第20話 ズッ友爆誕

「みーちゃはこれからどうしたいの?」


 その問いかけに、俺は当惑した。


 俺の様子に、内心の戸惑いを察したのか、愛凛は噛み砕いてさらに問いを重ねた。


「あすあすの望むように、これからは自分の気持ちを封じて、友達として付き合っていくのか。それとも友達として近くにいるのがかえってつらい、忘れたいから友達をやめることもできるよね。あと、嫌われるのを覚悟で、想いを届け続けるのか。みーちゃはどうしたい?」

「……どうすべきだと思う?」

「それは違うよ」

「え?」

「どうすべきとか、ないから。みーちゃがどうしたいかだけだよ。みーちゃのしたいようにすればいいじゃん。みーちゃの好きな人のことなんだから。自分の気持ちと、相手の気持ち。それ以外はどうだっていいよ」

「……そっか、そうだよな。俺にしたいようにすればいいよな」

「そう。あすあすを傷つけるつもりがないなら、私はどんな結論でも応援する。今すぐ分からないのは当然だよ。何日でも、何ヶ月かかってもいいから、ちゃんと自分の気持ちと大事に向き合って、整理がついたら私にも教えて」


 ちょうど、閉店の22時になった。


 家に帰り着いてベッドに転がり込んだ俺は、確かに疲れていた。

 だが失恋のショックは、愛凛の苦い恋バナによって上書きされてしまったかのようだ。


 (これから、どうしたいか、か……)


 帰り道、そのことをずっと考えていたようでもあるし、考えられなかったようでもある。


 愛凛は、今すぐ分からないのも当然と言っていた。

 自分がどうしたいのか、自分が分からないというのは、正常な状態なんだ。その整理がつくまで、何日、何ヶ月かかってもいいんだ。


 その認識が、俺の気持ちに遠い先のドアから漏れる一筋の光のような希望をもたらしていた。


 8月下旬、夏休みが終わり、学校が始まる。


 木内さんは、俺のように無謀な望みを持って告白してくる男子の扱いに慣れているのだろうか、それともあくまで俺を傷つけまいとしてくれているのか、これまでとまったく態度を変えず、友達の一人という関係性と距離感を維持しつつ、俺と付き合ってくれている。


 彼女の笑顔は、なんら損なわれることなく、美しい。

 俺に向けてくれる優しい眼差まなざしはとうとい。


 それでも、俺は以前と同じような熱情をもってしては、彼女を見られなくなっている。


 これが、あきらめなのだろうか。


 夏休み明けの席替えで、俺は愛凛と離ればなれになり、自然、木内さんと会話する機会も激減した。俺と木内さんが友達らしく仲良くしていたのも、結局は愛凛という触媒しょくばいがあればこそだったのだ。


 最上さんや、遠藤さんともそうだ。

 一緒のグループになったり、共同作業をするときなどは楽しく挨拶や会話もできるし、互いに友好的な感情を持ってはいるが、直接に連絡をとるわけでもなければ、積極的に機会をもうけて関与するわけではなく、特別な信頼や安心を抱いているというほどでもない。友達というよりは、多くの仲良しのなかの一人でしかない。


 こういう、こういう関係でいいのかもしれない。

 ただ、席が移っても関係性が変わらない人もいる。


 愛凛だ。


 彼女は、たとえ遠い席からでも、一日に一度か二度は必ず俺の席までやってきて、話をした。色んな話をする。


 木内さんにフラれたあとも続けている自分磨きの話。

 時間は減らしたが合間に続けているゲームの話。

 愛凛の好きなネイルやファッション、美術展の話。

 お互いの部活動の話。


 ときにはいつものように愛凛が俺をからかったり、デコピンを食らわしてきたり、怖がりの俺をおどかしたり、あるいは互いに悪ノリしてバカげた話をすることもあり、そのようなときは周囲も巻き込んでゲラゲラ笑うこともあった。


 そんな日々も、9月に入ってから。


 いつものように教室で愛凛と話していると、少し離れたところで、遠藤さんの声が聞こえた。


「……あすあす……きな人……」


 一瞬、俺は目線とともに意識をそちらへ向けた。

 木内さんが顔を真っ赤にして、遠藤さんとはしゃいでいる。


 キャッキャ、ウフフ。


 視線を愛凛に戻すと、彼女はいつものようにきりっと強い瞳で俺を見つめている。

 それはそれは小さな、消え入るほどに小さな声で、彼女は尋ねた。


「聞こえた?」


 うん、と俺はうなずいた。

 はっきりと、完璧に聞こえたわけではなかったが、充分な確信度をもって内容が察せられた。


 そうか、木内さんには好きな人がいるんだな。


 古傷に塩水をぬられるようなうずきが俺の胸に走ったが、それも長い時間ではなかった。

 ただ、どんよりと重い気分が続いて、憂鬱だ。


 夜、家に帰ってしばらくしてから、電話がかかってきた。

 向こうの声にエコーがかかっているのは、恐らく浴室にいるからだろう。


『みーちゃ、今ちょっと話す?』

『うん、大丈夫だよ。俺もラブリーと話したかった』

『そう。なに話したかったの?』

『うーん、今の気持ち?』

『あははっ、自分の気持ち、私に聞いてほしかったんだ。カワイイじゃん。それで?』

『きれいさっぱり、あきらめがついたと思う』

『そう』

『もっと落ち込むかと思ってたけど、逆にフラれた理由が分かってスッキリした。いい気分ではないけどね』

『そっか、よかったね。私は夏休み明けてから聞いたんだ。みーちゃに言えなかったの、けっこうつらかったよー』

『木内さんも、大切な友達だもんね』

『うん。でもさぁ、みーちゃはすごく変わったよ。誰かを好きになって、勇気を出して想いを伝えられたって、すごくいい経験になったと思う。自分を変えようと頑張ったし、あすあすを傷つけるようなこと、一度もしなかったよね。素敵なことじゃん。次に誰かを好きになっても、自信を持っていいよ。みーちゃは間違ってなかったから』


 俺は彼女のこの時のメッセージほど、心に響く言葉を聞いたことがない。


 木内さんには届かなかったが、それでも俺の気持ちを、俺の行動を、俺の苦しみや痛みを、すべて見届けて、理解し、まるごと認めてくれる人がいた。


 むくわれた、救われた思いだった。


 うぅっ、と俺はせきを切ったように泣いた。声を放って泣いた。

 愛凛は黙って、俺が泣きむのを待っている。


 俺の気持ちには、愛凛に対する感謝だけが残った。


『ラブリー、ありがとう。話聞いてくれて。俺、ラブリーとずっと友達でいたい』

『みーちゃ、私とズッ友(ずっと友達)がいいんだぁ。いいよ、約束ね』

『ありがとう』

『みーちゃ、もう低すぎ君は卒業だね』


 そういえば、そんな名前で呼ばれていたこともあったな。確かに以前は、そのあだ名にふさわしいような人間だった。ヲタクだからというより、弱くて、人と話すことさえ怖かった。しかも、そうした自分を底辺と称して、卑屈に、みじめに生きていた。


 だが、今は違う。


 皮肉なことに、と言うべきか。

 そうした自分に手を差し伸べ、変えてくれたのは、低すぎ君などとあだ名をつけてからかっていた愛凛その人だった。


 俺はもう底辺じゃないし、低すぎ君でもない。


 ヲタク村の村長だから(違う)。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る