ウカチュピって

そうざ

What is “Uka-Chupi”

 同窓会での話題と言うと、どんな定番があるだろう。

 まずは当然、近況。仕事は、結婚は、子供は――次に学生時代の思い出話。あの先生は恐かった、誰ちゃんの事が好きだった、文化祭で、体育祭は、修学旅行の、煙草だ、バイクだ、夜遊びだ。

 その後は、現在の生活に纏わる愚痴や悩み。仕事が上手く行かない、姑と反りが合わない、ああだこうだ、何だんだ、どうしたこうした、ぴーちくぱーちく――それがどうした。

 やっぱり同窓会なんかに顔を出すんじゃなかった。中学時代、今一クラスに溶け込んでいなかった僕が顔を出す事自体が間違っている。


 当時、俺ってカッコイイだろ臭をプンプンさせてワルを気取っていた奴が幹事役で、全員が揃わないと格好が付かない、顔だけでも出してくれ、と実家暮らしの僕に猫撫で声で電話をして来た。うちは元々雑貨屋で、電話番号が当時のままなものだから、こんな面倒臭い事になった。

 僕が渋る素振りを見せると、先方は途端に、俺の顔を潰す気かと学生時代の階層ヒエラルキーを前提にした口調で嚇しに掛かって来た。

 僕が平身低頭で参加させて頂く事になってしまったのは言うまでもない。


「そんじゃ、取り敢えず乾杯って事でぇ」

「かんぱ~い」

「カンペーッ」

「今夜は飲みまくるぜぇーっ!」


 現在もそうだが、当時から僕はオンラインに居場所を求めていて、趣味サイトやチャットを通じて何とか人間関係を構築していた。僕の魂は教室なんかに固定フィックスされていなかった。周囲に話の合う奴が居ないのだからしょうがない。

 昔は、身近な人間との対話こそが至上のコミュニケーションである、という正論が罷り通っていたから、僕のような生き方は邪道で、卑屈に感じて然るべきだと思っていたが、現在はオンライン的価値観の方が断然実りがあると信じているし、実際に充実している。

 僕は、相変わらず中身の薄い話で馬鹿騒ぎをしている名ばかりの同窓生達を余所に、ずっとスマートフォンを弄り続けていた。

 しかし、片耳くらいは不毛な会話をBGMにして聴いていた。こんな居心地の悪い時空間に置かれてしまったのだから、僕なりに愉しまないと損だと思った。この際、彼等の不毛な人生をたっぷり観察させて貰おうではないか。


「したら、めちゃめちゃボコッてなっちゃってぇ」

「マジでぇ~?! ありえなくな~い?」

「でもそれって逆にカッコ良くね?」

「きっはははっ、チョーウケリング~ッ」


 兎角、彼等は薄っぺらい。

 それは、学歴がどうとか、社会問題に関心があるとかないとか、大恋愛をしているとかいないとか、そういう次元の問題ではなく、或る特定の物事を深く追求、言及、研究しようとする嗜好、要するに知的好奇心が欠如しているという意味でだ。

 彼等は眼前に餌を吊るされると半ば条件反射的に食らい付いてしまう。腐っているかも知れないのに、毒が混入されているかも知れないのに、その癖ろくすっぽ咀嚼せずに味わう事もなく呑み込んでしまう。

 その餌が何処でどのように調達された何という食材を用いているのか、表面の色具合を可能にしている技法とはどういったものなのか、はたまたどんな経緯を辿って成立し、料理史的にはどんな位置付けがなされている料理なのか、それが端的に何を意味しているのか、更にもっと美味でいて安価なものを別ルートで入手する事は可能なのかどうか等々の諸疑問を見事に素っ飛ばしてしまう。

 そして、自分で美味いか不味いかを判断せず、皆がどう感じているのかが価値の基準であり、近視眼的な仲間内に『あり得ない』と判断されたら自分にとっても『あり得ない』。そそくさと餌を吐き捨てる。

 挙げ句の果てには、そんな餌なんか食べたっけ、くらいの涼しい顔をする。そして、また新たな餌がぶら下がるのを惰眠を貪りつつ待ち受けるのだ。

 一事が万事、こんな調子だ。

 彼等は何も生み出さない。生み出せない。精々社会現象という名のレミングの群を形成し、行く先も知れず行進を強いられ続けるだけの哀れな存在なのだ。


「ウカチュピじゃないっつーのぉ」

「アハハハッ、例えうめぇ~っ」

「座布団、いっちま~い!」

「ナツいなぁ」

「流行ったよね~」

「もうマジで伝説レジェンドっしょ」


 ウカチュピ――初めて耳にするキーワードだ。

 会話の文脈からして中学時代、今から五、六年前に何かしらのメディアを介した共通体験に関する名詞であろうと思われる。

 連中のミーハー的志向性から類推するに、マニアックなものではない。それなりに大規模に人口に膾炙し、同世代内であれば男女を問わず誰もが言及可能な割りとメジャーな事柄だろう。


「何処の店も売り切れ状態だったよなー」

 ――店舗販売が基本、つまり抽象的概念ではなく具体的な物品という事だ――

「俺、ウカチュピ欲しさに徹夜して並んじゃったよぉ」

 ――知的好奇心の欠片もない連中がそこまで入れ揚げたのか――

「将棋倒しになって死んだ奴も居たらしいじゃん」

 漫画、ラノベ、アニメ、特撮、ゲーム、オカルト、軍事――これらの中に登場する単語であれば先ず僕の記憶にも残っている筈なのだが、愚民やつらが知っていて僕だけが知らないとなると、例えばファッション界的専門用語ジャーゴンとか――。


「ファッション雑誌でも特集してたもんなー」


 ファッション雑誌、と表現するからには、元来ファッションとは無関係だ。本来は他ジャンルに属するものを、にも拘わらず取り上げざるを得ない状況が存在していたという事であり、もっと言えばウカチュピは無関連なジャンルに対しても猫も杓子もとばかりブームに巻き込み、多大な利益を創出する戦略と求心力とを有していた事になる。

 僕の知識、情報に偏向がある事は認めるが、それでも全方位的に社会風俗に対してトレンドウォッチャー的関心を有している筈の僕が全く核心へと接近出来ないとはどういう訳だ。

 本当にウカチュピなんてものが存在するのか、実在の証拠エビデンスは何処にあるのか。


「鶏のナンコツ食べた~い、軟骨軟骨軟骨」

「じゃがバターも追加でっ」


 こうなったら文明の力を駆使するしかない。無論、忸怩たる思いで一杯だ。何故、単なる閑話的戯言から漏れ出たワードの解明の為に態々わざわざ愛機スマホのバッテリーやデータ通信量を消費しなければならないのか。

 が、止むを得まい。いつまでも連中の愚行に付き合っていられる程、僕は暇ではない。


「なんだアイツ。さっきからスマホだっかイジりやがって」

「俺達をガン無視かよ」

「ほっとけほっとけ、どうせアイツと話す話題ことなんかねぇんだから」

「アタシ、あの人と一度も喋った事な~い」


 何~っ――全く信じ難い事態だ。

 検索結果ゼロ件。別の検索エンジンで試しても同じだ。片仮名、平仮名で駄目ならばと類推されるアルファベット表記で入れてみたが全く検索の網に引っ掛かって来ない。

 僕は今、既視感デジャヴュの只中に居る。

 連中のような傍若無人な輩に何かに付け肩身の狭い思いをさせられた中学時代。当時の教室内に於ける人間関係の力学ダイナミズムが数年のブランクを経て復活し、如実に展開されているかのようだ。

 当人に訊けば直ぐに解決する問題などと考えるのは、薄っぺらな人種の思考パターンだ。会話の端々から重要と思われる語句を選び取り、考察、推理を巡らせ、謎へと一歩一歩肉薄し、遂にはその正体を一点の曇りもなきまでに暴き出す、その一連の行為全体にばら撒かれている快楽の香味料スパイスを賞味せずして僕がこの時空間に存在している事実の如何なる理由付けが出来ようか。


「ウカチュピは俺等にとってカリスマっしょ」

「て言うかトラウマじゃない?」


 カリスマだのトラウマだのそもそも連中の知ったか振りな貧しい語彙ボキャブラリーを頼りにウカチュピなる固有名詞の正体を模索する事それ自体に無理があるかも知れない。

 ウカチュピとは何語なのか。英語系の響きではない気がする。仏語でも独語でも伊語でも、かと言って中国語、韓国語の類でもないような、もっとプリミティブな響きに聞こえなくもない。

 イースター島で発見された木片コハウ・ロンゴ・ロンゴに刻まれていてもおかしくはないし、ブードゥー教の呪術師の間に代々伝わる禁断の呪文であっても違和はないし、南米の川でしばしば目撃されるという全長数メートルにも及ぶ伝説の水棲怪獣の名であったとしてもしっくり来る。

 勿論、事実上の日本語である可能性もある。外来語が更なる変質を起こし定着した可能性、更にそれが訛った可能性もある。

 否、全く別方向の考え方もあり得る。

 連中が間違って記憶している可能性、或いは記憶の上書き現象だ。本当はウカチュピではなくウカチョピとかクチャチュチとかムキャシュミとか、薄っぺらな連中には充分にあり得る誤謬だろう。

 しかし、そうなるともうお手上げではないか。聞くは一時の恥、聞かぬは一生の恥――故事成語の類が真理の一端を内包している事は流石に否定出来ない。


「そろそろ店を代えよっか」

「会計しま~す。女のコは半額でイイからね~」

「ヤッタ~ッ!」

「あいつが女のコ達の分を立て替えてくれま~す」

「えー、そんなの悪いじゃ~ん、でも嬉しい~っ、あはははっ!」

「おい、お前。女のコにカッコイイとこ見せるチャンスだぞ!」

「そうそう、金でおとこを見せろぉ!」

「きゃーきゃー、カッコイイ~ッ」

「ウウ、ウカチュピってっ」

「あぁん?」

「ウカチュピって何っ?!」

「なんだお前、まだ気づかないのか」


 僕をこの場に誘い出した張本人は、虚ろな目で僕に伝票を握らせた。

 店内の喧騒が遠退いて行く。

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