第2話 王子様の宣戦布告?!
「ははっ。全く相変わらずそそっかしいんだな」
「さっきの演奏もちょいちょい音が飛んだり跳ねたりしてたし」とか、くすくすと小さく微笑みながら、天音くんは何故かとても親しげに、そして優しい仕草で自然に私の手をとって、立ち上がるのを手伝ってくれた。
その初対面にしては気さくな態度に、私は困惑と羞恥とでそわそわしてしまう。しかも、私の演奏を聞かれていた!!?
ただでさえ彼の、長い睫毛に涼し気な目元、白くて綺麗な肌、アイドルみたいに整ったお顔が私に向けられていることで、私の顔は熱がこもって熱く熱くなっている自覚があったし、心臓は激しく脈打って、爆発してしまいそうな気がする。
「……痛いところでもある?」
何も言わない私を見て、心配したのだろう。
私の顔から足元まで、気づかわし気に視線を動かす天音くん。
―――――—さっき転んでしまった時に、きっと髪は乱れてしまったし、スカートもヨレちゃってる気がする。埃なんかも付いちゃってるかも……——————
そんな風にごちゃごちゃと余計な考えが浮かんできてしまって、私はどんどん余計に恥ずかしくなってしまう。
「…だ、大丈夫です!!げ、元気です!!!」
「…そっか。怪我がなくて良かったよ。折角お前を見つけられたのにさ」
「え?」
その言葉に驚いて、私は彼の顔を見上げる。
私の身長は155cmくらい。彼の顔はちょっとだけ見上げるくらいの上にある。
その端整な顔は、直視するとまぶしいくらいで、やっぱり気恥ずかしくなってしまうのだが、彼の言う"見つけた"と言うのはどういう意味だろう、と思わず「?」が浮かんだ。
「この演奏発表会に花音がいるなんて考えても見なかったから、本当に驚いたよ。
以前世話になった先生に頼み込まれて、渋々受けた仕事だったけど…。断らなくて本当に良かった」
彼の声や言葉には、私にもわかるくらいの熱と勢いが感じられた。
ニコニコしている表情は、カッコいいのに可愛くもあって、とても…とても嬉しそうだ。
けれど、彼の様子がそうであればあるほど、私は困惑して、戸惑ってしまう。
「あの、どうして…、私の名前―――――――」
何となく言い出し難い雰囲気だったが、それでも言勇気を振り絞って言った私の言葉に、彼はあからさまに凍り付いてしまった。
「…………え?」
「……えっと―……だって、初対面です…よね…」
「………………」
こんな有名人の知り合いなんて自分にはいない。
呼ばれた名前は確かに私のものだけれど、誰かと勘違いしているのかもしれない。
だって、そうでなければ、こんな格好良い男の子が、あんなに人の心を動かしてしまうようなピアノが演奏できる凄い人が…、こんな完璧な王子様みたいな人が…私なんかのことをこんなに愛おし気に、切なげに見つめてくる理由がわからない…。
「……え?…覚えてない、のか…?」
「…覚えてないって…え? …え?あの、だって…私、ただの平凡な中学生で…有名なピアニストの人と知り合うような機会なんてある訳ないし……」
予想以上に動揺し戸惑う彼の様子に、私の方が慌ててしまう。
「……嘘だろ……」
がっくりと項垂れて、見るからに落ち込んでしまっている…!
これ、私のせい!?
「え、え、あ、あの…」
思い出そうとしても何にも出て来ないし、
そもそもこんなにカッコ良くて、凄い人のことを忘れてしまうなんてあり得ない…!
でも、この状況で逃げ出すことも出来ずに、私はただオロオロとしながら彼を見つめていた。
綺麗に整えられたサラサラの髪の毛を、自分でわしゃわしゃと困ったようにかきむしって、何やらぶつぶつと呟いていたが、恐らく数分もしないうちに、彼は「決めた」と一言だけ、妙に覚悟が決まったような声色で呟いたのが聞こえた。
「え?」
天音くんはすっと顔をあげ、私に向かってびしっと人差し指を向けてきた。
「お前が思い出すまで、傍でずっと俺の"音"を聞かせてやる。…覚悟しろよ?」
それは間違いなく宣戦布告。…そして、こんなことを言ったら自惚れるなって言われてしまいそうだけれど、それはまるでとてもとても情熱的な愛の告白みたいだった。
真っすぐに私を見つめる真剣な瞳と、少しだけ照れたように赤らんだ頬。
私は突然のことに"覚悟"なんて少しも出来なくて、ただ自分の心臓が壊れちゃうくらいに高鳴っていることだけを自覚していた。
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