第12話

 コウキの家で食べ物を持ち寄って野郎だけで集まるのはこれで三回目、大体二週間に一回のペースだ。元々ブラウンゼミの一年生は仲が良い。とりわけ男達は皆タイプが違うのに何故かウマが合った。だが、コウキは『友達百人出来るかな』状態でいつも周りに誰かいるし、イーサンは常に彼女のエイミーが側にいる。放課後に四人だけで集まろうと言う話になったのは自然な流れだった。

「なぁ、次はお前らん家でやろうぜ?」

 乾杯だけでペットボトル一本を飲み干してコウキが言う。

「一軒家で同棲中なんだから、いいだろ?」

「だーかーら、同棲じゃなくてルームシェアだっての。そもそも付き合ってないって何べん言わすんだよ」

「えっ? 俺達って結婚してたんじゃないの?」

「どうしてそうなった?」

 何をどうしたらそんな斜め上の発想が出てくるんだ? 相変わらずワタルのこういう所が訳分からん。

 その時、フフッと笑い声が聞こえた。

「やっぱりみんな面白いな」

 イーサンだ。またフフッと笑っては缶を傾けて中身を飲んだ。

「ま、バカと天然はイジリ甲斐はあるわな」

 コウキは新しい缶に手を伸ばして言った。

「バカで悪かったな」

 俺はしかめ面をして目の前のナッツを口に放り込んだ。程よい塩気が美味い。やめられなくなって二個三個と口に詰めていく。うーん、やっぱ俺はバカだな。豆一つですっかり表情が崩れている。

「ワタル、これ美味いぞ?」

 ワタルの目の前にナッツを差し出すと、ワタルはそれを口に入れる。

「あ、確かに美味しい。じゃ、お礼に」

 そう言って差し出すのは俺達が買ってきたフライドポテトだ。

「もうそれ味知ってんだけどな」

 そう言いつつも食べると美味いのだ。

「二人もさ、ここの惣菜美味しいから食べてみてよ」

 ワタルがコウキとイーサンの間にフライドポテトを押しやった。コウキはすかさず一つ取るとパクリと口に入れた。

「うん、美味い美味い。確か満福屋だっけ? あの長い名前の商店街にある」

「樋渡・久井商店街ね」

「そ、そのヒワタリヒサイショウテンガイな」

 何故かヒに異常にアクセントを付けた発音でコウキが戯ける。

「今度さ、二人ん家に行った時にでも案内しろよ。折角だから見てみたくなったわ」

「んー、まぁ、その時になったら考えるわ」

「素直にハイでいいじゃんかよー」

「ハイハイ」

 もー、と牛のような低い唸り声がコウキから漏れた。それが面白くて俺達は思わず笑い声を上げた。ゲラゲラと笑いつつふと、イーサンの方に目を向けた。さっきから静かだと思っていたが、なんだか難しい顔をしている。

「どうした?」

 俺が声を掛けると、イーサンは一瞬しまったと言う表情になってすぐに笑顔を作った。

「何でもないんだ。ちょっと考え事してしまっただけだから」

「何考えてたんだー? 教えろよー」

 コウキがイーサンの顔を覗き込んでニヤニヤする。あの顔は何かスキャンダルを期待しているんだろう。

「いや、本当に大した事じゃないんだ」

「大した事ないならむしろ言っても問題ないだろ?」

「隠されると俺も気になる」

 俺とワタルも同調する。困ったようにイーサンが眉根を寄せてから、俺達を交互に見る。

「ユータとワタルには嫌な話かもしれないけど良いのか?」

 真面目な顔で言うから、俺達は思わず顔を見合わせた。

「大丈夫だよ」

 ワタルが宥めるような声色で言う。俺も頷く事で同調の意を示した。正直、こんなに思わせぶりな態度を取られたら気にするなと言う方が難しい。イーサンは分かったと言うように息を吐くと話し出した。

「高校生の時にこんな噂があったんだよ。『樋渡・久井商店街には幽霊が出る』って」

「はぁ? ユーレイ?」

 コウキが素っ頓狂な声を上げた。

「うん、高二の夏頃かな。唐突に広まった話なんだ。夕暮れ時の商店街を歩いていると、白いワンピースを着た女が道の真ん中で佇んでるらしい」

「それってさ、そこら辺の女の子を勝手に幽霊扱いしてるだけじゃねえの?」

 思わず話を遮って声を上げた。だが、イーサンは首を横に振った。

「俺は行った事ないから良く分からないんだけど、夕暮れ時の商店街って結構混むんだろ? 道の真ん中にぼうっと立ってる子がいたら邪魔なハズだ。でも、その女を気にしてる人は誰もいないんだそうだ。自分以外は」

 グッと誰かの喉が鳴った。イーサンの低くてゆったりした声で語られる怪談話は、中々に迫力がある。

「その幽霊ってただ立ってるだけ?」

「それがそうじゃないらしいんだ。話によると、ある先輩が夕暮れ時にその商店街に行くと必ずその女がいるんだと。でも顔は見た事がないんだ。いつも俯いているから。ある時、先輩はどうしても女の顔を見てみたくなったそうだ。近付くと髪は綺麗だし手も白くて柔らかそうで、ますます顔が気になった。もし可愛い子だったら声を掛けるつもりだったらしい。そしてとうとう真横まで来て顔を覗き込んだ。そこにあったのは、老婆の顔だったそうだ。先輩はそこで思わず叫び声を上げてしまった。その瞬間、女は顔を上げるとニターと笑ってそのまま先輩の顔に掴みかかって顔の皮を剥ぎ取り始めたそうだ」

「うげぇ、キモッ」

 コウキが小さく舌を出した。それとは対照的に真面目くさった思案顔でワタルが言った。

「その女の子? お婆さん? が他の人に見えないのだとしたら、その人の顔は勝手にベロベロって剥がれ始めたように周りからは見えてたのかな?」

「おいおい、怪談なんて不条理なもんだろ? 整合性を求めるなんてナンセンスなんだよ」

 俺がツッコミを入れると、イーサンから声が上がった。

「いや、周りからは先輩が突然叫んだかと思ったら、自分の顔をものすごい勢いで掻きむしり始めたんだそうだ。幸い、早い段階で止めてくれる人がいたから目とか鼻は無傷だったらしいけど、頬には血が流れ出る程の傷が幾つもできてしまったらしい」

 気持ち悪い話だ。しかもその舞台が自分の生活圏とは。怪談話を苦手と思った事は無いが、それは自分とは無関係な所で行われているからだ。如何に怪談は他人事だから平然としていられるのだと思い知らされる。

「いつも思うんだけどさ」

 やけに明るい声でコウキが言う。何となくこの場に流れている湿り気を帯びた重たい空気が、コウキの声で少し和らいだ気がする。

「具体的な例がある割には真偽不明だよな。てかそんな事あったんならコイツらだってどっかで聞いたりすんじゃないの?」

「だ、だよな。そんなん俺一度も聞いた事無いし、どうせ怪談は怪談、誰かの作り話だろ」

 ハハハと乾いた笑い声を上げる。そうだ、そんな話、一度だって聞いた事ない。だが、イーサンは表情を曇らせながら言った。

「それは、本当だとしても言わないんじゃないか? だってそうだろ? そんな話そこで働いてる人にとってはマイナス以外の何物でもない筈だ。ましてや客にそんな話しないだろう。もっともそこが『幽霊の出る商店街』とか言って商売に変えてるんなら話は別だけど」

「確かに……」

 コウキが小さく呟くと缶を口に当てた。だが、飲もうとして止めたのか、顔を顰めて缶を置いた。

「その子さ、何で死んじゃったんだろうな」

 呟くようにコウキが言った。それを受けてイーサンが続けた。

「聞いた話だと恋愛関係の絡れらしい。恋敵に殺されたとか」

「どんな殺され方したとか聞いてる?」

「あぁ、何でも事故に見せかけて頭上から工具を落下させて……」

 その時だった。カッと軽くて硬い音がその場に響いた。見るとワタルが缶をテーブルに振り下ろした姿勢で止まっていた。

「もうさ、この話止めない?」

 穏やかな表情だ。穏やか過ぎるくらい。こう言う時のワタルは本当に機嫌が悪い時だ。

「ご、ごめん。やっぱりこんな話気分悪いよな」

 イーサンが慌てて頭を下げた。

「おい、どうした? お前、ホラーとか大好きだろ? さっきまでずっとノリノリで聞いてたじゃん」

 そうだ。ワタルは昔からホラーや怪談が大好きなのだ。しかも人が話してるのを遮るなんてワタルらしくない。

「うーん、なんて言うか」

 そう言ってワタルは言葉を切ると小さく首を傾げた。

「俺の大事な物が傷付けられてるように思ったんだ」

「大事って、お前あの商店街の事そんなに好きだったのか?」

 俺が聞くとワタルが目を細め口角を上げた。笑っている、と言うには何処か曖昧な表情だった。ワタルはイーサンに向き直ると申し訳無さそうに手を合わせた。

「折角イーサンが話してくれてるのに遮ってゴメンね」

「いや、本当に悪いのは俺だよ。場違いな発言だったと反省してる」

「そんな事ないよ。俺本当に怖いの好きだからまた聞かせてよ」

 俺の横では謝り合戦が繰り広げられている。正直俺に言わせりゃどっちも悪くないのだから謝る必要はない。

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