第15話

 全員で席に着き、新しい缶を開ける。流石にもう乾杯はしなかったが、気持ちとしては仕切り直しだ。今度は食べる事をメインに、ダラダラと喋り適当に相槌を打ちながら目の前の食べ物を減らしていく。

「なぁなぁ、お前ら何処で出会って付き合う事になったんだよ」

 またコウキが俺とワタルの仲を邪推してるのかと思って顔を上げた。そこにはケラケラ笑いながらイーサンに凭れ掛かるコウキがいた。なんだ、俺じゃなかったのか。思わず出かかった文句の言葉を飲み込んだ。

「それ、俺も気になる。ゼミの初日にはもう付き合ってたよね? でも高校は違うんでしょ?」

 ワタルがワクワク顔で話に加わった。いつもながらの恋バナ好きである。二人に詰め寄られ困ったようにイーサンの目が泳ぐ。こう言う話題の中心になるのは苦手な奴だ。すっかり耳が赤くなっている。

「早く吐いちまった方が楽だぜぇ?」

「そーだそーだ」

 刑事ドラマの刑事のように眉間に皺を寄せイーサンの顔を覗き込むコウキ。そこに雰囲気ぶち壊しの合いの手を入れるワタル。おかしな二人に絡まれて助けてほしそうにこちらを見るイーサン。他人事だから俺にとっては楽しいだけの展開だが、そろそろ助けてあげようか。

「おい、もうその辺にしておけよ」

「はぁ? お前気になんないのか? この朴念仁にギャル彼女とか気になるだろ?」

「んなのイケメンだから何じゃねえの? 後イーサンは朴念仁と言うより朴訥だろ」

「あーもう、ぼくぼくウルセェ! いいから早く言えよー」

 コウキがイーサンに縋るようにして抱き付きながら管を巻く。残念、助けるのに失敗した。俺が右手を口の高さまで上げ、小さくチョップの仕草をする。悲しい目で見られたが、もうどうする事も出来ない。その時、ワタルが声を上げた。

「ね、明日の課題やった?」

 課題? なんだそれ? 頭にハテナを浮かべる俺をよそに、イーサンは助かったと言う表情で話に乗った。

「あ、あぁ、やったよ。概論のレポートだろ?」

「そうそう、アレ難しかったよね。コウキは? 終わってるの?」

「そりゃ当然やったよ。ランダムでレポートの発表しなきゃなんだろ? 先生はなんてったってガンテツだしさ」

 ガンテツ、レポート……その瞬間、背筋に冷たい物が走った。完全に思い出した。明日提出のレポート課題があった事、そしてそれを一行も書いていない事を。

「あれ? ユータどうした?」

 只事じゃない様子の俺を見てか、コウキが心配そうに声を掛けてくる。だけど俺はそれどころじゃない。どうしよう、どうしよう、と頭の中に焦りばかり浮かんでくる。

「もしかしてユータ、課題忘れてた?」

 俺の様子から察したワタルが真面目な調子で問いてくる。少し吐きそうになりながら俺はゆっくりと頷いた。

「マジかー……」

 コウキが大きく仰け反ってそのまま床に寝転んだ。

「え、それはマズイな」

 イーサンが心配そうに呟いた。みんなの様子を見ていて、俺は逆に腹が決まってきた。

「……帰るわ」

 もうこれしか無い。とにかく帰って終わらせる。

「ユータが帰るなら俺も」

「いや、ワタルはいろよ。俺のポカに付き合う必要無いって」

「それを言うなら課題出てるのに声掛けなかった俺が悪いんだよ。一緒にやればすぐ終わるよ」

「そんなん全然ワタルは悪くないだろ」

 ワタルを押し留めるが、こう言う時のコイツは中々に頑固だ。まんじりともせず睨み合っていると、ゴホン、と咳払いが聞こえた。

「二人より四人の方が早く終わんだろ?」

「俺ら終わってるから手伝えるし」

「確かに。みんなでやれば直ぐ終わるよ。ね、ユータ」

 みんなが口々に言う。俺は三人の顔を見回した。

「ほ、本当にいいのか?」

「当然だろ」

 コウキが俺の肩を小突く。俺は言葉を詰まらせながら只々頷いた。

「そうと決まれば俺パソコン出すわ」

 パッと飛び出すようにコウキが部屋を出た。

「出来たデータはユータのパソコンに送って明日朝一で印刷すればいいよね?」

「読む練習出来ないけど大丈夫か?」

「大丈夫、ありがとう。こんな時に手伝わせて」

「こんな時、だからだよ」

 ワタルが俺の肩に手を置く。イーサンが頷いた。

「おい、お前ら人がいない間にいちゃつくなっての」

 リビングの戸をバタンと開けてコウキがパソコンを抱え帰って来た。

「おらおら、サッサと片付けちまうぞ」

 机にパソコンを置く。さっき食べて減らしたから、今度はスムーズに置けた。あっという間にパソコンが立ち上がって、まっさらなワードの画面が表示された。

「ほい来た。ユータ座れ」

 促されてパソコンの前に座る。

「んじゃ、書き始めは……」

 突然コウキが黙った。

「なぁ、お前ら教科書持ってる」

「わけないじゃん」

「だよなー」

 コウキが頭を抱えた。そう言えば授業の時に言っていた。テーマを教科書の中から探して書けと。何年も出し続けている課題だからズルをしたら直ぐに分かるからな、と怖い顔で言うガンテツを思い出した。

「やっぱ俺帰るわ。この間まではレポートしようと思ってたから、教科書持って帰って来たんだったよ。家に帰りゃいいだけだし」

 みんな静かになった。そうなんだ。無い物は仕方ない。最初から俺が帰れば済む話だ。

「じゃあさ、教科書持ってくればいいじゃん。まだ七時半だし、行って帰って来ても大した事ないって」

 コウキが親指を立てる。二人もそれに頷いた。

「……それもそうだな。チャチャっと行って戻ってくるわ」

 俺は立ち上がると鞄を掴んだ。

「俺も一緒に行くよ」

「や、マジでいいよ。ホント行って帰ってくるだけだから。寧ろ一人の方が早いだろ?」

 そうは言ったけど一人でも二人でも大して時間は変わらないような気もするが、わざわざ二人で行く事もない。今回はワタルも納得したのか、素直に席に座り直した。

「直ぐ戻るから」

 俺はそう言い残して倖月家を後にした。後々、この選択が裏目に出るとも知らずに。

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