第三十五話 終了

 日はすでに落ちて、また上がっていた。


 その間に業はシュナのことを何度も、何度も、何度も何度も何度も何度も何度も何度も何度も何度も何度も何度も何度も何度も何度も何度も何度も何度も何度も何度も何度も何度も刺した。

 そして何度も、何度も、何度も何度も何度も何度も何度も何度も何度も何度も何度も何度も何度も何度も何度も何度も何度も何度も何度も何度も何度も何度も何度も何度も何度も何度も何度も何度も何度も何度も何度も何度も何度も何度も何度も何度も何度も何度も何度も何度も止血した。


 出血死にならないように。自分の意志で殺すために。間違いでも、事故でも、たまたまでもないように。仕留め損ねて、誰かに止めを刺されないように、確実に。


 時間の感覚はすでになく、業は目に見える傷のない範囲をひたすらに刺していった。それも限界があり。一度刺した場所を少しだけ深くすることもあった。傷のわりに出血によるシミが少ないのは、業が丁寧に止血したからに他ならない。


 最期の留めは、業の意志だった。刺されているのに笑っている気味悪さ。『神様』という言葉の反芻。母に言われていた記憶が蘇る。



「あなたは『神様の代行者』になるの。一般の人間にはできないことをする、高貴な存在。人の生死を判断する、貴き存在。あなたに一般の知識は必要ない。それは人間の生活で必要なだけだから。あなたに普通の生活はいらない。いずれはそれらを見下す存在になるのだから。あなたに血縁者はいらない。貴き存在に身内がいては足を引っ張るだけだから。あなたに『あなた』はいらない。私情を挟んでは『神様の代行』をスムーズに執行できなくなるから」



 シュナの声が母の声になった時、「だめだ」と自覚した。人間を、自分を、周りを、自分の駒としか見ない存在に吐き気を感じた。反吐が出る。こいつらが存在していることが許せない。やるなら今しかない。


 刺した。心臓に。


 細かい傷の中で、一つだけ深い傷。それは致命傷なりえた。けれど、業は刺してから疑問を感じた。シュナは生きていたのだろうか。微かに息をしていたのだろうか。言葉の通り、虫の息だったのだろう。すぐ死ぬか、止めを刺されるか。ギリギリの時だった。


 感触を想起した。業の口は弧を描く。


 アナウンスが流れた。


 ―― ≪刺殺≫!!!! ついに≪謀殺≫を殺害しましたーーーーーっ!!!! ≪刺殺≫初ポイントゲットです!! そしてこの時点で、実技試験ゲームは終了!!!! 勝ち抜いたのは≪模倣犯≫と≪刺殺≫!!!! 卒業生は1名、≪刺殺≫でーーーーーすっ!!!! ――


 終了の合図。それを聞いて、「風呂はいりたーい」と背伸びしながら、徹夜明けの顔で≪模倣犯≫は歩み寄ってきた。


「お疲れ様、≪刺殺≫くん」

「……ああ」

「今の気持ちはどうだい?」

「気持ち?」

「うん。復讐を果たした達成感とか、どんなものなのかなーって。僕は復讐ってものをしたことないからさぁ」

「……そうだな」


 ≪模倣犯≫を見る。原形のないシュナを見る。日の登った空を見て、鳥が飛んでいった。とても青く、透き通った空気。大きく吸って、小さく吐いた。


「…………たの、」

「うん?」

「……何も、ないな」


 まるで空の様に。そう付け加えた業の目は、ただ空を映していた。雲一つないそれは、まるで何もかもを吸い込んでしまいそうで、はたまた行き止まりのようにも見える。


 ≪模倣犯≫はどこか納得しない顔で「そっかぁ」と呟いた。業の肩を叩き、屋内へ戻って行った。

 そして、業は歪んだ目つきで自身の手を見つめる。


「あ」


 扉から入ったところで、振り向く。


「ところでさあ、『シュナ』って本名じゃなかったの?」

「……俺たちが生まれた時につけられた名前は別にある」

「へぇ。≪刺殺≫くんも?」

「ああ」

「だからお互い気付かなかったのかなぁ。顔は覚えてなくとも名前は覚えてたんだねぇ。君たちは本来、何て名前なの?」

「……シュナは、獣に苗で『獣苗ジュナ』。俺は大きいに一で『ひろかず』」

「変わった名前だね」

「そうだな」


 ≪模倣犯≫は興味を失ったのか、感想もそこそこにして階段を下りて行った。残された業は、青い空を見つめながら、誰に聞かれるでもなく呟いた。


「元から人間扱いしていなかった親らしい名前だ」



     ✢



 ―― ≪刺殺≫!!!! ついに≪謀殺≫を殺害しましたーーーーーっ!!!! ≪刺殺≫初ポイントゲットです!! そしてこの時点で、実技試験ゲームは終了!!!! 勝ち抜いたのは≪模倣犯≫と≪刺殺≫!!!! 卒業生は1名、≪刺殺≫でーーーーーすっ!!!! ――


 五月蠅いアナウンスがホール・・・に響き渡った。ある者は頭を抱える。ある者は床に四つ這いになって叫ぶ。ある者は走って扉に向かい、ガードマンに止められる。ある者は放心状態で椅子の背もたれに寄りかかり、ある者は現実逃避してじょくじの乗った皿の上に上半身をのせる。


 その中で一人、色付きの眼鏡をかけた男は黒い煙草に火をつけた。


「やるじゃねぇか、あいつ」


 その顔は満足そうで、どこか安心した色味を持っていた。一口吸って、輪っかにした煙を吐く。二・三個の煙のリングは宙に浮いて消えた。近くの黒服が灰皿を出す。眼鏡の男はそこに煙草を押し付けた。


 ―― さあ、閲覧者の皆様! 皆様の賭けた参加者は生き残りましたでしょうか!? 結果を確認いたしましょう!! ――


 先程まで業とシュナが映し出されていたスクリーンに文字が表示された。



     ✢



 ポイント順位

 1位(305ポイント) : ≪模倣犯≫

 2位(10ポイント)  : ≪刺殺≫


 敗退        : ≪謀殺≫

          : ≪撲殺≫

          : ≪銃殺≫

          : ≪毒殺≫

             ・

             ・

             ・



     ✢



 ホールは阿鼻叫喚の嵐に包まれる。


 身なりのいい服をしていた観客たちは周囲の何かを巻き散らす。涙、涎、服、食べ物、食器、花、金、金、金……。


 さながら競馬の様に、参加者たちは勝者について推測し、金をかけていた。最低金額は一千万。自分が推薦した人間に賭けるもよし。他者に賭けるもよし。囚人が勝ち抜き復讐者が全滅するに賭けるもよし。


 実際、会場の大体の人間は『復讐者が全滅する』に賭けていた。『悪』を許さず『正義』を全うしようとする≪模倣犯≫が、仲間の≪謀殺シュナ≫を置いて生きることが過去の戦歴。けれど、≪刺殺≫の業が勝ち抜いた。初参加が多いけれど、初参加者が勝ち抜くことはほとんどない。≪模倣犯≫が皆殺しにしていることが多かった。


 果たして、この時にどれだけの金額が動いたのか。それを知るのは運営側だけである。そして、動いた金額の一部を手にするのが、一人いる。


 ―― 今回、『≪刺殺≫が勝ち抜く』に賭けた方がお一人いらっしゃいます!! その方には倍率計算し、6億8千万円が振り込まれます!!! どうぞお気をつけてお帰りくださいねーっ!! ――


 ―― なお、今回の勝者≪刺殺≫、ユーザーネーム・業は、推薦者である犬飼様のもとに就職することとなっております!! 皆様も専属の殺し屋を得られるよう、次回のご参加をお待ちしております!! ――

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る