第20話引っ越しそばじゃ嫌ですか!?
*****
まみこはアオイとスーツを着てのダンス撮影をしていた。
スタジオの中は音楽も無く、足音で満たされていた。
アオイがステップを踏んで先に飛び出すと、ミツハとまみこがそれを追いかけるようにステップを踏む。
彼女達は自分の身体を完全にリズムに合わせて動いていた。
その動きはまるで風邪を切る鳥の様に美しいもので――見ている人が思わず見とれてしまう程。
そしてそれはコマーシャルの狙い通り、スーツの機能性をよく分かるようだった。
ポスターでは伸縮性のあるスーツは、そのまま寝間着としても使えるほどだといううたい文句だった。
ステップを練習する風景のようにも見えるそれは、足元がふらつくこともなく、体幹が良く鍛えられていることも分かるほど、上体が安定していた。
全て踊り終えたら、再度別角度から同じシーンを取る。
今度はステップを踏んで飛び上がるのだ。
とび上がるシーンだけはトランポリンで、まただよと思う。
下手糞だから飛びたくないのに――!!
ジャンプを3Dカメラでぐるりと撮影して、取りこみ、これを合成して終了だそうだ。
お疲れ様と言われ、スーツの撮影が終わった。
次はスタジオでダンスレッスンである。
まみこだけはその後、歌のレッスンもあるので死にそうだ。
体力は持つけれど――ランの身体頑丈だな――心はもう疲弊しきっていた。
全てのレッスンも終えて帰宅すると、そこには隣に引っ越してきたと言う慎太郎の姿があったのだった。
「へえ、遅いじゃないか。一体何をやっていたらそんなに遅くなるんだね?」
「え?えっと……それはそのぅ……」
「じゃあよろしくお願いしますねー」
「ああ、マネージャーああああああああ」
置いて行かれた、逃げられたと思っていれば、どうぞとまみこは慎太郎の家に招かれた。
鬼の住処だ――!
「お!おっかえりー!」
「真二君、そっち持ち上げて」
「うっす、あげるっす」
真二が持ち上げて、ソファの位置をずらしていた。
テレビを昨日の黒服の人達が整えているのを見て、まみこはもうだめだと思った。
慎太郎に、怒られるのしんどいから嫌いなのにぃ。
*****
「マネージャーはコマーシャルが流れている間は、全てこちらで『余計な虫が付かないように監督するために引っ越してきた』って言うの信じてるんだよね」
「信じるも何も、コマーシャルで君を売ってる間は、ずっと監視するぞ」
だから隣に引っ越してきたんだ、ここで24時間365日体制で見守ろうと言われ、恐怖する。
一度まみこは一人で帰宅した際に、怪我をしたことがあった。
その後は今と似たようなことになったことを思い出す。
毎日朝から始まって寝る時間までを、慎太郎と一緒に過ごすことになったのだ。
あれは流石に止めてくれと言ったが、責任は取るから安心しろと斜め方向に言われて終わった。
今回の件もそうだ。
まみこたち三人に事情聴取する事になったが、好き放題言ってくれた。
けれど真二たちは信じてくれるならと全て語っていた。
異世界の話から、こちらで買い付けられる全て。
事実と信じて貰うために、用意したのはあちらで稼いだ硬貨である。
金貨を山ほど出してやれば、信じざるを得ないはず――と思いきや、彼は最初から信じてくれていた。
「だってさ、俺の名前を呼べるのは、後にも先にも、まみこさんだけなんだよ」
名前じゃなくて、苗字でしか他は名乗ることはないと言う、初対面で慎太郎って呼んでくるのはまみこしか居ないようにしたんだ。
と言われ、まみこはハタと気が付いた。
まみこがあの重役たちの中で面倒くさそうにしている慎太郎を見て、慎太郎と呟いたのだけれど、それをまさか聞いていたというのか。
「――呆れたわ。じゃあ最初からばれてたってことじゃない。もういい」
「なんだ、もう諦めるの?」
「まみこ、諦めてあげたらいいよ。私達こっちで暮らすからまみこもこっちで暮らそうよ」
マネージャーにも言ってあるしと言われれば、そうだねとまみこは半泣きで答えるのだった。
慎太郎はまみこに、料理作ってと言うのだが、あいにくと材料がない。
「仕方ない、買出し行きましょう」
「そうだね、じゃあ、私達が行くから、って言いたいけど……まみこが見つかったってことは、私たちもまさかとは思うけど、見つからないとは限らないのよね。肉体の持ち主の知り合いにばったりとかあったら最悪よねえ」
「それ考えた。あまねさんの従姉妹ってことはここら辺にこの子住んでるの?」
「都内に住んでるから、最悪の場合はバッティングするわね」
あまねにこう言われては、真二も出かけられない。
仕方なしにまみこと慎太郎と黒づくめの男たちで出かけることになった。
半数の男たちは、部屋を整えるのに残っている。
もう少しで終わると言うことで、じゃあ今日は引っ越しそばである。
「茹でればいいだけの奴なんてあれだから、どうせだから手間のかかる奴がいいよ。一緒に作ろう?」
「はぁもう。慎太郎はいつもそうやって私を弄ぶ……」
上目遣いになるように、背の低いランの顔を覗き込むようにされれば、慎太郎に甘いまみこはそれを了承してしまうのだった。
大の男にこんなこと言いたくはないけれど、慎太郎を小さい頃から知っているだけに、まみこは可愛いと思ってしまうのだ。
可愛い頃の姿がダブるというか、そんな感じである。
可愛い。
「俺を可愛い何て言うのはまみこさんくらいです」
「だって可愛いもの」
まみこが今度から生協を頼もうと言う。
パルシステムで自宅まで届けて貰おうと言うのだ。
ただしオートロックマンションであるため、配達員は下の入り口までしかたどり着けないが。
「毎週頼んで一週間分、それでやりくりしよう。もう週刊誌に取られた何だってことになったら面倒とかマネージャーに言われたく無いし。面倒かけたくもない」
「そっか、そうだね。上の二人に受け取って貰うか、それかうちでボディガードを二人派遣するから、あの真二君とあまねさんの分ね――それで受け取って貰おう」
肉をバラとロースを豚と牛を放り込み、鳥は胸とモモを購入したいと放り込む。
籠は二つ持ってきている。
肉と牛乳と水分。
そして野菜を大量に用意する必要があるからだ。
生協と言ったがネットスーパーでもいいだろうか?
ただし誰が受け取るかが問題そうだがどうしたものだろう?
「ああじゃあこうしよう。ネットスーパーと生協頼もう。どっちも頼めば必ず冷蔵庫にものがある状態になるし、その方がいいよ」
「そうだね」
「それと、後……細かい事もうちょっと教えて、最初から」
「うん………そうだよね。気になる、よね」
「うん。気になるし、君がどうしているか気が気じゃなかった。気が狂うかと思ったほどだった。だけど、そんな俺を見かねて皆アイドルの撮影に連れて来てくれたわけ」
結果的にそれが良かったわけだが、まみことしては申し訳なさでいっぱいだった。
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