だってわたし

明鏡止水

第1話

「異世界にー!いきたいかー?!!」

「おー!!」


ただそれだけで。


わたしたちは異世界へ行ける。15歳同士。女子。

今度の異世界は……


「ヤバいよっ、ひとが、こ、ころされて死んじゃうようなトコ、はじめて来た!」

「だいじょ、うぶ、だって、だっ、てふ、復活の呪文があるものっ!」

「でも『ふたりのうちどちらかがいのちを落としたら永遠にそこで寿命まで生きる運命(さだめ)』でしょうっ?」

 泣きながらふたりの少女がこれでもかと震えている。

例えるなら冬の入浴後、服を着るまでの暖房のついていない脱衣所での

「さむいっさむいっ」の10倍くらい震えて、さっきからおトイレにも行っておきたいくらいに、なんというか、怖い思いをすると本当におしっこちびりそうになるのである、ようだ。


〈かわいそうなことだ〉


「!」

 天から声が聞こえる。


〈コナンの世界は再現度を低く設定したが、そこがミステリードラマのようで楽しんでもらえると思ったのだが、わるかった。まさか人が刺されるだけでもこんなにか弱く震えてしまうとは〉


「天使さま!!」


ふたりがさけぶ。

そして、ひとりが震えながら涙を可憐に流して訴える。

「いきなり!ひとがさされるのはダメですよ!やだ、も、漏らすかとおもいましたっ」

えっぐ、うっぐともう、クラスの子に意地悪された日に3時間家で泣いて過ごした時より、ずっと文字通り泣き崩れた。もうひとりはからだを抱きしめて首をふりふりしたり、うなずいたり、かと思ったら時が止まったかのように項垂れてしくしく泣いている。

そこへ。


空間に、前髪がふわり、と。

目元までを強調し、つむじから持ってきたようなさらさらとした黒髪。横は刈り上げ。片耳に地味なピアス。雑誌の中だれか。

顔は目鼻立ち、というものをあえて。

目立たせないように神に特徴を与えられなかった。

いっぴきの天使が現れた。

各々で想像する外観に天使はひとの子の目に映されるが。

ふたりの少女の前では、なんだかをむかしスポーツをやっていて、でもいまは大人になって落ち着いた雰囲気で、都会とかそういうところを歩いてる。

でも、夢を見れば恋人の前ではパスタ作りを誇ったり、休日にはだらしない。そんな歳の近いお兄さんに見えている。まったくべつの、ほかの天使に見える日もあり、それでも、天使は天使。

 神の使いはひとの子の想像のなかにある。


それが、彼女らの天使さま。


「天使さまっ、ぜつゆるっ」


〈おお、ぜったいゆるさない、の意味か。これは!〉


歳の近い年齢の、ラフな格好をミラージュさせたり、天使の呼び名に相応しく高潔で厚い白い布を纏っただけの姿まで。とにかく、少女ふたりの天使像が感情の動揺に引き寄せられ。世界と天使が変化していく。天使は責任を取ることにした。


〈世界は今、隔離した〉


宣言した。世界は白い箱の中になっていた。


少女ふたりは泣きながら立ち上がり。泣きじゃくりながら言う。

「約束したじゃないですか!わたしたちを!イジメのない世界に連れて行く!って!」

先ほどからよく喋りよく泣き叫ぶ少女は素の性格や人格がわからなくなるくらいに自分を押さえ込んだり、演じすぎたりして、クラスも家庭も自分自身も無になってしまった子だ。泣き叫んではいるが、無表情だ。

 もうひとりは、隠れるようでいて、容姿は優等生な制服を着ている子だが。性格が非常に劣悪で、人の靴は「もちろん濡らすし捨てるし!」と自分の手では対象の人物の持ち物には触れず、他人に手を汚させる、対象人物が通れば大声でわざと、さも他の話題で盛り上がってるけど、あなたのことかもね、と囃し立て。家庭ではおよそ、女王のように振る舞うので、いつの日か逆に見向きもされず、とうとう家庭内いじめに遭い。素行から直していた子だ。


天使は神々しく音を立ててその麗しい背から大翼を生やしながら、告げる。


 いじめ、イジメとやらが。わたしの思いに、きみたちの人生においての流れで。無であり。

 なにより、わたしの心の戸を、叩かないのだ。


ふたりの少女は抱き合いながら、叫ぶ子が言う。

「天使さまには、ひとのこころがないのですか?!」

わからないのですか?


〈ある。〉


天使は短く、勇ましく答えてくれる。

 

〈だが、あることにはあるが、いまのわたしは、きみたちのかがみ。うつしだすもの。この空白の世界ではわからないだろうが。がらんどう、という言葉より。ずっときみたちは木のうろのような存在なのだ。ゆえに、〉


〈ふたりは「しあわせ」を引き当てるのが難しい。〉


「しあわせを引き当てるのが難しい……?」

叫ぶ子が、表情のないまま天使さまの声をくりかえす。叫ぶ子は、この数年間、ずっと表情も感情の起伏もなく生きてきた。

 また、もう一方は。他の者を虐げて手痛いしっぺ返しをくらった女王気取りの少女は、おなじく、期間こそ違えど、だんだんと心のあり方をなくしていった。



天使は優しい。だか、厳しい問いかけをする。


 きみたちは、いじめをみたか?

 きみたちは、いじめをしたか?

 きみたちは、いじめをされたか?


 そう、汝らは。


この世の、憎き悪であるか?


いや、そもそも。

イジメとは。


暴力か?差別か?嫉妬か?嫌がらせか?



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