第4話 えい×えい×えい
フロスヴィンダの同志、レジスタンス隊長のルーンガルドくんが、歯ぎしりしながら俺を威嚇している。
「決闘だ」
は?
「ルーンガルド! ふざけたこと言わないでください!」
「俺は本気だ。フロスヴィンダ、キミのそばにふさわしい者がどっちなのか、この際はっきりさせておこうじゃないか」
パチーン、と。
乾いた音が響きました。
フロスヴィンダの張り手でした。
鞭のようにしなる腕から繰り出された一撃が、ルーンガルドの右ほおをひっぱたきます。
「そんなことをしている場合じゃないでしょう。ルーンガルド、私たちがいますべきことは、ほかにあります」
フロスヴィンダは静かに怒っていた。
感情に任せて発散するタイプの怒りではなく、あくまで論理的な不合理を突きつけるような怒りだ。
ルーンガルドくんはしゅんとしなびてしまった。
まるで自分を全否定された人みたいに力尽きてしまっている。
「時間の猶予はわずかもないのです、ルーンガルド。王は、あらたな
「なんだって」
抜け殻みたいになっていたルーンガルドが、ぴくりと反応した。
こんなにせわしないやつだったかな。
まるで大事なものをいまにも奪われそうな勢いじゃないか。
いったい何をそんなに切羽詰まってるんですかね。
「くっ、そうか。フロスヴィンダがいなくなったって噂を水面下で流布していたのは国王軍だったのか。やられた……!」
ルーン核は、フサルク星人の祈りによって生まれる。
王の独裁による恐慌、豊穣を意味する
この星の者が次の
「だったら、フロスヴィンダがいることを各地で触れて回り、祈りの速度を緩和して……いや、フロスヴィンダを矢面に立たせるのはそれこそあいつらの思うつぼか」
茂みに隠れていた獲物が、何もせずとも勝手に飛び出してくるようなものだ。
国王軍としては
「ルーンガルド、大丈夫です」
深刻な様子で思いつめるルーンガルドの手を、フロスヴィンダの手が優しく包む。
ルーンガルドは目を見開き、瞳孔を左右に振った。
おおよそ、人の手が持つ温かさに驚いた、といったところだろうか。
「私が帰ってきたのは、私にしかできないことがあるからです」
「待て、それはまさか、国王軍にわざとつかまり、内部から計画を破壊する、って話じゃないだろうな」
「違いますよ。ね、クロウさん」
フロスヴィンダがいい表情で俺を見た。
お前もか、フロスヴィンダ。
何も言わなくても通じますよね、みたいな雰囲気で語り掛けるな。
わかるわけがないだろう。
でもなあ、ここでその表情の意味を聞くのもダサい。
ダークヒーローにあるまじき失態だ。
俺が恥ずかしい思いをすることになってしまう。
たとえばこんな感じ。
◇ ◇ ◇
目で訴えるフロスヴィンダに、俺は言葉を返した。
「言いたいことはその口で言え」
「えっ、あ、はい」
フロスヴィンダが困惑気味につぶやいた。
「……もしかして、クロウさんって鈍感なんですか?」
◇ ◇ ◇
うわぁぁぁぁっ!
そんな展開、受け入れられるわけないだろ!
ダークヒーローは全知全能なの!
主人公が知らずに悪に加担している際も、確固たる信念をもって自分が正しいと思った行動をとってるの!
本来は鈍感と真逆の位置にいないとだめなのだ、俺が憧れるダークヒーローってやつは。
(ここはね、すっぱりと決めよう)
なに、相手はフロスヴィンダだ。
適当にうなずいたところで、ササリスみたいに面倒なことになることはないさ。
彼女のシリアスは、信頼に値する。
「ああ、そうだな」
よくわからんけど、とにかくそう!
「そんな、無茶だ。君は本当に、フサルク星の国王軍全員を相手にフロスヴィンダを守り切れる気でいるのか!」
えっ、そういう話なの。
「君はあらゆるルーンを使いこなせる勇者かもしれない。だけど、それは蛮勇だ。そんな無茶を言う君に、フロスヴィンダを任せられるか!」
よーし、ササリス、ヒアモリ。ステイ、ステイ。
暴れるな、おとなしくしていろ、わかったな?
「ぬん」
「ぐあっ」
ササリスの糸に引っ張られ、ルーンガルドが情けない声をこぼす。
刃物でも切れない強靭な糸で手足を縛られたルーンガルドの体の自由は完全に奪われた。
すかさず属性空の身体強化で高速移動したヒアモリが、銃口をフサルク星人の側頭部に近づける。
おとなしくしてろって言ったじゃん!
「警告。これ以上の悪口は敵対行為とみなし、即射撃します。言葉にはご注意ください」
どうしてだろうな。
外骨格みたいな鎧の肉体で、発汗機能なんてないはずなのに、俺の目にはルーンガルドがだらだらと汗を流しているように見えるぜ。
というか、あれ?
本当に水になってない?
「ルーンの力を、舐めるなァ!」
叫んだのはルーンガルドで、驚愕したのはササリスだ。
「なっ、体そのものを水に」
「
ふはは、と高笑いするルーンガルドは、勝利を確信したようだった。
彼はわかっていないようだな。
お前が戦ってる相手は、ただ糸魔法に極化した者ではない。
そいつもまた、水属性のエキスパートだ。
「えい」
「っ⁉」
ササリスが初級の水属性魔法、ウォーターボールを放った。
「無駄だ、この体は水そのもの。水球など――」
「えい」
「っ⁉」
「えい」
「待て」
「えい」
「やめろ!」
ササリスが「えい」と掛け声をかけるたび、射出される水球の量が倍々で増えていく。
水を吸い込まされたルーンガルドが、見る見るうちにぶくぶくと膨れ上がっていく。
「えい」
「うごごごごっ」
「えい」
次にササリスが「えい」と口にした時、放たれたのは(たぶん)128個の水球。
よくもまあ、そんなにたくさんの水球を同時に操れるよな。
感心するぜ。
「ぐ、ぐぶっ、待て! それ以上は」
「えい」
ササリスの水球が混ざったルーンガルドの体積は、目算で元の3倍以上に膨れ上がっている。
破裂を防ぐには、水化の術を解かなければいけない。
だが術を解けば糸で拘束されるようになり、銃弾も致命傷になりかねない。
しかもそのうえ、ここまでぶくぶくに太っては敏捷性など皆無に等しい。
端的に言って、ルーンガルドは詰んでいた。
「え――」
「わかった! 降参だ! 降参する! 俺の負けだ! だから、もう水球はイヤダァァァァ!」
フロスヴィンダが、ぱんぱんに太ったルーンガルドを冷ややかな目で見ている。
それがルーンガルドにとって一番致命的だったみたいで、ぱたりと彼は意識を失ってしまった。
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