最終話

 数日後、警察から莉久の骨を引き取った。回収できた骨はほんのわずかな量だった。

 夕方六時、その骨が入った骨壷を持って、仙台駅の東北新幹線上りホームへやってきた。この骨壷を東京まで持っていって、明日事務所が開く葬式へ行く。

 莉久は家族がいない。俺と結亜が葬式に出る予定だったが、莉久の死にショックを受けた結亜はもう何日も寝込んでいて、葬式には参加できる状態でなかった。結亜の家に見舞いにいったが、ベッドに伏す結亜はうわごとのように「莉久さん、私もそっちにいくからね」とつぶやいていた。

 莉久が結亜をひっぱろうとしている。そう思った。だが、なんで俺じゃないんだと思った。葬式が済んだら、何もすることも無い。職もない。もともと上京したら莉久の芸能事務所で働くことになっていたが、莉久が死んだ以上、雇われるかどうかわからない。

 ふと、階段から、太くしわがれた声が聞こえた。この声はよく知っていた。翔の父で、翔が死んだまさにその日に東北大学の総長に就任した、菅原良雄だった。今では仙台の有名人。毎日、何かしらのニュースに取り上げられている。

 良雄は取り巻きに囲まれて、げすびた笑い声を上げていた。

「俺の息子は生きる価値のないクズ中のクズ。家の恥。生まなきゃよかった! あんな奴、行方不明になってくれて、正解だ。もうこのまま死ねばいいのに!」

 取り巻きは引き気味に愛想笑いをした。

 こんな親に生まれて来なければ、翔はもっといい人生を送れたに違いないだろう。無念だった。

 新幹線に乗り込む。後方の座席には、良雄が座っていて、延々と翔の悪口を言っている。気分が悪い。こいつを黙らせないといけない。

 良雄は席から立ち上がり、歩き出した。軽く足を伸ばす。良雄は足にひっかかり、思い切り転倒した。良雄は床にうずくまっている。

「す、すいません、大丈夫でしたか?」

 良雄に声をかける。

「ああ、失敬。私も年でね。つまづくんだよ」

 良雄は立ち上がり、さらに前方は歩く。そして、俺は良雄の背中に向かって、聞こえるか聞こえないかの音量で言った。

「クズにも生きる価値があるんだよ。ふざけんじゃねえよ」

 良雄は一瞬だけ立ち止まったかのように見えたが、そのまま歩き出した。

 発車ベルが鳴る。新幹線はゆっくりと動き出して、東京を目指す。嫌なことだらけのクソ田舎から離れられる。上京しても、嫌なことだらけかもしれないが、こんな街よりはマシだろう。

 すぐに、大年寺山のテレビ塔が見えた。緑色にライトアップされている。明日の仙台はおそらく雨だろう。だが、もう仙台の天気なんて、どうでもよかった。明日の東京の天気を調べるため、スマホを取り出そうと胸ポケットへ手を入れようとした。手の甲に大粒の涙がこぼれ落ちた。翔と莉久が死んで、初めて流した涙だった。


 完

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る