友達
第11話
次の日、俺とワタルは商店街の弁当屋からカロリーの高そうな惣菜を見繕って電車に乗った。俺もワタルも両手にいっぱいの袋を提げている。ただ立っているだけで揚げ物の匂いが漂ってくる程だ。夕方の混み始めた時間にこれは不味かったかと思わず頭を抱えた。近くに座るOL風の女性が眉を顰めたような気がする。東京のたった二駅先が永遠のように感じる。
「やっぱこの時間は電車混むね。全然座れそうにない」
ワタルが呑気な声を出す。まったく気にしていないワタルを見ていると、一々悩んでる自分が馬鹿みたいだ。俺は手の中の食べ物を意識しないように窓の外を流れる景色に集中した。電車が駅のホームに滑り込む。階段を降り改札を抜けると、そこから五分くらいのところにある三階建のオートロックマンション、ここがコウキの家だ。インターホンを押しドアを開けてもらうと中に入った。このマンションはオートロックだが、エントランス以外は、かなり古い建物だ。そのせいかエレベーターが無い。そろそろ両手が痛くなってきたが仕方ない。三階まで階段を上る。左に進んで突き当たり、角部屋のインターホンを押す。すると、中から足音が聞こえた。さっさとコウキにこの両手の荷物を押し付けて休みたい。ガチャリと言う音に続いてゆっくり玄関の扉が開く。だが、そこにはコウキではなく、綺麗な女の人が顔を覗かせていた。俺は突き出しかけた手を慌てて下ろした。
「二人ともいらっしゃい」
「光莉さん、こんばんは」
にこやかな笑顔でワタルが挨拶する。俺も遅れて頭を下げた。そう、彼女はコウキの姉、倖月光莉さんだ。光莉さんは美人だ。なのに不思議な事にコウキに似ている。同じようなキョトン顔なのに、コウキはただの間抜け面で、光莉さんは守ってあげたくなる可愛さがある。
「凄い量だね。運ぶの大変だったでしょ?」
「いえいえ、二人掛かりですし大した事ないですよ。ね、ユータ」
「あ、うん。平気です。これくらい」
ワタルに促されて思わず虚勢を張った。だが美人の前で軟弱を晒すのは、男として負けた気がするから仕方ないのだ。
「やっぱり男の子は強いなぁ。さっきイーサン君も来たんだけど、スーパーのビニール袋十個くらい抱えてたんだよ。本当に凄かったの」
身振り手振りで驚きを伝えようとする姿はどこか小動物を思わせる。
と、廊下の奥からバタバタと足音が響いてきた。
「ねーちゃん、いつまでいんだよ!」
「はいはい。そう急かさなくても行きますよーだ。二人ともゆっくりしてってね」
そう言い残すと、俺達の間をすり抜け、光莉さんは階下へと消えて行った。
「悪いな、ねーちゃんの相手してもらってさ」
そう言って眉尻を下げる間抜け面に、両手の荷物を押し付けて勝手に部屋に上がった。
このマンションでコウキと光莉さんは二人暮らししている。前にも来た事があるから勝手知ったる他人の部屋だ。ズカズカと上がり込み、真正面のドアを開ける。ここがリビングだ。リビングの二人で使うには大きめなローテーブルには既にイーサンが座っている。俺の姿を見ると小さく手を上げた。
「もー、自分で持てよー」
後を追ってきたコウキが口を尖らせる。そして、既に置き場を失いつつあるテーブルの上のお菓子を、手に持った惣菜で退かす。その後ろからのんびりとワタルが入ってきた。
「や、イーサン昼間振り」
そう言ってワタルもコウキと同じように惣菜を使ってお菓子を退かした。その反動で落ちそうになるポテチをイーサンがキャッチした。
「あちゃー、ごめんね」
ワタルがイーサンの前に座る。俺はその隣に座った。
「これ、この間も持って来てた?」
「そうそう、満福屋の惣菜。前は確か唐揚げと鶏皮せんべいは持ってきた筈だから、今日はチキンナゲットとかフライドポテトがメインだよ」
「あとコイツが持ってくって聞かないから、ウチの余りモンの切り干し大根の煮物。手作りとか有り得ないから置いてけって言ったのにさ」
「だって作り過ぎちゃったから仕方ないじゃん」
ワタルが口を尖らせる。そんな様子を見てイーサンが笑顔で助け船を出した。
「いや、俺は嬉しいよ」
イーサンはいつも優しい。こんな男前で優しくて彼女持ちなんて……でも、あまりにも自分と違いすぎる奴って、案外嫉妬は感じないものなのだ。
「おいお前ら、座ってないで手伝えよ」
突然頭の上から声が降ってきた。そちらに顔を向けると、両手で飲み物のペットボトルや缶を抱えたコウキの膨れっ面が見えた。
「ごめん、今やるよ。アッチにあるのを運んでいいのか?」
「うん、よろしく」
慌てて立ち上がったイーサンが小走りキッチンへと向かった。まったくもって良い奴だ。俺はその後ろ姿を見送りながらポテチの袋を開けた。
「あっ、お前何勝手に開けてんだよ! てか二人共なんで手伝わねんだよ」
両手の飲み物を床に置きながらコウキが言う。机の上は積載量超過気味だから仕方ない。俺は飲み物のラベルを品定めしながらポテチを一枚食べた。
「いやさ、二人で運べば充分間に合いそうだったから、一々しゃしゃんなくてもいっかなって」
「同じくー」
ワタルが朗らかな声で同調する。適当に二本の缶を選ぶと一つをワタルの前に置いた。
「ったく、お前らと来たら」
「まぁまぁ、実際に俺一人が運べば終わりだった訳だし」
抱えたペットボトルを、床に置かれた仲間達に合流させながらイーサンが言った。
「イーサンはコイツらに甘過ぎ。もっと厳しくガツンと言えよ」
「うん、次はそうするよ」
イーサンはそう言って元の位置に座り直した。納得いかないと言う表情のコウキは大きく息を吐き出しながら、俺の前に座った。
「まったく、これだから野郎だけで集まるのって大変なんだよ」
コウキが五百ミリのペットボトルを一本選ぶ。イーサンはいつの間にか自分の目の前に三本の飲み物を用意していた。中々に抜け目ない。
「お前ら、自分で持ってきた奴ぐらい開けろよ?」
「へいへい」
「じゃあ、これ出したら乾杯しよ」
ワタルが楽しそうにプラスチック容器の蓋を取る。俺ももそもそと惣菜を解放していく。馬鹿でかいプラスチック容器の中からフライドポテトが出てきた。買った時には出来立てだったが、時間が経ってしまったそれは、最初の元気が無くなっている。俺が一つ準備している間に、ワタルが全ての惣菜を広げていた。そのせいで乗り切らなくなったお菓子は床に移動している。俺はしなしなポテトをテーブルの端の辛うじて残っていた隙間に置いた。
「終ーわりっと。さ、持って持って」
ワタルが俺の手にグイグイ缶を押し付けてくる。
「元気過ぎ」
俺は苦笑してそれを受け取った。乾杯前のソワソワした空気が辺りを包む。コウキがペットボトルのフタを開けた。イーサンが缶を持って待機の姿勢に入る。
「俺が乾杯していいの?」
ワタルが一人一人を見渡す。こんなワクワク状態のワタルから乾杯を奪ってまでやりたい奴はいない。
「本当にいいのー?」
「いいから早くしろって」
ワタルの背中を軽く叩く。
「じゃ、何に乾杯するか分かんないけど、乾杯!」
「乾杯!」
ワタルに続いてみんなが乾杯の音頭と共に飲み物の容器をぶつけ合わせた。
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