あなたから、言われるくらいなら。
たまこ
第1話
あぁ、まただ。
学園の中庭で、美男美女の逢瀬が目に入り、私は小さく息をついた。
「アマンダ、いいの?」
友人のリンが心配そうに訊ねた。
「うん、いいの。もう慣れたから。」
私は笑顔を作り、頭を振った。本当は良い筈が無い。あの逢瀬を楽しんでいる美男は私の婚約者ジェレミーなのだから。また、二人が視界に入り、私の胸は引き裂けるような痛みを覚えた。
◇◇◇◇
私とジェレミーは、お互い侯爵家の子どもで、爵位も同じで、親同士も交流があることから幼いうちから婚約を結ばれた。その頃は、恋、なんてものは知らず、ただただ大事な遊び相手だったが、成長するに連れて、私はジェレミーへの想いを募らせた。
感情表現の乏しいジェレミーが時折見せる笑顔が、私は大好きだった。ジェレミーも私のことを不器用ながらも大事にしてくれているように思えていた……あの彼女が現れるまでは。
ジェレミーと逢瀬を重ねるクララは、平民出身でその秀才さからとある男爵家に養子として引き取られたらしい。三か月前私たちの通う学園に編入してきた。ピンクブロンドの髪が目を引く可愛らしい人だ。
その可愛らしさから、多くの令息を虜にしているようで、女子生徒からの評判はすこぶる悪い。そして、私の婚約者のジェレミーも例外ではなく虜になっているようだ。
ジェレミーは私に対する態度は、以前と変わらない。だが、クララとの逢瀬もよく見掛けるし、クララとの約束を優先されることも一度や二度ではない。
私の心がぼろ雑巾のようになっていたある日、ジェレミーとの定例のお茶会に呼ばれた。
◇◇◇◇
「……そろそろ、婚約破棄を言い渡されるかしらね。」
ジェレミーの屋敷に向かう馬車の中、ぽつりと呟いた私の言葉に、私の専属侍女バーサは目を吊り上げた。
「お嬢様に無礼な行動の数々……あの男、絶対に許しません!」
「ふふふ。ありがとう。」
もうヘトヘトになってしまい、怒ることも忘れた私の代わりに怒ってくれるバーサの言葉が嬉しかった。
「なぜ、私が婚約破棄を言い渡されないといけないのかしらね?私は何も悪いことはしていないはずだけど。」
「お嬢様……。」
心許せるバーサの前だからこそ、つい不満を口にしてしまう。バーサから労わられていると、馬車はジェレミーの屋敷に着いた。ジェレミーの従者、アーロンに案内され、いつも通り、中庭の東屋に通された。
「アマンダ!会いたかった。」
嬉しそうに迎えるジェレミーが腹立たしい。大体、前回ジェレミーがクララとの約束を優先しなければ、もっと早く会えたというのに、何が会いたかった、だ。
「ジェレミー。」
言葉を探していると、そわそわとしながら、ジェレミーが私の席に案内してくれた。そして自身も席に座るが、今日は何だか落ち着きがないように見える。体を不自然に動かしたり、ぎこちない笑顔を浮かべたりしている。
「……ジェレミー、どうかしたの?」
「あ、ああ。落ち着きが無くてすまない。もうすぐ俺たちも卒業だろう?」
「ええ、そうね。」
「だから、結婚式のことをそろそろ相談したいと思ったんだ。」
結婚?一体、誰と誰が……?私は、思いっきり眉間に皺を寄せていたようで、ジェレミーは慌てたように私の名を呼んだ。
「アマンダ?」
「……結婚式、って、誰と誰の話ですの?」
「それは勿論、俺とアマンダの結婚式のことだよ。」
花を綻ばせるように笑うジェレミーに、私はこの三か月間の怒りや悲しみが最高潮になった。なぜ、他の女性を侍らせておいて、私との結婚をこれほど嬉しそうに話せるのか。ジェレミーの気持ちが全く分からなかった。
「……ですわ。」
「アマンダ?」
「婚約破棄ですわ……!他の女性と散々二人で過ごしておいて、よくも抜け抜けと私と結婚の話なんて出来ますわね!」
「アマンダ……。」
「私は絶対に許しません!ジェレミーのことなんて、だいっきらい!結婚なんて絶対しません!」
私は大声で叫んだ後、早足で玄関まで向かった。ジェレミーが追いかけることは無かった。
◇◇◇◇
「…………おい。」
「はい、ジェレミー様。」
アマンダが帰ってから小一時間、放心状態だったジェレミーが漸く口を開き、控えていた従者のアーロンが返事をした。
「俺の耳は可笑しくなったのか?」
「いえ。可笑しくなっておりません。確かにアマンダ様は、婚約破棄する、とはっきり仰っていました。」
「…………っ。」
「絶対に許さない、とも、大嫌い、とも、仰っていました。」
「う、う、何故こんなことに……。」
「ああ、あと、絶対に結婚しない、とも仰っていましたね。」
アーロンがちくちくとジェレミーを言葉の針で刺す。ジェレミーはとうとう言葉を失った。
「取り敢えず、追いかけなくて宜しいのですか?早くしないとアマンダ様が御父上に婚約破棄を強請られるかもしれませんよ。」
「……っ!それは困る!」
バタバタと慌ててアマンダの家へ向かう準備を始めるジェレミーを、アーロンはやれやれ、と呆れた目で見ていた。
◇◇◇◇
「お嬢様、大丈夫ですか?」
「大丈夫じゃないわ……。」
婚約者のジェレミーに声を荒げてしまった。元々、引っ込み思案な私には、信じられない暴挙であり、羞恥心から、帰りの馬車の中でぐったりしていた。
「だけどね、バーサ、私スッキリしているのよ。三か月間、ずっと辛かった気持ちをぶつけたからかしらね?」
「ええ。お嬢様の勇姿、バーサはしかと見ておりましたよ。」
「ふふふ。あのね、バーサ。私、本当に婚約破棄できるよう動こうと思うの。」
「ええ、ええ!それが宜しいかと思いますわ。」
「それじゃあ、帰ってからお父様に突撃ね!頑張るわよ!」
細腕を振り上げるアマンダを見て、バーサは大きく頷いた。
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