であるという事だ。金など不要な社会を築いているという事をひた隠しにしている。あまりに無責任な事だと思う。働く意欲として金という存在を維持するためとでもいうだろうが、このような世界においてそのような浅い考えの者がいるだろうか。私はいないと思う。タワー建造のために働いているのだと分かれば配給制であろうと思う。国民が知るべき事を隠し詐欺行為を行っているのだ。今こそ、機関は人々を信じて行動すべきだと思う。
上巻終了
再会編へ続く
空の塔 第1巻 帰還編 YachT @YachT117
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