登校

 「荼泉とい志綾しあさん守ってね。」

 家から出る直前に玄関で時咲とさが呼び止めた。荼泉は数秒間見つめて首をコクンと縦に振った。

 時咲は少し可愛いと思っていた。「フフ」と口を隠して笑っていた。

 「・・・お母様、行って来ます。」

 「!!いってらっしゃい」

 ずっと声を発さなかった荼泉が「行って来ます。」と言った。なんだか心があったかくなっていた。

 嬉しさのあまり時咲は長男である咲泉さいの部屋に駆け込んでいた。咲泉はびっくりしたのか「お母様!」と声を上げだ。

 「さ、咲泉~。荼泉が、荼泉が久しぶりに『お母様、行って来ます』って・・・」

 「は、はぁ~。お母様。知ってるでしょう?荼泉は私達には喋ってくれるといつも聞いてますよ荼泉の声は・・・」

 「あ、あれ?」

 「きっと、荼泉が一人で学校に行けるようになったのが寂しいのでしょう?だって真泉まいの時だって『咲泉~真泉が久しぶりに私にぎゅっと抱きついてくれた』って『いつも真泉は寂しくなると抱きついていたの忘れたんですか?』と質問したのを覚えていないのですか?」

 「・・・そうだった気がする」

 「お母様、荼泉はお父様と喋らないだけで私達とはちゃんと会話しています。それにあの子もいるし・・・」

 「・・・やっぱり気がついていたのね・・・」

 「そりゃ、誰の子だと思ってるんですか?察しにの良いお母様の子ですよ。大丈夫です。察しの悪いお父様と真泉は気づいていません。私も守りますから。お母様。これからの行く末、見守りましょう。」

 「咲泉は大人になったね。私よりも大人だ。」

 「いいえ、私はずっとお母様の子供ですよ。何があっても私も、真泉も荼泉だって大人にはなれません。なりたくてもね」

 「ふふ、嬉しい言葉だね。うん!咲泉、ありがとう。」 

 「いいえ、」

 軽い足取りで咲泉の部屋を出た。


 時咲は思う。

  きっと、大丈夫。きっとね。私達は大丈夫。






 「荼泉様。おはようございます。」

 「・・・おはようございます。あの」

 「今、降りてきますよ。」

 「あの、様は別に付けなくても良い・・・です。」

 荼泉は志綾の向かいに来ていて志綾の母親茅鶴ちづるが荼泉を見る。

 「あ、でも要家の者なので一応。」

 「そう・・・なら別になんでも良い」

 「お母様!お待たせしました・・荼泉様!」

 少し遅れて奥から来た志綾は荼泉がいることにびっくりしていた。  

 「志綾、一緒に行く。そう言う誘い?命令?分からなけど一緒に行く」

 「志綾、荼泉様と一緒に行くのですよ。」

 「そうなんてますか?」

 「そうらしい。・・・志綾、挨拶。」

 「う、うん。行って来ます。」

 後ろを向いて言う。茅鶴と父薫かおるが「いってらっしゃい」と言って見送った。荼泉のスピードが早く駆け足でついて行った。

 

 「あんな、迎えあったか?」

 「・・・来なかったです?」

 「い、いや、だって父さんに行けとは言われてなかったし」

 「・・・なら、荼泉様は紳士なのかもしれませんね。・・・一回ぐらいは来て欲しかったですが・・・」

 最後は嫌味っぽく薫に言う。薫は「今度迎えに行ってあげるよ」と言うと「やめてください。恥ずかしいです。」と言って家の中に入って行く。薫は慌てて追いかける。


 薫は思う。

  なんだか、とても嫌な予感がする。荼泉と志綾に何も無いことを願うしか無い。




 「荼泉様!待ってください。はぁ、はぁ、早いです」

 「・・・悪い。」

 「大丈夫です。」

 「し、しあ・・・志飛しと!」

 名前を呼んで顔を上げさせようとして瞬間荼泉は首を横に振ってから言い直した。志綾は反射的に顔を上げてしまった。名前は違うはずなのに・・

 「荼泉様?名前が違いますよ。私は志綾で・・・」

 名前を訂正しようと言い直すが何故だか涙がポロポロと落ちて来た。

 「し、しと・・・」

 「あれ?なんで?なんで私、泣いてるの?私は志飛じゃ無い。でもなんだか寂しいの。」

 「・・・志飛・・・」

 泣いている志綾に手を伸ばそうとして引っ込めた。

 「・・・志飛・・・なんで、なんで俺を・・・僕を覚えていないの?あの時の約束は?約束も覚えていないの?」

 道のど真ん中で声を上げる。なんだと周りの視線が痛い。

 「志飛・・行くよ。」


 周りの目を見た。荼泉は志綾の手を取って走って学校の方に向かって行った。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る