2 サークルはやたら多い

 午後の講義は同じタイミングで終わったので僕と羽賀さんは予定通りの場所で落ち合った。講堂前で待っていると野高君が話しかけてきたが、羽賀さんが現れるとそそくさとその場を去ってしまった。彼は羽賀さんと友達に戻った直近の人である。


「お待たせ。18時ぐらいまで付き合ってくれるなら4つは確実に回れるみたい」

「時間は大丈夫ですよ。じゃあ行きましょうか」


 あらかじめ集めてきたらしい紹介チラシを渡された後、僕と羽賀さんは最初の目的地であるマスコミ研究会の活動場所へと歩き始めた。



「……それにしても、総合大学にはいろいろな講義があって面白いわね。まさか大学まで来て漢文の授業を受けるとは思わなかったわ。同じ大規模な大学でも理系の学部にはどんな講義があるのかしらね」


 楽しそうに話す羽賀さんに相槌を打ちつつ、広い廊下を並んで歩いていく。


 仲良くなってみて分かったが羽賀さんはいわば大学マニアの変人だった。医学部を自主退学したのもトラブルがあってのことではなく、2年生の後半まででキャンパスライフが楽しくなければそうすると入学前に決めていたらしい。


 ちなみに色々な大学に入ってみたいと考えて最初にあえて医学部を選んだのは高校卒業後にブランクがあると面接などで不利になるからだという。確かに医学部に現役で入れる学力があれば中堅校の関可取大学には数か月の勉強で入れる訳である。


 実家は相当裕福なようで、娘がモラトリアムを満喫すると宣言しても許してしまうご両親の脳内は僕には想像がつかない。入学後に自分が医学部に合わないと感じて自主退学する人は珍しくもないらしいが、その後に入った大学も平気で辞めようとすれば普通は怒ると思う。



「ここがマス研の活動場所らしいわ。とりあえず入って挨拶しましょう」


 羽賀さんの後に続き、僕も第2講義棟3階の一室へと入った。



 マスコミ研究会の後は総合デザインサークル、広告音響の会、日本ワンルーム連合支部を順番に回って、今日のサークル見学はひとまず終わりとなった。


 学内のカフェテリアでコーヒーを飲みながら、僕と羽賀さんは感想を述べ合っていた。


「マスコミ研究会は思ったより真面目でしたね。全国の新聞が並んでいる場面は初めて見ました」

「そうね。地方の新聞や宗教団体の新聞まで集めて毎日分析してるのはすごいと思ったけど、入ってみたら雑用が多そうな気がするわ」


 羽賀さんは飽きっぽいので確かに雑用が多いサークルは長続きしないだろう。


「総合デザインサークルはどうです? 女の子が多かったように思いますけど」

「男女の比率は気にしないけど、色々なデザインを扱っているからサークルの規模は結構大きいみたいね。ただ、文化系なのに上下関係が厳しいのはどうかと思うわ」

「それは僕も好きじゃないですね……」


 デザイン体験会で羽賀さんの絵のセンスが壊滅的であることが分かったので本音ではそれが原因なのではないかと思ったが、僕は当然黙っておいた。


「広告音響の会は、僕的には一番楽しかったです」

「何をやっているのかと思ったけど、日本で放映されたテレビCMを保存してそれを音楽の観点から分析するのは面白い試みね。痛くなったらすぐ何々とかピアノ売って頂戴とか、懐かしいコマーシャル音声が聞けて楽しかったわ」

「確かに面白いんですけど、マニアック過ぎるからか人数が少なかったですね」

「そこなのよね。あまりに部員数が少ないと今度は私たちが部員集めに駆り出されるし、そもそも私が来年もこの大学にいるか分からないから」


 一緒に注文したミニワッフルをコーヒーで流し込んでから最後のサークルの話に移る。


「日本ワンルーム連合は……」

「面白さという意味では最高だったわね。ワンルームマンションでいかに快適に生きるかを研究するサークルがこの世にあるとは思わなかったわ。ワンルームの住宅なんて見たことがなかったからカルチャーショックを受けたわ」

「ただ、僕も羽賀さんも実家通学なので所属する価値があるかというと微妙ですね」


 僕の指摘に羽賀さんもうーんと唸って頷いた。

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