第12話奇跡
しかし奇跡はそれだけではなかった。
私達以外には心を開かなかったアーロン様はマリルに心を許していた……いやあれは恋?
マリルを見つめる瞳は潤み愛おしそうにしていた。
そんなマリルの為にもとアーロン様は努力した。
マリルの言うことを忠実に守る事で体の治りも早かった。それは心も治していった。
マリルは時間があればアーロン様のそばに寄り添い話を聞いてくれた。
アーロン様よりも年下と思えぬその落ち着いた姿はアーロン様を包み込む母親のようにも見えた。
しかも長年かけてこじれてしまった親子の絆までもマリルは治してみせた。
聞けば自分は実の親に殺されかけ捨てられたのに、アーロン様の親を信じろと言って聞かせたという。
親を信じられない子がそんなことを言えるのだろうか?
とにかく私達はマリルに救われたのだ、そんな人を大切に思わないわけがない。
マリルは庶民の出だったがアーロン様や私達にそんなことは関係なかった。
マリルはマリルである、坊っちゃまの命の恩人なのだ。
しかし本人にその自覚はない。
使用人という、ただのお世話係にしておけるもなくマリルにはブランドン家の公認のメイドとしての地位を授けていた。
しかし本人はその地位に甘えることなくアーロン様のお世話係の頃と変わらずに働いている。
この仕事で得た給金も恩人のラジェット医師に返し続けていると聞いた。
ラジェット医師も十分だからと断ったがマリルはそれを止めようとしなかった。
なのでラジェット医師は今はそれをマリルの為の貯金として貯めているらしい。
マリルが嫁に行く時にそれを持たせるが楽しみだと話していた。
嫁と聞いてアーロン様の表情が固くなるのを私とマリエルは見逃さなかった。
アーロン様は結構頑張ってマリルにアピールしているが、なにぶんマリルにその気がない。
マリエルは十分チャンスがあるというが私にはわからなかった。
どうなる事かとアーロン様の部屋に入ると風に吹かれながら悩めしい顔をしていた。
「アーロン様、どうされましたか?先程マリルさんとすれ違いましたが」
「あぁ、マリルにお茶会に一緒に来て欲しいって頼んだんだけどいつも無理だと交わされるんだ」
「それは、マリルさんからしたら無理だと言うのは当然でしょう」
「なぜ?マリルはそこら辺の令嬢より仕草もマナーもしっかりしてるとマリエルが言っていたよ。なら問題ないじゃないか!それに俺は……マリル以外の女性と一緒に行くなんて考えられない」
アーロン様もマリルの態度に憤慨していた。
もっとわがままに自分を頼りにして欲しいのにマリルは何もお願いしてこない。
自分はもらうばかりでマリルに何かあげたくて仕方なかったのだ。
そんなアーロン様は最近街にも出れるようになっていた。
しかしその姿を目にした令嬢達の間であっという間に噂になり、連日ラブレターやお茶会の誘いが続いていた。
「あの姿の時には見向きもせず後ろ指をさしていた女達など信じられるか……あの嘘くさい笑顔が気持ち悪い」
アーロン様の言い分もわかる。
アーロン様がこの隔離塔にこもることになったきっかけもお茶会だった。
3歳のお茶会で行きたがらないアーロン様を宥めて連れていったのは今でも悔やまれる。
幼い子供達の残酷さを侮っていた。
アーロン様はその姿を笑われ、恐れられ、蔑まれ、笑われたのだ。
幼心にそれがどれほど心に深く傷をつけた事か……それからアーロン様は家の外に出ることなくマリルが来るまで過ごしていたのだ。
「あーあ、マリルが貴族だったら問題ないのにな……」
アーロン様のボヤキに私はなるほどその手があったかと思案した。
「きっといいことがありますよ。その為にも今はマリルさんに誇れるように勉強致しましょう」
私がそう言うとアーロン様はずるいというように顔をしかめる。
「そんな事を言われたら勉強しない訳にいかないじゃないか……」
アーロン様は仕方ないと机に向かった。
勉強を見た後に私はマリエルの元に向かった。
そして先程のアーロン様のボヤキのことを話すと待ってましたとばかりににやりと笑う。
「ふふ、私もう準備は出来ております」
マリエルはそういうと机の引き出しから書類を取り出した。
「失礼」
見ろと言われて中身を拝借する。
その中身に目が見開いた!
「これは!」
「はい、私いつかこうなる日が来ると思いマリルちゃんに会った日から準備して参りました」
「なるほど、だからアーロン様の勉強にマリルさんも参加させていたのですね」
マリエルは頑なにマリルが勉強をする事を勧めていた。
それがアーロン様の為になると言われればマリルはわかりましたとそれに従っていた。
そしてマリルはアーロン様同様に物覚えがよく、仕事の合間にはマリエルに付き添われマナーの講習も受けていた。
マリエルの講習と言えば侯爵家以上の令嬢でもなかなか受けられないほど人気で一時は王妃候補にも指導するほどである。
そのマリエルがみっちりとしごいたマリルはその佇まいは貴族と言われてもおかしくないほどに優雅になっていた。
「なんと騙してマリルに講習を受けさせたのですか?」
「まぁ騙すなんて!私はアーロン様の助けになりますから……と言っただけです。ここまで出来たのはあの子の努力ですわ」
そういうマリエルは誇らしそうにしている。
そんな私と彼女の孫のように可愛いマリルは近くこの書類によって貴族になる予定だった。
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