第14話

「幼馴染みってのかな。小一で同じクラスになってさ。他所の学校はどうか知らないけど、小学生の時ってやたら班行動が多かったよな? 初っ端に俺とワタルとそれからフウが同じ班になったんだよ。細かい内容までは忘れたけど、とにかく俺達は気が合ってさ、それから毎日毎日一緒に遊んでたんだよ」

 喋れば喋る程あの頃の事が思い出される。俺の記憶に強く残っているのは黒いおかっぱの髪を風に靡かせるフウの後ろ姿だ。アレは何の記憶だった? あの日は……あの日、は……

「ユータ、もうその辺に」

 ワタルの声に緊張が混ざっている。また俺はぼうっと考え事をしていたのか。グッと目を瞑る。ワタルの手が肩に置かれた。

「具合悪くない? 大丈夫?」

「ん、大丈夫」

 俺が目を開けると、俺達のやりとりを訝しそうに見るコウキとイーサンの顔が見えた。それはワタルにも分かったようだ。

「あ、ごめん。これは何でもなくて……」

 そう言いかけたワタルをやんわりと静止させる。

「いや、いいよ。二人には知ってて貰おう」

 俺は改めて居住いを正す。二人は突然真面目に向き直る俺につられて、少し背筋を伸ばしたようだ。

「俺、記憶喪失なんだ」

「おいおいおーい、何事かと思って心配したってのになんだよ、その冗談は。だったら今までの思い出話はなんだったってんだよ」

「何もかも思い出せないんじゃなくてさ、小四の半年間の記憶が無いんだよ」

 俺の告白にイーサンがおずおずと声を上げた。

「小四なんて俺も大した事覚えてないんだけど、そう言うんじゃないのか?」

 俺は頷いた。

「俺、気を失って倒れてる所を助け出されたらしいんだよ。そんで目が覚めないからそのまま数ヶ月入院」

 そして目が覚めた時に初めて見たのがワタルの顔だった。その後の記憶は曖昧だけど、俺と目が合った瞬間に口をポカンと開けて、直ぐに顔をくしゃくしゃにして泣き出したのは良く覚えている。

「とにかくその影響が未だにあんのか、あの辺りの頃を思い出そうとすると、こう……頭がボーっとするんだよな」

「それは……」

 イーサンが言葉を詰まらせて口を拳で押さえた。沈黙が流れる。やっぱり言うべきじゃなかったのか。そう思った時だった。

「お前ら、飲み物持て」

 突然コウキが声を上げた。

「なんだよ急に」

「いいからいいから」

 そう言われて俺達はそれぞれ手元にあった缶を取り上げた。

「よっしゃ、みんな持ったな」

 みんなが頷く。コウキが缶を掲げる。俺達も訳がわからず、それを真似て掲げる。

「ユータ」

「お、おう」

「お前が生きてて良かった、乾杯」

 今度はぶつけ合わさずに飲み物を上に掲げた。今日二回目の乾杯だ。『お前が生きてて良かった』か。大袈裟な奴だな。あの時、俺の体には傷一つ無かったんだそうだ。きっと死ぬような事は無かったのだろう。それでも今俺は友達とテーブルを囲んでいる。それは何だか奇跡的な事のように思えた。

「ありがとな」

 ごく自然に出てきた言葉だったが、ちょっとだけ気恥ずかしくなって思わず目を逸らしてしまう。

「よせやーい、そんなテンションで言われると照れるだろうが」

 コウキがそう言って缶を傾けてきた。俺はそれに自分の缶をぶつけた。すると、右斜め前からもう一つ缶が伸びてきた。イーサンが俺に向けて手を伸ばしている。俺はそれにも乾杯で応えた。

「辛い事があったら相談にのるから」

 深刻な表情で言うのが、何だか可笑しい。

「おう、頼りにしてる」

 そう言って俺からも缶を傾けた。イーサンはじっと俺を見つめて小さく笑うと優しく缶を当てた。

「ねー二人ばっかりズールーい! 俺とも乾杯しよ」

「分かった分かった。よし、構えろよ。せーの」

 そう言ってお互いに腕を引くと、思い切り缶をぶつけ合わせた。分かっていたが、中身が盛大に飛び散った。

「あっ! お前ら何してんだよ」

 コウキが慌てて布巾を取りに行った。

「アハハ、ごめんね」

 悪びれた様子無く笑うワタルに布巾が投げつけられた。それは丁度ワタルの顔に当たって数秒張り付いてからポロリと床に落ちた。まるでアニメのように良く出来た流れだった。気が付いたら俺は大きな声で笑っていた。俺に釣られるようにイーサンも笑い出し、二人分の笑い声に触発されて鼻を真っ赤にしたワタルも笑った。ゲラゲラ笑う三人を前に怒っていたコウキも我慢出来ずに笑い出した。四人で一頻り笑うと、汚した俺とワタルが責任持って床を掃除した。その間にコウキとイーサンが冷めてしまった惣菜を温め直してくれていた。

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