第23話「求婚」
「……それでさ。ベアトリスは王都を危機に陥れたってことで、娘に甘いヴィオレ伯爵もカンカンに怒っていたらしい。王も今回の件は厳罰に値するってことで、許しがあるまではあいつ謹慎だってさ」
昨夜から長く掛かった事情聴取から帰って来られたルーンさんとライリーさんは、私たち夫婦が朝食を終えて庭園でお茶をしているところに合流した。
疲れていたルーンさんだけど、シリルが容赦なく昏倒させた聖女ベアトリス様とエミリオ・ヴェルデが連行されるところまで気になって見て来たので、彼らのくだされる処分についても聞いて来たようだ。
ベアトリス様については世界救済の仲間であるルーンさんを身勝手な理由で結界に閉じ込めたことと、結果的に守護結界を張れなくなってモンスターが王都にまでやって来る危機を招いたことが大きく問題視されていて、今までのように、国を守る存在だからと特に優遇されてわがままいっぱいには生きられなくなってしまうらしい。
「あとは……ヴェルデ侯爵は、一人息子の嫡男を捨てた。体の怪我が治り次第、貴族としての特権をすべて剥奪の上、国外追放だと……」
ルーンさんは眉を寄せて言いにくそうに言ったけど、これは貴族の家では良くあることだ。
問題のあった人間を、尻尾を切り落とすように捨ててしまう。そうすれば、名のある貴族という本体は取り潰されること……殺されてしまうことをまぬがれるから。
「……あの人にとっては、それが一番つらいことでしょうね」
私はそう思った。今まで社交界では名のある侯爵家の後継ぎ息子だと誰からも羨望の眼差しで見られ、何不自由なく生きてきた人だ。
贅沢に慣れた彼が何も持たずに、生家ヴェルデ家の名前も力も及ばない国外に放り出されるなら、彼にとって一番の罰になるだろう。
「そうかもね……フィオナは、これで納得出来る?」
シリルに静かに問われて、私は自分がどうしたいのかわからなくなった。
「あの人には嫌なことをされて、その時には本当に嫌でしたけど……彼自身については、もう何も。何の感情もありません。どこかで、未来に幸せになれると良いと思います。私が今、幸せだから」
「そっか。そうだよね……」
国外追放されたエミリオ・ヴェルデについては、もう顔を合わすことも話すこともないだろう。
だから、私には関係ないことだし、彼が望むような人生が送れば良いと思う。
そして、私はロッソ邸に来た時から無言だったライリーさんが、なぜか私をじっと見つめていることに、その時に気がついた。
私もそんなライリーさんのと金色の目と視線を合わせたけど、何かしら。彼は何かを言いたがっている……?
「あれ? フィオナ。ライリーみたいな顔が好きなの?」
何か用があるのだろうかと、ライリーさんを見ていた私に、不意にルーンさんが質問してきたので、咄嗟に本人を目の前にして思ったままに答えた。
「え? あ。ライリーさんですか? 格好良いですよね。悪っぽくて野生味があるというか……」
「じゃあ、これは?」
そう言われてルーンさんの方向を見ると、さっきまでとても可愛い顔をしていたはずのルーンさんの顔が、いきなり色気したたる大人の男性になっていて驚いた。
長めの黒い髪に良く合う、涼やかな青い目。けれど、さっきまでの可愛いルーンさんが成長した姿だと納得出来てしまう近似性。
ルーンさんは魔法使いだから、きっと自分の姿を自由に変えられるんだ。
「わ! え。これって、ルーンさんの成長した姿ですか? 素敵です! でも、これだと、ベアトリス様に追い掛けられてしまいますね」
「……ベアトリスのくだりは、褒め言葉でも何でもないから。おいおい。前に注意したことを忘れた? 夫以外の男は、もう褒めないはずだろ?」
「ふふ。そうでした。ごめんなさい」
私とルーンさんが仲良く話をしている間に、なぜかシリルがすっくと立ち上がった。
「ライリー。俺の妻に、何か言いたいことがあるのか?」
挑むような眼差しとその言葉に、ライリーさんも立ち上がった。そして、私の方を見て言った。
「フィオナ。俺と結婚しよう」
「……え?」
いきなり何を言い出すのかとぽかんとした私をよそに、ライリーさんは言葉を続けた。
「ルーンの話を、全部聞いた。シリルがベアトリスから逃げられたのは、フィオナのおかげだと。シリルと出会って一日で結婚を決められるなら、俺でも良いはずだ」
「いや。君は誤解してる。ライリー。別にそれだけで、俺たちは結婚してないよ。フィオナを一目見て可愛いって思ったし、エンゾだって、俺みたいな男には彼女はピッタリだって言ってくれたし」
シリルはライリーさんが何か誤解しているらしいと、さとすように言った。
「ヴィオレ伯爵と正面から敵対出来るノワール伯爵の年頃の娘は、フィオナひとりだけだよ」
「おい。ルーン……」
眉を寄せたシリルがルーンさんにとがめるように言うと、彼は肩をすくめて淡々と言った。
「俺。どっちとも仲良いし、どっちの味方でもないし。その程度のフィオナの情報なんて、調べたらすぐバレるだろ」
「俺がベアトリスから、すでに逃げ切れたのは確かだ……ライリー。すまない。今の俺は共に死線を超えた友人より、愛する妻が大事なんだ。結婚すれば、君にも理解出来る」
シリルは凛とした口調で言えば、ライリーさんはそれを鼻で笑った。
「お前。そう言うキリッとした真面目な顔したら、何言っても許されると思うなよ。フィオナ……シリルと、離婚してくれ。俺と結婚しよう」
正直に言うと、夫シリルではない男性に真剣に見つめられて求婚された私は、胸の中にある心臓が跳ねたようにドキッとはした。
……けど、これは別に! 浮気とかそういう訳では、絶対にないから!
悪っぽい美形で見るからにモテそうなライリーさんにこんな風に求婚されたら、世界のほとんどの女性はドキッとすると思う!
「は? ライリー。自分が口にしている意味が、わかってるのか」
二度目の求婚を聞いて脅すような口調になったシリルの後ろにゆらゆらとした白い竜が現れて、彼が戦闘態勢に入ったことが知れた。
「……ふっざけんな。わがままベアトリスなんか、一生面倒見れるか。シリルの方が、あいつの操縦上手いだろ」
「ライリーの方が上手いよ。俺にはもうフィオナが居るから、よろしく頼む」
軽い口調で言い合ったと思えば、二人とも真剣な表情で睨み合い、緊迫した空気が流れた。
「……良し。俺はフィオナ夫人への求婚権のために、シリルに決闘を申し込む」
「ライリー。殺されたいみたいだから、俺が特別に相手してあげるよ。覚悟は良いんだな?」
求婚権というと実はこの国独自の古い風習で、夫の許可があれば、妻に求婚することが可能になる。
昔は親に売られた妻とは名ばかりの奴隷のように扱われている女性が多く居て、それを憂(うれ)いた王が苦肉の策で可哀想な女性が愛する男性と結ばれるように作った法律だ。
けど、まさか……私の夫にそんな要求をする人が、現れるなんて……。
戦闘で言えば世界でも類を見ないほどに強い二人の放つ覇気に、私自身が何も言えないままに話は進んでいく。
昨日、初めて見た大きな赤い虎もライリーさんの後ろに現れて、彼らの応酬(おうしゅう)が本気であると知れた。
「おいおい。シリル。安穏とした生活に慣れ、動かな過ぎて太ったんじゃない?」
「はは。ライリー。人里離れた山に篭りすぎて目が悪くなったのなら、良い医者を紹介してやろう」
「ルーンから聞いたけど、結婚式するまで白い結婚なんだろ? それならば、離婚するのにも、何の問題もない」
「……ルーン!」
余計なことを言うなとシリルに睨まれたルーンさんは、両手を上げてさっき使った言葉を繰り返した。
「俺はどっちとも仲良いし、どっちの味方でもない」
完全に戦闘態勢に入ってしまった二人は空へと舞い上がり、本気で戦うようだった。
そして、目の前の光景に圧倒されていた私も、ようやく我に返った。
「……えっ……待って。嘘でしょう。こっ……ここは、王都のど真ん中なのに! 何考えてるの! ルーンさん、止めてください!」
あの二人が本気になって人口密集地の王都で流れ矢のような攻撃が、誰かに当たったらどうするつもりなの。それに、建物だって……。
「うーん。俺も、あいつらは一人一人なら対処出来るけど……二人を同時に止めるのは、流石に無理だわ……良かったね。男前二人に取り合われて。初めて会った時には、かけらも見えなかった自己肯定感が上がって来たんじゃない?」
珍しくご機嫌でお茶を飲んでいるルーンさんは、長い足を組んで二人の友人の戦いを高みの見物で鑑賞する気満々だ。
「もー!! ルーンさん!! そんなこと、言ってる場合じゃないですっ!! このままだとロッソ邸も、王都にも被害が出てしまいますっ!!」
「あー、そうかもね……シリルは王都の国民への賠償金で、無一文になるかも。どうする? 今度こそ、俺と逃げる?」
「そんなこと言ってる場合ではないですから!! シリル! やめて!! せっかく買って調えたお邸が、壊れちゃう! もうっ、降りて来てー!!」
Fin
ヒーロー視点の番外編続きます。
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