崖っぷちな俺、滅びの世界に光を灯す救世主に選ばれました。〜悪の討伐は、荷が重すぎる…〜

RYU

第1話 忍び寄る魔の者たち

 ある日突然、平行世界に召喚され『あなたは、救世主です。』と、言われたら、あなたは鼻で笑う事だろう。

 だが、そこの世界の自分そっくりの悪魔のような人間と遭遇しでしまったら…脳が混乱してしまうのではないだろうか…?


 何故なら、殆どの人間は、自分のいる世界が全てでありその感覚で生きている。今いる世界から抜け出したい、違う世界に行ってみたいなどと言うことは、子供騙しで夢物語なのである。

 『複数の多数の世界がある』、『もうひとつ別の世界がある』などと絵空事を思っている人達は、大人ではまず殆どいないであろう。




 とある世界の青い星の極東の島国ー。


 その平凡な男が、その奇妙な怪人に遭遇したのは、おぼろげに満月が浮き出た夜のことであった。


 その日は夜の9時を過ぎていた。バイト帰りの若者が黄色い声で、友達とはしゃいでいた。会社員は、家に電話を入れると忙しなく早歩きで駅のホームまで向かっていった。

 そんな中、神原ヒロミは、ボサボサの癖の強い黒髪に、年季の入った革ジャンとジーンズ、ボロボロのスニーカー左手には、スーパーの食材の入った、ブカブカのビニール袋をぶら下げていた。背は高めで顏は童顔で端正だが、全体的に野暮ったい雰囲気を醸し出しており、全てが台無しになっている。

 歳は、30代半ばあたり。

彼は、とある町工場の派遣社員をしている。

 時給950円、交通費込みー。毎日続く肉体労働に伴い、心身共に限界が来ていた。

 子供の頃は、大きな夢に心を膨らませていた筈なのに、今は、何故、こうなってしまったのだろう?しかも、年が年だし…と、彼は苦痛と絶望の日々を過ごしていた。

 


 ふと、すぐ後方で若い女の黄色い声が聞こえてきた。すぐ近くで、大学生くらいの男女のカップルが腕を組んでイチャイチャ歩いているのが見えた。少女は、イケメンの彼に恍惚とした表情で、声を昂らせワクワクしている。男は、子供をなだめる様な感じで苦笑いしていた。

「ねー、先輩。この前、占い師に夢について占ってもらったら、最悪だったの…」

「たかだか、占いだろ…大丈夫だよ。この俺が、守ってやるから。」

「先輩、頼もしー」

彼女の方は、男にべったりだった。


 

 彼女いない歴イコール年齢のヒロミは、この光景に強い殺意を覚え早歩きでその場を去ろうとホームまで向かった。

 恋愛の、何が楽しいのだろう…?この自分に、惨めな光景を見せたいのか…?と、ヒロミは強い怒りと被害者意識で一杯になっているのだった。

 

 しばらく歩き、冷静になった時、ヒロミは、ふと思った。

 

ーそういえば、自分は、最近まともな夢を見た覚えがない。助けを求める少女の甘い声と、黒い不気味な影に襲われる夢ばかり見ているような気がする。ー

 

 ヒロミは、深く大きなため息をついた。


「キャー。何よ…これは…!?」 

若い女の甲高い声に再び振り返ると、急に嫌な予感を覚え、ヒロミは寒気がはしったのだった。

 若い女の影が奇妙に変形し、そこからスライム状の黒い塊がぐにゃりと立体状に形をなしていた。そのスライムの様なモノは、次第に人の形になっていった。

「お、お前は、だ…!?」

近くにいた若者はその奇妙な光景を見て、尻餅をついていた。彼女の方も彼氏の袖を掴みわなわな震えている。

 すると、その黒い人形の塊は再び大きくぐにゃりと歪みカップル二人を飲み込んだ。

 ヒロミの身体は益々寒気が強くなり、鉛のような重苦しさと強い吐き気を覚えた。

 男は、暗く冷徹な眼差しで悠然と辺りを眺めている。そこで、低く乾いた口を開いた。

「何だ。ここは、楽園だと思っていたのだが…つまらん場所だな。」

 ドライアイスのような、乾いた冷たいハスキーボイスである。

「化け物だ!」

 群衆は脳が混乱し、四方八方に逃げ惑う。

「私は、雑魚には興味がないんだがね…」

再び、強い冷気と重力が辺りを覆い尽くすー。

 ヒロミは、地面に這いつくばり丸くなる事しかできないでいた。

 すると、群衆はたちまち気絶しその場に倒れた。



群衆の口から、次々と青白い光がゆらゆら出てきた。


男は、手を広げると掃除機の様な高速の音と突風が巻き起こる。そして、青白い光が次々と男の掌に吸収されていったのだった。


 ヒロミは、目を小刻みにクルクル泳がせていた。その奇怪な光景に頭が追いつけないでいた。


 男の足音が、ゆっくりこちらへ向かってくる。視線はそらしているものの、音が徐々にこちらへ近づいてくる。ヒロミの心臓は、滝のようにバクバク強く激しく音を立てた。



 ヒロミは、そこで気を失った。

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